第28話 考えるのは偉い人の仕事
太陽が中天に差し掛かろうと言う所、吹き付ける風が巨大な雲を連れてくる。
先程まで馬鹿みたく明るかったせいか、急に陰った太陽に薄暗さすら感じられる落差だ。
世界を包む薄暗さのなか、やけにその存在を主張するのは、リッチが身につけていた装備の数々。
薄暗さにあっても失われない黒さで、世界にシミのように残る衣。それを世界に縫い止めるように鎮座する
どちらもこの平原には場違いなものであるというように、異様な存在感を示している。
異様な戦利品、それを囲む六郎とリエラ、そして――
「さて……と。リッチを討伐したのはいいのだが――」
アクセサリーの一つ、大きめなネックレスを拾い上げたレオンが、顔を顰めながら続ける。
「――これから面倒だな」
一陣の風がその手のネックレスを揺らし、光もないのにやけにギラギラと輝いて見える。
「面倒っち何がね?」
一応レオンの言葉を拾った六郎だが、その視線は自分の手元――黒い衣の上で、アクセサリーを選別する作業に固定されたままだ。
険しい顔で「聞いてるのか?」と呟くレオンとは対照的に、
「こいつぁ、
「えー? デザインが無いわ……アタシはパスね」
と嬉々としてアクセサリーの選別に夢中な二人。
何てことはない。二人にとっては、実入りに関する心配の方が優先なのだ。
六郎は旅の資金のため、リエラは折角なら自分を着飾ろうかという魂胆で。六郎ばかり派手な見た目なので、「ちょっとズルい」と感じていたりする。
一瞬だけ見えた光に、衣の上でアクセサリーが輝く――ネックレスに指輪、ブレスレットと様々なそれが光を反射したのは束の間。風に揺れる衣が、陽の光を遮りそれらの上に暗い影を落とす。
「全く……君たちは――」
呆れた顔のレオンの目の前では、今も事の重大さを分かっていないように、「こいつはどうじゃ?」「んー、アタシの腕には大きいわ」とお金が欲しいのか、アクセサリーそのものが欲しいのか分からない会話を繰り広げる二人。
「お金もいいが、それよりも深刻な状況なのだが?」
腰に手を当て、追い剥ぎ二人の前で大きく息を吐いたレオン。だが――
「そうね。こんな街道でリッチなんて、異常事態でしょ……あ、これは――ダサいわね」
「エラい人間も大変じゃの……これはどうじゃ? 角やら牙やら生えとって強そうじゃぞ?」
「……嫌よそんなイカツイの。良いと思うならアンタがつけたら?」
「粋やねぇけ嫌じゃ」
「じゃあ何でアタシに勧めたのよ……」
そんなレオンに視線すら合わせず、アクセサリー選びを続ける二人。
会話だけ聞けば、アクセサリーを選ぶカップルに見えなくもないが、その実は追い剥ぎモドキだ。
二人とも、これが異常事態と分かってはいる。
それでもなお、モンスターからドロップしたアクセサリーが優先の二人に、レオンは頭が痛くなる。
「先日の
しゃがみ込む二人を、レオンは腕を組んだまま見つめる。
「なら、ダンジョンから出てきたんでしょ――?」
ネックレスを持ち上げ「うーん」と唸るリエラ。
「仮にそうだとして、どうやって――」
「そいを調べるんは、お主やあん眼鏡ん仕事じゃろうて」
リエラに向けてブレスレットを摘み上げた六郎、その対面でリエラが首を振る。
「それはそうだが――」
「おかしか事が起こっとるんは分かる。じゃがここでウダウダ言うても何も変わらんめぇが」
立ち上がり伸びをする六郎。そのリラックスした姿に「本当に分かっているのか?」とレオンの疑いの眼差しが刺さる。
「お主は何もかんも自分ひとりで抱え過ぎじゃの。ここで分かるんは、『どっかの阿呆が何か企んどる』っち事だけで十分じゃ」
再びしゃがみこんだ六郎が、衣の上に広げるだけ広げたアクセサリーを一箇所に集めていく。
「これ以上はそれこそ、あん眼鏡にでん振りゃあエエ。『だんじょんば探索せぇ』っち」
集めたアクセサリーを衣で包み、まるで風呂敷のような状態でリエラのポシエットの中へ――
「相手の目的がそれだとしたら――?」
吸い込まれていく黒い風呂敷包みを眺めるレオン。今はそれが、何も疑わない冒険者がダンジョンへと侵入する光景に重なって仕方がない。
ポシエットの中は先の見えない空間と闇だけだ。まるで今の自分のように、先も相手も見えない空間に、突っ込む事になる冒険者を思えば、更に危機感が募る。
「まあ普通に考えりゃ、そうじゃろうて。冒険者の誰かをダンジョンに引き入れたいのか、それとも街から離したいのか、はたまた別の目的があるか……」
「分かっているじゃないか。ならば慎重に事を運ぶべきだ」
「慎重に……の。相手が待ってくれりゃエエけどな」
レオンに背中を見せ、街へと向かう六郎。その後に「ま、結構切羽詰まってると思うわよ?」とリエラも続く。
言い知れぬ不安を抱え、レオンは太陽を隠したままの雲を睨みつける。
「とりあえず六郎の言う通りギルドと相談だな――」
冷たく感じる風に独り言を残して、レオンも六郎達の後を追う。
☆☆☆
「ダンジョンの調査ですか?」
眉間に刻まれたシワを一層深くしたキースが口を開いた。
レオンは今ギルドの執務室に来ている。
ギルドマスターであるキースの職場であり、彼に会い、最近の異常を相談する上で人気のないここがベストな場所なのだ。
ちなみの六郎とリエラはというと、レオンと折半したリッチの落としたアクセサリーや衣を売り飛ばしに行っている。
なんでもそのお金でリエラが「新しい服を買う」と息巻いていたが、六郎は「多分こんままやと思う」と笑っていた。
同席をお願いしたのだが、「興味なか」「イマイチ分かりませんので」と取り付く島もなく断られたのだ。
ただ、去り際に
「やり口がチマチマしとるけぇ、二重三重に仕組んであるち思うぞ」
「とりあえず、いつもと違うダンジョンが怪しいんじゃない?」
と好き勝手にヒントだけ置いて意気揚々と去っていった。
そんな二人の幻影を振りほどくように、レオンは頭を振り、目の前のキースに視線を合わせた。
「ダンジョンの調査……というか、まずダンジョンで異常が報告されていませんか? 例えば少しモンスターが多い、または生態が違うなどの」
レオンの言葉にキースが顎に手を当て考え込む。
暫く考えたキースが、机の引き出しを開け何枚かの書類を取り出した。
「異常……と言うわけでは無いのですが……最近ダンジョンのモンスターが若干の減少傾向にあると考えています」
机の上に広げられたその紙に「拝見しても?」と断りを入れるレオンに、キースが無言で頷いた。
「……確かに……」
呟くレオンが見つめる紙は、各ダンジョンへの侵入パーティ数、探索時間、納入素材の総数、そして一つのパーティ辺りの素材獲得平均数が日毎に纏められているものだ。
日が立つに連れ、少しずつだが一つのパーティ辺りの素材獲得平均数が下がってきている。
昨日などは一週間前と比べると八割ほどまで減っている。ゆっくりと減っているので、つい最近になって「あれ? 何か少なくない?」と場所ごとに冒険者たちから報告を受けて、慌ててこの紙を作成したのだという。
作成した事で、「モンスターが減少傾向にある」と言うのは間違いないのだが、その原因や、それが今回の事とどう繋がっているかは分からない。
複数の紙を見比べるレオン。王都近辺に五つあるダンジョンのうち、最も減少率の高いものは二つだ。
ゴールドランク向けダンジョンは、王都近郊で一番難易度が高く、騎士団の訓練などにも使われるため、管理を王国と折半して行っている。
「ひとまず、この二つのダンジョンへ捜索隊を――」
出しましょう。と言いかけて、レオンはその言葉を飲み込んだ。頭を過るのは六郎の言葉――やり口がチマチマしとるけぇ、二重三重に仕組んであるち思うぞ
その言葉が頭の中で響き渡る。
「レオン隊長?」
急に黙り込んだレオンに、キースが怪訝な表情を見せている。
「キースさん……昨日今日と、街道にダンジョンで見られるモンスターが現れました」
「ええ。存じ上げております」
視線を左に固定したままのレオンに、「何を今更?」とキースは面食らった表情だ。
「そしてそのモンスターが出現するダンジョンはモンスターが減少傾向にあると……」
「ええ」
レオンは考えをまとめるように、執務室の中をウロウロしだす。
然程広くない執務室。机の他には応接用のコーヒーテーブルとソファだけのその空間を、レオンは行ったり来たり繰り返している。
「……そして私が来た……調査の依頼に……ここまででギルドとしては、どう対応を?」
ピタリと止まってキースを見るレオンに、まるで自分が責められているかのように感じたキースが、眉間にシワを寄せ
「対応も何も、騎士団から依頼があったならば、一応あや……し…い………………」
深い眉間のシワが更に深くなっていく。
「少なくなったモンスター……調査のための人員投入……まさか――」
「敵の狙いはそれかも知れません」
答えにたどり着いたレオンとキースは二人して苦虫を噛み潰したような表情だ。
「……ダンジョンクライシス……」
ゆっくりと紡がれたレオンの言葉に、キースはその頭を抱える。
モンスターの少ないダンジョンに大量に人が入った時に起こる防衛反応。それがダンジョンクライシスだ。そしてその度が超えれば――
「そして恐らくその先のスタンピードまで――」
頭を抱えたまま呟いたキースの言葉が、静かな部屋にやけにうるさく響いた。
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