第27話 狂ってる? これがワシにとっての正気よ。だそうです
「青い空! 白い雲――」
両手を広げ、空を仰ぐリエラの声が青空へ吸い込まれていく。
芝居がかった様子と声に、六郎もレオンも呆れた表情を浮かべているが、その視線はリエラではなく街道の一点に集中している。
「――吹き抜ける風に揺れる緑の葉――」
空を仰ぎ見ていたリエラが腕を前方に伸ばし、風を受け止める。その表情は自然を慈しむような笑顔――から、一瞬で真顔に――
「――そしてゾンビ」
リエラと六郎、レオンの視線の先には、昼日中の街道、そして広がる平原に蠢く複数の人影。
「なーんでこんな時間にゾンビが出てるのよ! 場違いよ場違い!」
口を尖らせるリエラだが、出ている物は仕方がない。
「ところで、ぞんびっちゃ何ね?」
六郎達の位置からは人っぽいものが、足を引きずり、手を力なくぶら下げてウロウロしている姿しか分からない。
「動く屍よ。基本夜の墓地とか、遺跡とか、そんな所で現れるわ」
リエラの溜息に被せるように、レオンも口を開く。
「それとダンジョンだな……基本的に暗く、そして死体がある場所で発生しやすい。あとは――上位のアンデットが呼び出した場合だな」
レオンが指差す先、二体のモンスターが宙を飛び回っている。
真っ黒なボロを纏い、時折太陽に反射するのは金色のネックレスや、指輪だろう。ボロの中から覗くのは骨の身体と頭だ。
ゾンビに比べるとその身体は倍近く、六郎達の位置からでも姿かたちは見て取れる。
「あれが――?」
「ああ、リッチだ」
六郎の言葉に頷くレオン。
「ご覧の通り、奴らはゾンビやスケルトンなどの下級アンデットを生成し、それを操る事ができる」
「成程。そいでワシらだけの少数というわけか」
六郎の言葉に頷くだけでレオンが答えた。
六郎の言う通り、騎士を増やし乱戦にすると、万が一ということがありえる。そうなってしまえば、こちらの手数が減り、逆に相手の手数が増えるのだ。
戦いで死んだはずの仲間が、その場で敵として襲ってくる。
出来たら遭遇したくない場面だろう。
いざという時に六郎達を犠牲に逃げるだけでなく、万が一を考えたときの予防線もかねての人選だ。
「不幸中の幸いなのは、街道付近で死んだものが少なかったことくらいだな」
レオンの言う通り、蠢くゾンビの数は多いとは言えない。十もいない数だ。
「まあ何にせよ……不憫よの」
ポキリと指を鳴らした六郎、そのあり得ない言葉にリエラもレオンも六郎を見ている。
「死して尚、浮世に留まる物の怪……魂ん残り
言うや否や、リエラとレオンを置いて一気に駆け出す六郎。
「ば、莫迦――」
「くそ、我々も――」
駆け出す六郎に遅れる形で、レオンとリエラもアンデットの群れ向けて一気に加速する。
リエラとレオンを置き去りにした六郎が、加速の勢いを乗せて身体を捻りながら跳躍。
捻りを加えた踏み込み――腰を経て完全に回転運動へ
変換された勢いを乗せて、
弾け飛ぶ冒険者風ゾンビの頭。
その音で初めて六郎に気がついたように、ゾンビたちが両手を前に突き出し唸り声を上げながら六郎へと迫ってくる。
「死にぞこない如きが、ワシに勝てると思うたか」
冒険者風ゾンビが落とした直剣を拾った六郎が、それを一閃――
転がる女ゾンビの首。と力なく倒れ伏すその身体――が砂のようにバラバラになり風に溶けて消えていく。
「ほう……死にぞこないん恥さらしち思うたが、死に際はなかなかどうして風流やねぇか」
「――どーこが風流なのよ」
笑う六郎に追いついたリエラとレオン。
「ロクロー、ゾンビの倒し方を知っていたのか?」
「いんや。ただまあ……殺しちゃるんなら首ば落とさねば。っち思うてな」
その回答にただ「そうか」と短く答えたレオンが、剣を抜く。
「ゾンビの弱点は頭だ……とりあえず頭を潰すか落とせ!」
言いながら別の農民風ゾンビの首を落としたレオンが、群れの外側に沿うように駆け出した。
瞬間、レオンのいた場所を襲う火の玉。
六郎は直ぐ側で立ち上る火柱に、「面倒くさか……妖術使いか」と苦い顔をしながら、リッチを睨みつける。
その視線の先、飛来してくるのは氷の矢――は、六郎の後方から飛び出した火の玉と打つかり空宙で派手な音を立てて霧散した。
「アタシなら大丈夫だから好きに暴れてきたら?」
何時になく余裕の表情のリエラ。それもそのはず、魔法の撃ち合いならばリエラ本来の射程距離なのだ。
「ちと行ってくるけぇ、自分ば守っときや」
レオンとは逆に走り出した六郎が、踏み込みと同時に一番近くにいたゾンビの頭を吹き飛ばす。
「……やはり残り滓じゃツマランの」
呟く六郎の心境通り、飛来する魔法こそ厄介だが、ゾンビ単体の動きは緩慢で、六郎とレオンにより一気に砂となり空へと還ることとなった。
「これからが厄介だぞ」
退屈そうな六郎の横で、ゾンビを掃討し終えたレオンがその顔を真剣なものへ。
剣を構え、真っ直ぐリッチを見据えるレオンに油断や慢心など一つも見えない。
爽やかな草原に、不気味な嗤い声が響き渡る。
まるで空気全体が震えている様な嗤い声――リッチ二体がまるで喜んでいるかのようにその身体を上下にゆすり、フワフワとあっちに来たり、こっちに来たりと動いている。
「……魂ん残り滓が、物の怪なら夜に出ぇや!」
挑発とも思えるリッチのダンス、それに苛ついたように六郎が一気に間合いを詰め、右拳一閃。
途中で中断された嗤い声とともに、弾け飛ぶリッチの頭――。
頭につられるように、身体も崩れたリッチだが、その身体が風に舞うと、六郎たちと少し離れた所で再びリッチの形を成し、不気味な嗤い声を発しだす。
「なんやあれ? 頭ば吹き飛ばしたんに、また出てきよったぞ?」
踊るリッチを親指で差す六郎に、レオンが苦い顔を一つ。
「リッチには単純な物理攻撃は効かない」
「そうなんか? ほんなら――」
何かを思いついたように、リッチへと近付く六郎。そんな六郎を嫌がるかのように、リッチが魔法を飛ばすが、それら全てを躱す六郎がリッチとの距離を狭めていく。
「ロクロー、アンタ莫迦でしょ。すり抜けないわよ」
「何をするつもり――?」
何をするつもりか分かったリエラと、分からないレオン。二人の目の前で、リッチがその腕を振り上げた――ボロの中から見えるのは、骨だけの手。
その手を六郎へと振り下ろす。
ゆっくりとした振り下ろしに、六郎は微動だにしない。
肉を叩いたような音とともに、六郎の足が地面に【Ⅱ】の字を描きながら滑ってくる。
「おい! 物理が効かんち言いながら、アイツん攻撃ば当たるんは何故じゃ?」
「当たり前でしょ! それがモンスターなのよ」
呆れ顔のリエラが「すり抜けないって言ったでしょ」と続ける。
「なんかそん訳の分からん理屈は」
自分の攻撃が効かないなら、相手の攻撃も効かないのでは?
そう思いついた六郎は、どんな感じで効かないか、試してみたくなったのだ。
折角体験したことがない物を体験できると意気込んだら、ただの殴られ損という結果だった。
「ほなどうやって倒すんじゃ?」
一旦距離を取り、未だ踊り続けるリッチを六郎が睨む。
「……一つは魔法」
そう言ってリエラに視線を向けたレオンに、倣うように六郎もリエラを見る。「任せて」とピースサインのリエラだが
「ワシらごと殺られるんやねぇか?」
「……それは私も危惧している所だ」
「そんな事するわけ無いでしょ!」
頬を膨らませるリエラを無視して六郎が続ける。
「一つはっち云うんなら、まだあるんじゃろ?」
「ああ。もう一つは武器に魔力を纏わせて戦う事だ」
レオンが持っている剣を掲げると、剣を淡い光が包む。
「おお! ほなそれでサクッと殺りゃあエエやねぇか」
「そう簡単に行くなら、お前たちに頼みはしないさ」
溜息をついたレオンが、リッチの生態を語る。
リッチの厄介なのはアンデットを使役することは勿論のこと、自分を害する魔力という物に非常に敏感な所だ。
魔力を帯びた武器で近づこうものなら、直ぐに距離をとるし、魔法に関しても非常に敏感に反応する。
要は攻撃が当たらない、当たりにくいのだ。
「重要なのは連携だ。魔道士が牽制し、おびき寄せた一瞬で魔力を纏わせた剣で叩き斬る――魔力を纏わせるのは斬撃の瞬間だけだ」
熱弁するレオンを前に、六郎もリエラも苦笑いだ。
……なんせ六郎は自分に魔力を纏わせるだけで未だ精一杯なのだ。
「とりあえず、アタシが隊長さんと一匹をぶっ潰すわ。アンタはその間もう一匹のお守りね」
「……裸足で逃げ出すっち云うとったから期待しとったんに……」
項垂れる六郎がトボトボと少し離れた方に浮かぶリッチへと向かう。
「ロクロー! リッチは魔法もだが、憑依に気をつけろ! 憑依されると精神を乗っ取られるぞ!」
背中にかけられた言葉に、六郎は軽く手を挙げただけで答えた。正直興味が失せているのだ。殴れないし、かと言って相手が強い訳ではない。
殴打は緩慢だし、魔法も直線的で遅い。正直何も得るものがない。
さっさとリエラとレオンに倒してもらって帰ろう。
そう思った六郎は不気味な嗤い声をあげるリッチへと近づいた。
飛来する魔法を躱しながらリエラ達の方をチラリと見やる。急増のコンビながら、なかなか上手く立ち回り、リッチを削っているようだ。
「……ちと待てよ。魔力を纏ったワシが本気で殴ったら、一緒なんやねぇんか?」
思い立ったが吉日。全身に魔力を纏わせ、身体強化状態になった六郎。
地面を陥没させる踏み切りで、一瞬でリッチの目の前へ。
振り抜かれる拳。
慌てるように逃げるリッチ。
その足を拳が捉えた。
霧散し、再生しない足を見て六郎がニヤリ。
「なんじゃ。イケるやねぇか」
獰猛な笑いを見たリッチは、生前の感覚だろうか、六郎と距離を取るように上空へと逃げフワフワと上から六郎を見下ろしている。
「こらぁ! 降りてこんか! こん戯けが」
上を見上げ怒声をあげる六郎に、リッチが返すのは相変わらずの不気味な嗤い声だけだ。……少しだけ威勢が弱くなっているが。
「ツマランやつじゃ」
完全にやる気をなくし、胡座の上に頬杖をつく六郎。
眺める先ではそろそろ決着がつくのだろう。ボロボロになったリッチが力なく浮いている。
見上げる先には逃げたままのリッチ。視線を戻せば死にかけ(?)のリッチ。
ふと何かを思いついた六郎が上を見上げる。
「よぉし、こうなりゃ正面から対決じゃ。主ゃワシん身体ば憑依しちゃらんね!」
大声を上げる六郎にリエラが「ちょっと莫迦な事言わないでよ!」と文句を飛ばすが、六郎はそれを無視。
立ち上がり、両手を広げて、まるでリッチを迎え入れるかの如く構えている。
「早うせねば、主もアイツみたくボロボロになって無に還るだけじゃぞ?」
六郎が声を上げる度、リッチの揺れる幅が狭くなっていく。
「どうした? 主ん土俵で戦っちゃるっち云いよんじゃ。男なら逃げんと戦えや。どうせ死ぬんじゃ。いや、死んどんじゃ! 派手にいこうやねぇか!」
リエラの
「ちょ、まず――」
「リエラ嬢、もう無理だ。逃げるぞ!」
六郎に駆け寄ろうとするリエラの手を引くレオン。その二人の目の前で、リッチと一体化した六郎が「があああああああああああああ」と声を上げながら全身から魔力を迸らせている。
空に向けてそびえ立つ魔力の柱――真っ白に輝くそれが昼間の太陽を陰らせるほどの輝きを放つ。
「く、まずいぞ――」
宿主となった身体が強ければ強いほど、憑依したリッチは厄介だ。そしてその宿主は六郎だ。
騎士団を率いても討伐できるかどうかという脅威だ。
「……魔王の誕生を見ることになるとは」
それほどの脅威が今、レオン達の目の前で誕生しようとして――
「ワシの勝ちじゃーーーーー!」
何かが弾けるような音とともに、霧散する光の柱。
残ったのは、全身から玉のような汗を吹き出した六郎と、その周りを舞う砂粒と黒い布の切れ端。
「うっそ……」
「精神支配を、憑依を耐えたのか」
舞う布切れと砂粒を掴む、笑顔の六郎を前にリエラとレオンは固まっている。
リッチの精神支配を耐えきる。簡単に聞こえて普通では出来ない。
狂気が支配する環境に身を置きながら、それでも尚、正常を保ち続けるだけの胆力。
六郎もそうか。と言われると、少し違う。
長年戰場という狂気が支配する空間で過ごし、常に狂気とともにあった六郎。
つまり狂気こそが六郎にとっての正常なのだ。正気の状態で既に狂っている。そんな人間の精神など支配できるはずもない。
そんな偉業だが、本人はというと――
「ワシが魂ん残り滓如き……いや違ぇの……残り滓なんかやねぇの。」
六郎が手に持っていた布切れと、砂粒を風に流す。
「エエ勝負じゃった。主ゃ紛れもないツワモノじゃ。また
爽やかな笑顔で風に溶ける砂粒を見送っている――
「なーにが『ツワモノじゃ』よ! ハラハラさせないでよね!」
そんないい笑顔の六郎に突き刺さるのは、リエラの突っ込みと杖の先端。
満足そうな六郎の笑い声と、「ちょっと聞いてんの?」と言うリエラの怒声が抜けるような青空に響いていた。
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