第26話 その関係に名前はない。……誰かいい感じの名前を教えて下さい

 時間は暫し戻って――


「すみません。まだご紹介できるパーティがなくて……」


 カウンターの向こう、申し訳無さそうに項垂れるジゼルに、「そらぁそうやろな」と苦笑いの六郎。


 リエラは不服そうに頬を膨らませてはいるが、耳までシュンと垂れ下がっているジゼルを追い込む理不尽さは、持ち合わせていないようだ。


 実際、ギルド初日で冒険者をぶっ飛ばし、昨日は昨日で貴族をボコボコにしてしまったのだ。リエラ自身、六郎の言う「そらぁそうやろな」の言葉に頷きたいくらいである。


「仕方ないわね。じゃー依頼を――」


「失礼する!」


 昨日のように会話の途中で開け放たれ、転がり込んできた大きな声に、リエラが分かりやすく不機嫌に振り返った。


 その視線の先には一人の騎士。よく見る意匠の鎧から、守備隊の隊長格、騎士であることだけは分かる。


「守備隊総隊長レオン・カートライト卿からの依頼をお願いにまいった」


 大きな声で要件を言いながらギルド内を進む騎士に、昨日とは時間こそ違うものの、混み合う朝のギルドにひしめく冒険者達が割れていく。


「街道に凶悪なモンスターが出現した。可能であればギルドからの応援を願いたく」


 そう言いながら六郎達の横、別の受付嬢へと依頼書らしき紙を渡す騎士。


「なんじゃ? まーたモンスターば現れたっちね?」


 片眉を上げ、騎士を眺める六郎に「む? 何だ貴様は?」と騎士の声に若干の棘が混じる。


「レオンも苦労人じゃの……ワシらでよけりゃ、そん依頼受けるが?」


 腕を組む六郎の隣で「もう、勝手に決めないでよね……ま、暇だからいいけど」と口を尖らせながらも満更ではなさそうなリエラ。


「レオン? 総隊長を――」


 六郎のフランクな発言に、気を悪くしたような騎士が剣呑な声を発するが、六郎をまじまじと見つめ、何かに気がついたように居住まいを直した。


「――その派手な格好。もしや、貴殿がロクロー殿か?」

「応。六郎はワシじゃな」


 笑う六郎に、騎士の方も何故か安堵したように大きく溜息をついた。


「よかった。ロクロー殿がいたら、総隊長より是非にとのことであったのだが……」

「おうおう、エエぞ。次はどんなモンスターね?」

「歩きながらで良いだろうか? 時間が惜しい」


 入口を指差し歩き出す騎士に「相分かった」と六郎もその後に続く。


「――と、言うわけなので……ジゼルさん、さっきの依頼『リエラとロクロー』が受けるんで」


 笑顔と会釈を残して、リエラも足早に六郎達を追いかける。後に残されたのは――


「い、依頼書にはリッチって書いてありますけど……大丈夫なんですか? 


 青褪めた顔でジゼルを見つめる後輩の受付嬢と


「た、多分大丈夫……」


 心配そうに六郎達が出ていった扉を見つめるジゼルであった。



 ☆☆☆


「成程のぅ……そんやら言うんは、妖術ば使う骨んモンスターっち訳やな」


 説明を受けた六郎が確認するように騎士に尋ねた。


 そしてそんな六郎の語録を騎士は殆どわかっていない。そのため小首をかしげる騎士に


「今回の依頼、リッチは魔法を得意とした不死者型のモンスターと云うことですよね?」


 リエラ通訳が入り、初めて「あ、ああ。そうだな。かなり危険なモンスターだ」と漸く会話が成立している。


 会話が成立しないこと以上に、騎士としては「リッチすら知らないのか」という驚きの方が大きい。


 バイザーで隠れて六郎達には見えないが、その視線は完全に訝しむ物だ。


 いくら総隊長レオンの勧めと言えど、状況の悪さが分かっていないように笑い合う彼らを、死地に送り出して良いものなのか……騎士が悩んでいる間に、死の門王都正門とその前に立つレオンが見えてきた。


「おお、レオ――」

「ロクロー殿。総隊長は公爵家の血筋のお方、此度の相手は総隊長とは相性が悪うございます。出来るだけフォローを頼みます」


 レオンを見つけ、手をふろうとした六郎に、騎士が頭を下げた。


「ん? ……まぁそれを本人が望めばの」


 素直に頷かない六郎に、「ロクロー殿」と騎士が語気を強めるが、六郎はそれを気にせず騎士に向かって後ろ手を振るだけで答えている。


「無駄よ……アイツにとって、強敵との戦いは【生の実感】なの。だから皆もそうだと思ってるのよ。……ま、アタシが適当に気にしといてあげるわ」


 急に口調が変わったリエラに騎士がたじろぎながらも「か、かたじけない」と頭を下げるが、当のリエラはそんな騎士を振り返り、満面の笑みを見せながら不穏なことを口にする。


「あら、気にしなくていいわ。権力者に恩を売りたいだけだから」


 リエラが見せた、可憐な笑みとは正反対とも思える発言に、騎士が固まる。


 六郎やレオンと合流し、仲良さそうなリエラを見て、騎士がフリーズから復帰。

 鎧が「ガチャガチャ」と音を立てるのも気にせずに、三人の元へと駆け出した。


「そ、総隊長! 差し出がましいようですが、この二人と同行する事を考え直していただけないでしょうか?」


 隠すつもりもない敵意のある視線に、六郎は「何をそない怒りよんじゃ」と肩を竦め、リエラは「アンタが適当に相槌を打たないからよ」と自分の発言を棚に上げている。


「そうは言ってもな……」


 逡巡するレオン。実際街道に現れたのはリッチが二体。そして騎士とは相性が悪く、今回はレオンに予定だ。


 六郎達の実力を知り、更に言えば

 そう、他の冒険者や騎士では絶対に無理な――


「総隊長――」


 今も考え込むレオンを、騎士の言葉が現実に引っ張り戻す。部下が自分の身を心配してくれているのは分かる。

 なんせ六郎だ。価値観など推して知るべしという男だ。


 とは言え、なぜそんな六郎達を呼んだのか……本当の理由など


 部下の進言と、自身の本心に板挟みになったレオンが、困ったように頭をかき、「大丈夫だ」と当たり障りのない事しか言えない中、部下は更に一歩レオンへと詰め寄った。


「総隊長、こいつらは――」

「心配すんなや」


 レオンに詰め寄る騎士に、六郎が笑いかける。先程リエラから「適当に『助けちゃる』とでも云っときゃ良かったのよ」と事の次第を聞き、騎士が何を心配しているのかを漸く察したのだ。


「貴殿は口を――」

「心配すんなっち云うとろう? 何かあった場合は、


 腕を組む六郎と「ま、そりゃそうよね」と頷くリエラ。そして驚いたように固まる騎士と


「……やはり感づいていたか」


 顎に手を当て、何故か嬉しそうなレオン。


「そりゃそうじゃろう」


 六郎が「莫迦にしとんか」と片眉を上げながら笑い、更に続ける。


「主んとって、ワシらは……そうじゃな『獅子身中の虫』と云ったところじゃろう」


 六郎の言葉に、一瞬目を見開いたレオンが、「自分で言うのか」と笑いだした。


 そんなレオンを心配するように「総隊長……」と呟く騎士の肩にレオンが手を置き、口を開く。


「彼らの言うとおりだ。……そうだな。私と彼らは友人などではない。どちらかと言うと、忌み嫌っている……という方が正しいのかも知れない」


 口ではそう言いながら、六郎とリエラを見るレオンの顔は清々しい。


 実際、最近王都で起きる問題の中心にはいつも二人がいるし、やること成すこと滅茶苦茶なくせに、上手く捕縛の手からは逃れている。


 いや、逃げていると言うより力技で有耶無耶にしていると言う方が正しい。


 正直居ないほうが王都は平和なのだろうが、二人が暴れたお陰でジョルダーニが潰れ、そして出回っていたドラッグが下火になってきている。


 強大な悪を、より強大で凶暴な悪が飲み込み潰していってるのだ。


「だがそれでも、この二人のことは認めている……そうだな。私が出来ないことを成す……忌み嫌うと言うより嫉妬に近いのかもしれん」


 口を開いたレオンの目の前で六郎もリエラも「地位も名誉も持っとる奴に嫉妬されてものぅ」「言えてるわ」と肩をすくめるだけで、怒り出したりすることはない。


「奇妙な関係だ……友人でもない……敵でもない……よく分からないが、間違いなく言えることは、私は


 目の前で「捨て駒として使う」と言われているのに、全く動じることのない六郎とリエラに、騎士は「貴殿たちはそれで良いのか?」と逆に心配する始末だ。


「エエも何も……ワシもレオンを友人やなんやと思っとらんしの。それに――」

「それに?」

「――こん男が裸足で逃げ出すような相手、


 獰猛に笑う六郎に「く、狂ってる……」と騎士は生唾を飲み込むことしか出来ない。


 そしてそんな騎士に、「無駄よ無駄無駄。コイツを常識で測ろうとすること自体が間違いなの」とジト目で六郎を見上げている。


 そんなリエラにレオンから「君が言えた事ではあるまい?」と笑顔の突っ込みが入り、六郎からも「正論じゃな」と笑顔が溢れている。


 意味がわからない。


 今もギャーギャー言い合う三人を、眺める騎士の頭はパニックだ。


 友などというものではない、味方でもない、ともすれば敵という方が近い関係。それなのに、お互いがどこか認め合い、その立場を尊重している。


 こんな関係があるのか?


 悩む騎士の肩にレオンの大きな手が置かれた。


「……普通はないから心配するな。彼らが異常なだけだ」


 騎士の混乱を分かっているという顔で、頷くとそのまま六郎達に向き直った。


「そろそろ行くぞ――二人とも、何かあっても恨むなよ」


 笑うレオンが門の外へと歩き出したことで、二人もその後を追う。


 残された騎士の耳には――


「レオンお主もなんか」


「いや、公爵は父で私は――」


 とどう聞いても、仲の良い友人同士の会話にしか聞こえない内容が届いていた。

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