第22話 リエラ曰く鍛冶屋が呪われているそうです

 草原に横たわる巨大なカブトムシ三体。キラキラと輝いていたはずの外殻は、今や真っ白に染まり灰のように見えなくもない。


「こげなデケぇ虫、どうやって運ぶんじゃ?」


 六郎の疑問に、リエラは騎士達を顎でしゃくるだけで答える。

 リエラの顎に従い、振り返った六郎が見たのは、大きめの鞄に吸い込まれていく巨大なカブトムシの死骸だ。


「……まーた妖術か」

「魔法だって言ってんでしょ……あれは空間魔法っていうのを応用した鞄ね。アタシが持ってるこの鞄もそうよ」


 そう言ってリエラが自らのポシェットを叩いた。


「なんでん有りじゃな。こりゃ戦が捗るわい」


 鞄の中に大量の武具や食料を入れておけるのであれば、兵站の概念が覆る。

 無い無い尽くしの戦場を経験したこともある六郎からしたら、脅威の技術だ。


「そうでもないわよ。便利なものには制約があるの」


 髪の毛をクルクルともてあそぶリエラが、六郎に鞄の仕組みを簡単に説明する。


 鞄はあくまで触媒と器である事。

 持ち主の魔力の最大値が重量によって減少する事。

 足りない場合は二人や三人で負担する事が出来る事。

 その場合は大きい鞄が必要になる事。


「つまりあれか? こいを持つにはある程度ん魔力が必要っちわけか」


 残念そうに溜息をつく六郎の視線の先で、レオンも含めた全員が一つのカバンを手に、二体目のカブトムシを吸い込んでいる。


 流石にこの重量を二体も収めては、かなりギリギリなのだろう、レオンや他の騎士達も最後に残った六郎達が倒したカブトムシを遠巻きに見ている。


「こいはお前ん鞄に入るんか?」

よ」


 そう言ってのけるリエラに「流石じゃな」と笑う六郎がレオンへと手をふる。


「今回ん報酬にこんば貰いたいんじゃが」

「貰うも何も、これは君たちが倒したものだろう? そもそも我々では運ぶことが出来ん」


 大きく息を吐いたレオンが、「我々は肉体派だからな」と力なく笑っている。


「何じゃ? しんどそうじゃの」

「まあな。魔力を超える量の荷物を入れると、その超過分、身体に負担がかかるんだよ」


 額の汗を拭うレオンは「それでも後は帰るだけだ」と清々しく笑う。


「……帰るだけ……のう」


 そんなレオンとは対照的に、六郎は周囲へとへ視線を飛ばしている。


 吹き抜ける風が草原を揺らし、木々の葉擦れだけが響く、一見して穏やかな昼下がり。


 全員が帰り支度を始める中、六郎は水晶兜クリスタルビートルを吸い込もうとするリエラの隣で、今も険しい顔のまま周囲を見ている。


「……アンタ、また何かやったんでしょ?」

「いんや。まだ何もしとらんはずじゃが……」


 ジト目のリエラに六郎が肩を竦める。


 リエラは六郎のように気配を感じているわけではないが、六郎の態度から周囲に何か良からぬ者が居るだろうことだけは分かっている。





「どうやら出てくる気はなさそうじゃな」


 遠くなっていく気配に六郎が大きく息を吐いた。気配の隠し方から手練の雰囲気を感じていただけに、残念な気持ちが半分、レオンがいる手前


 せっかくの手練との殺し合いだ。出来ることなら全員一人で相手取りたいと思ってしまう。

 自分自身でも狂っていると思うのだが、こればかりは仕方がない。


「二人共、帰るぞ――」


 既に遠くなったレオンの声に振り返る六郎は、あったかもしれない死闘に後ろ髪を引かれつつその場を後にした。




 ☆☆☆



「……こんなデカいの持ってこられても困る」


 街へと戻った六郎とリエラは、その足でピニャの元へと来ている。


 店が消失してしまったピニャだったが、父親の知り合いという鍛冶師に間借りする形で、鎚を振るっているのだ。


 ピニャの賃貸物件はかなり大手なようで、鍛冶通りの一番手前に工房を構えており、その大きさはピニャの小ぢんまりした店とは比べるべくもない。


 多くの徒弟を抱え、いくつもの炉を持ち、そして素材を保管する倉庫まで備えた工房であっても、馬車より大きいカブトムシを急に引き取る事など出来ないようだ。


 徒弟達の視線が刺さる中、リエラがポシェットから覗かせた真っ白な角の先端がその存在感を放っている。


「困ったのぅ。こいで刀ば打って貰おうかち思ったんじゃが」

「……刀は打つ。けど丸々一体も要らない。練習含めても、角一本もあれば十分」


 ピニャが今もポシェットから見えている角の先端を軽く弾いた。


「ほな、角ば置いてくけぇ一本頼む」


 頭を下げる六郎に「……ん。任せて」とピニャが胸を張る。


 満面の笑みを浮かべた六郎が「ほな、待っちょれよ」とリエラのポシェットから覗く角を引っ張り出す――


 ズルズルズルズルと引き出される白くて巨大な角。


 馬ほどの長さはあるそれは、天井まで届かん勢いで伸びていく――それを見るリエラが「アタシこの絵面、何か嫌なんだけど」と口を尖らせるが、六郎もピニャもそれには答えない。


 角の先、顔がヒョッコリ見えた瞬間、六郎がその手刀をもって角を叩き折った。


「うむ。レオンの言う通り、死にゃあやわいの」


 笑う六郎に「……それでも鉄と同じくらい硬い」とピニャの呆れ顔が突き刺さっている。


「ほな任せるぞ」

「……ん。任された」


 上機嫌な六郎とピニャ。六郎は遂に刀が手に入るかもしれない事に、ピニャは十分すぎるほどの貴重な素材と新たな技術に。


 水晶兜クリスタルビートルはその生息地から、王都ではここまで大きな素材が出回ることは稀なのだ。


 鍛冶の難しさ、まとまった量の入手の難しさ、と敬遠されがちではあるが、中級冒険者等にはオススメ出来る非常に良い武器に仕上がる素材なのだ。


 さっそく試作に取り掛かるというピニャ。既に職人モードに入っているピニャの邪魔をしては駄目だと、六郎とリエラは工房を後にする。






「ロクロー? 余った素材はどうすんのよ?」


 意気揚々と工房を出た六郎の隣、リエラがポシェットを軽く叩いた。


「さあ?」

「『さあ?』 って何よ? なにも考えてなかったの?」


 首を傾げる六郎に、リエラが溜息をついた。


 六郎としてはカブトムシ全部を使って試作なんかを行ってもらうつもりだっただけに、素材の殆どを拒否されて逆に困っている節がある。


「使い途がないなら、売っちゃいましょ」

「それ、売れるんか?」


 ポシェットを指差す六郎に、「当たり前でしょ」と再度リエラが溜息。


「ダンジョンに潜るのに道具も保存食も足りないし、これ売って色々買い足すわよ」


 巨大な素材を売っていい。そう六郎が言ってから、明らかに機嫌の良さがましたリエラ。既にスキップ気味になった歩調に六郎も「買い出しもエエが、美味いもん食いてぇの」とそれを追いかける。





 ご満悦で路地を歩く二人の視線の先に、門型のアーチが見えてきた。


 そのアーチを潜れば大通り……なのだが、大通りから滑り込むように入ってきた一台の馬車がアーチを塞ぐように停車する。


 朱色に金縁、ゴテゴテと飾り付けられた、あまり趣味のよくない馬車に、六郎とリエラどちらともなく顔を顰めた。


 何となく二人とも良い予感はしていない。


 馬車の扉が開き、降りてきたのは一人の男性。


 年の頃は還暦手前だろうか。老年に差し掛かった頃だが、背筋はピンと伸び、仕立ての良い燕尾服がよく似合っている。


 服の上からでも分かる鍛えられた肉体、そして伸びた背筋。頭髪と髭に白髪が混じっていなければ、もっと若く見えただろう。


 その男が少し乱れた髪を整えながら口を開く。


「こんにちは。『リエラとロクロー』のお二人ですね?」


 抑揚のない声だ。にこやかに笑う目の奥からは感情が読み取れず、そこ知れない不気味さを醸し出している。


「そうだけど……アンタ誰?」


 初っ端から猫を被らないリエラ。要は既に「胡散臭い」と敵認定なのだ。


「申し遅れました。私、とある高貴な方にお仕えしております。ジルベルト・モートンと申します」


 恭しく一礼をするジルベルトと名乗った男性。その所作に無駄はなく、高貴な人間に仕えているというのは本当のようだ。


「ワシは六郎じゃ」


 礼をするジルベルトに対し、リエラより半歩前に出た六郎が自分も名乗る。


「そいで? そんエラか人間の使いっ走りが何の用じゃ?」


 鼻息を「フンス』と鳴らす六郎に「使いっ走りって」とリエラが呆れているが、当のジルベルトは気にした様子は然程もない。


「単刀直入に申し上げます。私の主人が、お二人にお話があると……どうがご一緒いただけないでしょうか?」


 ジルベルトは更に頭を下げながら半身になり、その向こうに見える馬車へと促すような仕草をする。


「なんじゃ。そんな事か……」


 気が抜けたような声を出した六郎と、「あーはいはい。そういう事ね」とそれに同調する様なリエラ。


「ご無理を言って申し訳ございませ――」


 頭を上げたジルベルトが見たのは、踵を返し、いま来た道を戻る六郎とリエラの背中だ。


「お、お二人とも何処へ?」


 余程慌てたのか、上ずった声を出したジルベルトが二人を追いかけその肩を掴む。


「何処っち、決まっとろうが。…………」


 素材を売るつもりなのだが、。そんな六郎の視線に、リエラは「もう……締まらないじゃない」と口を尖らせ、ジルベルトに向き直った。


「ギルドよ」


 ジルベルトの手を払い除けたリエラは、何事も無かったように歩き出す。それに続くように六郎も「ギルドじゃ」とリエラの後を追う。


「いえいえいえ。そういう事を聞いている訳ではなく……なぜ私の主人の呼び出しに応じないのかと――」


 今度は追いかける訳ではなく、少し声を張り上げたジルベルト。


「決まっとろうが……ワシらはお前んあるじに用なぞ無いけぇの」


 視線だけをジルベルトに向けた六郎と「そー言うこと」と振り向きもしないリエラ。

 その背中にジルベルトの言葉が刺さる。


「貴族の呼び出しを無視するおつもりですか?」


 先程までのニコやかな雰囲気から一転。眉間にシワが寄ったジルベルトの言葉にも圧が乗る。


「貴族やったらなんじゃ? 『ワシらに用があるんならお前が来い』っち言うといてくれ」


 剣呑な雰囲気を出すジルベルトだが、六郎も振り返りすらしない。


 既に六郎とリエラの視線の先には、狭い路地裏へと続く曲がり角が見えている。その角を曲がれば路地裏を通り、少し遠回りになるもののギルド方面へと抜けられるのだ――が、角の先、路地裏から現れたのは二人の騎士。


 甲冑姿ではあるが、レオン達と甲冑のデザインが違うため、別の部隊、もしくは私兵なのだろう。


「貴族の呼び出しを、平民が拒否できるなど思っているのか?」


 後ろから聞こえてくる声に、先程までの穏やかさはない。


「主君でもねぇ何処ぞん馬の骨が、ワシを呼びつけられると思っとんのんか?」


 ジルベルトを振り返り、溜息をつく六郎に「アンタは誰が相手でも無視するでしょ」とリエラも苦笑いで振り返る。


「大人しくついてくるなら手荒な真似はしない」

「大人しく帰るんなら、忘れちゃる」


 笑う六郎の視線の先、馬車の影からも騎士が二人現れた。


「状況が分かっていないようだな……少し痛い目にあってもらおう」


 ジルベルトが手を上げると、騎士四人が六郎とリエラを挟み込む形で少しずつ距離を詰めてくる。


「やれ――」


 ジルベルトの合図をきっかけに、ジリジリと距離を詰めていた騎士達が、一斉に六郎たちへと襲いかかる。


 降りかかる四つの剣閃。

 リエラを左手で抱きかかえた六郎が、そのまま左へと跳躍。

 一番近くに見える剣を腰から抜き放った鉄扇で払い、返す鉄扇でその首元を思い切り突いた。


 鐘を突いた様な轟音とともに後方へと吹き飛ぶ騎士。


 その仲間を振り向いたもう一体の兜を下から掬うように鉄扇で弾く。

 宙を舞う兜が太陽の光に煌めく。

 無防備になった顔面にめり込む鉄扇。


 鼻が折れ、鼻血を撒き散らしながら転がる騎士。


「拘束ば頼む」


 抱きかかえていた手を緩め、短く言い残した六郎に、「はいはい」とリエラが杖を掲げる。

 騎士達の手足を氷でできた枷が拘束する。……が、「これ要るのかしら」と呟くリエラの心境を表すように、倒れる騎士二人はピクリとも動かない。



 倒れる騎士を、ツンツン突くリエラ。

 残った騎士二人を前に、手招きをする六郎。

 挟み撃ちという地の利がなくなり、浮足立つ騎士。


 振り下ろされたショートソードを、半身で躱した六郎が兜のバイザーへ左手を滑らせる。

 顕になった騎士の目元、その視線の先には


 六郎の鉄扇が騎士の目を潰し、踏み込んだ足を騎士の足に掛け、勢いそのまま地面に叩きつけた。


 一瞬で仲間三人が戦闘不能に陥ったことで、最後の騎士が怖気づいたように半歩下がった。


「この程度でビビるんなら武器なんぞもつな。こん戯けが」


 呆れ顔の六郎が、騎士の落としたショートソードを拾い上げ、そのまま投擲。


 半狂乱の騎士がそれを弾くが、その隙に六郎が距離を詰め、扇の要部分で思い切り首元への突き一閃。


 最初の騎士同様、轟音とともに吹き飛び動かなくなった。


「それで? いつ痛い目を見せてくれるんじゃ?」


 六郎の挑発にジルベルトが肩をワナワナと震わせ、落ちていた直剣を拾い上げる。


「小僧……騎士見習いを数人倒したくらいでいい気になるなよ」


 構えをとるジルベルトに、六郎は「年寄りん冷や水になるぞ?」と獰猛に笑う。


「ほざけ! 小童が!」


 一足で距離を詰める鋭い上段からの一撃。

 リエラの目には、ジョルダーニのボスと同じかそれ以上に見えるその一撃。


 それに六郎は一歩踏み出し、端と端を持った鉄扇を真一文字に突き出した。


「――ぐうぅぅぅ」


 漏れ出たのはジルベルトの苦悶の声。


 六郎が突き出した横向きの鉄扇は、ジルベルトののだ。


 自分が振り下ろした剣の勢いと、六郎が突き出した鉄扇の勢い。

 、あらぬ方向に曲がった指からは血も滴り落ちている。


 静かになった路地に、「――ガラン」と剣が落ちる乾いた音が響き渡った。


「……次はえぞ?」


 手を抑え蹲るジルベルトに六郎が吐いて捨る。


「もう一度言うといたる。『用があるんなら、お前が出向いてこい』。そう言うちょけ」


 羽織を翻し、路地裏へ続く角に消えていく六郎の背中を、ジルベルトは忌々しげに眺めていた。

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