第23話 ちゃんと来ただけ偉い。と私は思います

 騎士風の男達の襲撃を退けた後、六郎とリエラは路地裏を抜け真っ直ぐにギルドへと直行した。


 朝に昇格試験に落ち、昼前から昼過ぎにかけてカブトムシ退治をし、つい先程を受けた。


 日は既に傾き始め、足元の影は刻一刻と伸びていく。


 通りを行き交う人々の中に、チラホラと混じる武器を携えた人々。今日の依頼を達成したのであろう冒険者達の姿に「混んでるでしょうね」とリエラが溜息を漏らした。


 そんな賑わう大通りを、それでも楽しそうに笑いながら六郎とリエラが歩く。


 すれ違う人々の多くはリエラの笑顔に見惚れるように、そして六郎の異国溢れる魅力に目を奪われ、その足を止め振り返るが二人は露とも気にしない。


 人の波を通り抜け、ようやく辿り着いたギルド、その大扉をゆっくりと押し開ける。


 二人の視線の先には、ギルド内。


 リエラの予想通り、ギルド内は報告に戻ってきた冒険者たちでごった返していた。


 受付へと並ぶ者。

 奥にある素材解体所へと案内される者。

 依頼金を貰い「飲むぞ!」と意気揚々と併設された酒場に出向く者。

 依頼人と思しき人物と個室へと消えていく者。


 様々な者でごった返し、賑やかなギルドは、恐らく今が一番活気のある時間なのだろう。


 中には怪我をしたのか包帯を巻いている者もいるが、それを気にしないように、酒場で騒ぐ彼らを見て、リエラは少しだけ頬を緩める。


 冒険者、荒くれ者、定職につかないゴロツキ。様々な言葉で揶揄される彼らだが、その多くはその人生を刹那に生きている。


 今を楽しむその姿は、悠久を生きるリエラにはない感覚だ。どちらかというと六郎が見せた生き方に近い気がして、どことなく羨ましく思っていたりする。


 「後先考えん莫迦どもじゃな」


 そう呟く六郎だが、言葉とは裏腹に嬉しそうな表情が全てを物語っている。


「アンタが言っちゃ駄目でしょ」


 と笑うリエラに「それもそうじゃな」と六郎も笑い、二人大人しく受付の列へ。


 本来なら素材買い取り所に並びたい所だが、レオンが気を利かせて昼間に出した緊急依頼を達成扱いとして一筆したためてくれているのだ。


 まずは依頼のお金を貰い、その足で素材も売ってしまおうという流れだ。


「どんくらいの額になるかの……」

「んー……。丸々一体だし、金貨五〇は下らないと思うわよ」


 結構な額の収入に、「おお、ほな次もカブトムシば倒すぞ」と六郎の頬が緩む。


「えー? あれ気持ち悪いから嫌よ。もっと――」


 リエラの言葉を遮るように、勢いよく開け放たれたギルドの扉。


 賑やかだったギルドだが、あまりに勢いの強いそれに、誰ともなく口をつぐみ扉の先へと視線を投げた。


 扉から入ってくるのは大通りの雑踏と、茜に染まった夕日――その夕日に一つの影が伸びる。


「こんばんは。むさ苦しい冒険者の皆様」


 扉の向こうから現れたのは、一人の男性。

 年の頃は二十歳そこら、金髪碧眼に整った顔だが、どこか人を小馬鹿にしたような笑いが鼻につく青年だ。


 仕立てのいい服とフリルのシャツに赤いマント。腰に刺した剣は、柄や鞘に散りばめられた意匠だけでも、のがよく分かる。


 ひと目見て「貴族だ」と分かる青年がギルドを進むと自然と道が開ける。

 脇へと避ける冒険者たちを尻目に、六郎とリエラの前まで歩いてきた青年が口を開いた。


「君がリエラだね」


 六郎など眼中にないようにリエラの顔を覗き込んだ男が「いいね」と頷いた。


「主ゃ誰じゃ?」


 リエラを庇うように、青年の前へ一歩踏み出す六郎。その異様な圧に、青年が半歩さがり「ちっ」と舌打ちを漏らす。


「僕の名前はクリストフ・フォンテーヌ」


 青年が名乗ったことで、ギルド中の冒険者達がザワつき出した。聞こえてくる声に「フォンテーヌってあの?」と驚くようなものが多いことから、中々に有名な貴族なのだろう。


「……そうだ。僕はフォンテーヌ公爵の嫡男だ」


「スマンが『あの』やら言われてもワシには分からんの」


 そもそもが貴族の階級すらも分からない。呆れ顔の六郎を「この名も知らないとは……下賤な」とクリストフが小馬鹿にして笑う。


「そいで? そんやらが何のようじゃて?」

「君の相方、リエラ嬢を僕の花嫁にと思ってね――」


 その言葉にギルド中のザワつきに拍車がかかる。


「そいはまた急な話じゃな……何故なにゆえリエラじゃ?」

「君には関係ないよ。あえて言うならそうだね……とだけ」


 何故か勝ち誇った様な顔のクリストフに、「何言いよんじゃコイツ?」と六郎は完全に呆れ顔だ。


 渦中のリエラはというと……完全に表情を消し、能面のような顔で「お断りします」と短く言い捨てた。



「なぜだ? この僕が自ら来たのだぞ?」

弱い男には興味がないの」


 それだけ言うと、六郎の腕をとり身体を寄せるリエラ。その行為に六郎は頭をかき、クリストフはと言うと、顔を歪め肩を震わせている。


 リエラの言う弱いとは、ただ単に力がどうのという話ではない。

 家の名前を笠に、権力を振りかざすその姿勢を、弱いと言っているのだ…が、クリストフに通じる事は一生ないだろう。


「弱い? この僕が?」

「ええ。弱いわ。この上なく」


 普段とは違う話し方、それでいて猫を被っているようでもない。そんな話し方のリエラからヒシヒシと感じる怒りの波動に、「おうおう怒っちょんな」と六郎だけが苦笑いだ。


 実際リエラは完全にキレている。


 自分の知らぬところで、勝手に結婚するつもりになっている事にも。

 そしてそれが通ると、信じている馬鹿さかげんにも。

 更に言えば家の力を、自身の力と勘違いしている所にも。


(たかが虫けら風情が、アタシを嫁に迎える? 笑えないわ)


 六郎の腕を掴む手に自然と力が入るリエラ。そんなリエラを横目に、六郎が頭を掻きながら口を開く。


「ま、諦めて帰りぃや。主じゃコイツん面倒ば見られんて」


 クリストフを追い払うように「シッシ」と手をふる六郎。その行為にギルド中から「あいつ死んだな」という声が聞こえてくる。


 貴族に対しての態度として六郎のそれは零点だ。


「ここまで虚仮にされたのは初めてだ――礼儀を教えてやろう。表にでろ!」


 叫ぶクリストフだが、六郎は「やめとけ、痛い目みるんは主じゃぞ」と呆れた顔で笑うだけで歯牙にもかけない。


「痛い目? 本気で言っているのか? これでも僕は貴族学校で剣術を主席で――」

「おうおう、そいつぁスゲェの。そりゃ主ん親父どんにでも云うて聞かせちょけや」


 胸を張るクリストフ、その肩をポンポン叩き「親父どんに褒めて貰ったらエエわ」と笑顔を見せる六郎。


「そうね、そのついでにママにも褒めて貰ったらどう? おっぱい貰えるんじゃない?」


 肩を竦めるリエラの侮辱。『家』を前面に出した甘えん坊だという揶揄に、周囲からクスクスと失笑が漏れる。


「な、舐めるな! この僕を、フォンテーヌを怒らせるとどうなるか――」

って云ってんのよ」


 ピシャリと言い放たれたリエラの言葉に、ギルド中が静まり返った。

 窓からさす西日だけが矢鱈キラキラとホコリに反射している。


「そんなに強いって云うなら、私が相手になるわ」


 六郎の脇を通り、クリストフを無視するように入口へと歩いていくリエラ。

 その背中に「エエんか?」と声をかける六郎の真意を分かっているのは、間違いなくリエラだけだろう。


「それもそうか……」


 頷く六郎に、やはり六郎の事を分かっていたというその事実に、リエラの頬を綻ぶ。


 六郎はリエラを心配しているのではない。ましてやクリストフの心配をしているわけでもない。ただ単純に「素材の売却は後回しでもいいのか?」と聞いただけだ。


 つまりクリストフとの勝負や貴族とのゴタゴタなど、六郎にとっては特に気にする程のことでもないのだ。


 それどころか――


「対人戦のエエ機会じゃな。存分に技を試したらエエわい」


 と嬉々としてリエラを追いかけてくる始末だ。


 その発言すらもリエラの気持ちを押し上げてくれる。リエラは強くなっていて、あのボンボンなど相手にならない。そう言ってくれているのだ。


 普段から厳しい鍛錬をつまされ、隙きあらばモンスターを倒させられているリエラ。


 それでも今までの襲撃では殆ど何もせずお荷物だっただけに、リエラ自身少し気にしている節もあったのだ。


 六郎と旅に出る。そのためには強くならねばならない。


 自分は今、ただの足枷のような気がしてならない。


 それが「存分に戦え」と背中を押されたのだ。これ程嬉しいことはないだろう。


 期待に答えるようリエラが六郎に向けて


「任せなさい」


 といつもの口調で、そして六郎にしか見せない顔で笑いかける。


 その笑顔に見惚れる冒険者たちと取り巻きの騎士達、そして妙な敗北感に囚われているのはクリストフだ。


 取り巻きとギルドに残されたクリストフ、その額に青筋が浮かび上がってくる。


「いいさ……調があるってもんだよ」


 睨みつけるその先、茜に染まった大通りには今も多くの人通りが見えている。

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