第21話 異世界っつったら巨大モンスター
六郎とリエラの二人がギルドを出た頃には、既に太陽はかなり高くなっていた。
時間だけを浪費してしまった昇格試験では有ったが、それでも六郎にもリエラにも新鮮なことだったのだけは間違いない。
「どのみちダンジョンに入るには色々装備も足りないし、良かったかしら」
「そうじゃな。せめて得物が欲しいの。鉄扇と小刀だけじゃあ格好がつかん」
笑う六郎が自分の腰を叩いた。そこにあるのは一本の小刀と、平たい鉄の棒。
六郎が後腰に提げていた大鉈。火事の時は既に火を入れられ、素材に戻されていたのだが、その中で無事だったものを集めて、ピニャに拵えてもらったものだ。
小刀は素材を剥ぎ取ったりする用だが、もう一本ある平たい鉄の棒は、護身用だ。
鉄扇と呼ばれ、文字通り鉄で作られた扇であり、これを使用して相手の剣を払ったり、関節を決めたりと、実に多彩な用途に使用される。
折角こんな格好をしているのなら、と六郎が頼んで作ってもらったものだが、ピニャはおろか、リエラですらその使用方法は分かっていない。
「じゃ、まずはアンタの武器の素材になるような、モンスターを倒しに行きましょ」
「? モンスターが武器になるんか?」
怪訝な表情の六郎に、「そう言えば、知らないわよね」とリエラがモンスター素材の使い途などを説明しつつ通りを歩く。
異世界ならではの技術や着眼点に六郎が感心する中、二人の目の前に現れたのは、もう見慣れた王都の玄関。
ただ見慣れないのは、慌ただしく馬を準備している騎士達の姿だ。
「なんじゃ? エラい忙しそうじゃな」
そんな騎士達の中、見知った顔を見つけた六郎が声をかけた。
「む? ロクローか。少し厄介なモンスターが街道に現れてな……普段はこんな事はないのだが」
渋い顔をするレオンに、六郎とリエラは顔を見合わせた。
「よろしければ、どんなモンスターか教えていただいても?」
「……
女神モードのリエラに、レオンが胡散臭そうな顔を浮かべつつも口を開いた。他の騎士がいる手前、本性を隠していたいリエラと、騎士道精神という鋼の精神力で一応女性として扱おうと決めたレオンの優しさ。
「
「硬い外殻に覆われた大きな虫だよ。水晶のように透き通った外殻をしている事から、そう呼ばれている」
硬い外殻と聞いて、六郎が考え込む。武器にモンスターの素材が使えると知ったばかりだ。「もしや」と思ってしまうのも無理はない。
「そいつぁ武器の素材になるんか?」
「武器? ああなるとも。武器と言わず防具にでも。
降って湧いたようなモンスターに、リエラと六郎は顔を見合わせ頷いた。
「それって私達も連れて行ってもらえたりは……?」
とりあえず駄目元で聞いてみるリエラ。駄目だったら勝手についていくだけだが。
そんなリエラの言葉に驚いたように、レオンが目を丸くする。
「……願ったり叶ったりだ。人手が足りなくてな」
そう言って溜息をつくレオンの周りでは、準備が終わったのか馬に跨る数人の騎士。集まっていた人間の多くはどうやら行かないようだ。
そんな状況に加え、六郎の強さを肌で感じているレオンからしたら、何より人手は少しでも欲しい所だったのだろう。
「馬は乗れるか?」
「もちろんじゃ」
頷く六郎にレオンも肯首し、「誰か馬を――」と控えている騎士に声を上げた。
渡された茶色い毛並みの馬に颯爽と跨る六郎――
「リエラ――」
当たり前のように差し出される手を掴んだリエラが、六郎の前にチョコンと収まった。
「何時でもよかぞ――」
準備万端と六郎の声に、頷いたレオンが「行くぞ」と声を上げ数人の騎士を伴って王都の門をくぐり抜けていく。
☆☆☆
「なるほどのぅ……あん人攫いと野盗共んせいで人手不足なんじゃな」
六郎の言葉にレオンが頷いた。
街道近くに馬をつなぎ、現在は徒歩で目撃情報の有った場所まで移動中だ。
移動中に聞いたレオンの話を統合すると――
リエラを攫おうとしていた冒険者たちの背後に、先日六郎が叩き潰したジョルダーニ達がいた事が分かっている。そして現在は更にその背後にいた人物を調査中とのことだ。
そしてもう一方の野盗だが、こちらの方が難航しているという。
街道に野晒に置いてきた死体は、間違いなく野盗として手配されているものだった。しかし六郎が持ってきた首と、現場に残っていた死体から、頭目と思われた男が野盗でなかった可能性が出てきたのだ。
どの街で照会しても賞金首のリストにない。
もっと言えば、近隣の街で、頭目の顔を知っている人間が誰一人としていなかったのだ。
遠くから流れてきた男が野盗達の頭目になる。
ない話ではないが、それでもこんな遠くまで野盗をやりに来るだろうか。
しかも途中誰にも顔を覚えられずに……。
というわけで野盗の頭目について、レオンを初め多数の騎士が調査に乗り出しているため、必然的に人手が足りなくなっている。
そんな折、街道で普通なら出現しないようなモンスターが出たため、慌てて対処していたのが、先程までの門前でのやりとりだ。
「そんなに珍しいんですか?」
「そう……だな。普通はあの向こう――山脈の麓の広がる森に生息しているモンスターだ」
相変わらず猫かぶりのリエラだが、レオンは諦めたように遠くに霞んで見える山々を指さす。
「結構遠いですね」
手で
「あとは……そうだな。近くのダンジョンでも生息が確認されているが……」
そこまで言ってレオンは大きく息を溜息をついた。
「ダンジョンのモンスターがココまで出てくるなら、既にこの辺り一帯はモンスターだらけだし、何より冒険者達が気付いているだろ?」
頭をかくレオンに「確かにそうですね」とリエラが頷く。そして六郎はその会話内容についてチンプンカンプンだ。
分かっていないという顔の六郎に、毎日毎日誰かしらがダンジョンに潜っている事。何か異常があれば、それが外の世界に顕現するより先に、ギルドが情報を掴んでいるだろう事。それらを掻い摘んでリエラが説明している。
そんな二人を見るレオンは「本当に何も知らないんだな」と苦笑いを抑えられないでいる。
「ギルドに協力ば頼まんかったんは何故じゃ?」
六郎の言葉にレオンが首を振る。
「協力は頼んださ。が、今の時間にギルドには殆ど人はいないだろう? それに街道の安全確保は騎士団の役目と決まっている。余程騎士に恩を売りたい人間でなければ、こんな時間に急遽出された依頼に飛びつきはしないだろう」
レオンの言葉に「面倒くさいわね、組織って」とリエラがポツリと呟く中、六郎達の視線の先に太陽を反射する三体の巨大カブトムシがその姿を現した。
「成程……でけぇ虫じゃな」
「えー……アタシはパス」
馬車二つ分はあるだろう大きさの半透明のカブトムシ。瞳だけ真っ赤に染めたそれが、顎を忙しなくギシギシと動かす様は、中々にグロテスクだ。
「とりあえず、一体を騎士隊、もう一体を私が担当する。君たち二人には負担かもしれないが、もう一体を抑えておいてもらえるだろうか?」
抜剣する騎士達を背後にレオンが前方で動くカブトムシを指さした。
「抑えるだけでエエんか?」
「君の強さは肌で感じているが、武器もなくば戦えまい?」
レオンに自身の腰を指さされ、六郎は肩を竦めた。
莫迦にするな。という思いが一つの。そしてもう一つは――
そんな状態の人間に頼む程、追い詰められているのか。という同情の念。
全く相反する気持ちを持った六郎の表情に、レオンは何かを感じたように「すまん」と短く答えた。
「では、頼むぞ。成るべく直ぐに始末して応援に向かう」
六郎の目を真っ直ぐ見据えるレオンに、六郎は頷くだけで答える。
「目標、
レオンの号令に合わせて、六郎が地面を踏み抜き一気に加速――一番左端の一体目掛けて思い切り拳を叩き込んだ。
青空と緑の草原に響く鐘のような音。
「くぅー、硬ぇの」
振り抜いたはずの拳をブラブラさせながら、六郎が一旦距離を取った。
六郎は最近、自分がおかしい事に気づき始めた。どうもあっちの世界にいた時より、疾さも力も、比べ物にならないくらい上がっているようなのだ。
この前など、岩を殴ったら砕けたのだ。
あっちの世界では考えられなかった現象。その現象をもってしても砕けない外殻。それを見つめる六郎の顔は喜色満面。痛みなどどこ吹く風、現れた強敵とそれを元にした武器に心が踊っている。
外殻を砕けないとは言え、自分に一撃を食らわせた六郎を敵と認定したのか、
瞬間、その巨体からは考えられない程の速度で、角を突き出し突進――
紙一重で角を脇へと流した六郎。
そのまま左腕と脇で角をガッチリ掴み――「虫ならひっくり返れやー!」とそのまま後ろにぶん投げた。
その身体に太陽を反射させ、放物線状に舞う
通常の虫なら背中から地面に落ちて起き上がれなくなる角度だ。
それを回避するからモンスターなわけで……。
上下逆さまのまま、羽を広げた
放り投げた姿勢から、急遽前転でそれを躱した六郎を土埃が襲う。
土埃を払い、地面に突き刺さった
視界の端では、既にレオンが一体の
(やはり強かね)
そんなレオンをみて口の端を上げた六郎。「負けちゃおれん」と六郎が精神を集中するように、両拳を添えた腰を落とした。
視界の端にこちらに走ってくるレオンを認識した六郎が口を開く
「こっちはエエ、先に部下ば助けちゃらんね!」
その叫びにレオンは「……スマン。恩に着る」とその踵を反転、数人がかりで抑えているもう一体の
その背中を視界の端に捉えながら、六郎が獰猛に笑い「こげん面白か事……邪魔ばさせん」呟くと、その全身が蜃気楼のように歪みだす。
「リエラ――ワシが合図したら妖術ば頼む」
「は? ええ?」
急に声をかけられ、慌てるリエラの前で、
今日イチのスピードに乗った突進に、六郎はその場から動かない。
あわや六郎の首が、その角に捉えられる。と言う瞬間、六郎が左腕でその角を上に払う――まるで空手の上段受けの如く。
上に払われたことで、角は六郎の頭上を通り過ぎていくが、その受け手を弾き飛ばさんが如き勢いに、六郎の足が地面にめり込む。
そして角をやり過ごしたとしても、その後には巨体が続く。
完全に足を止められた六郎に迫る巨体「ロクロー!」リエラの声が草原に響く。
六郎の眼前に
「……我慢比べ、ワシの勝ちじゃな」
――笑う六郎が右の拳を
角を押し上げる左腕と、顎を打ち上げた右拳。そのまま半身になった六郎が、
顎を打たれ、先程投げられた時とは違い、抵抗なく飛んでいく
「リエラー! 足場ぁ!」
それを追う六郎の叫びに「ああ、もう。そういう事ね!」とリエラが杖を掲げる。
六郎の前方に現れる空宙へと向かう坂――
それを一気に駆け上がり空へと飛び上がった六郎が「虫なら腹は弱かろうて!」と
くの字に折り曲がり、顎から体液を撒き散らす
「もっ発じゃ!」
六郎の着地点付近からせり上がる土の壁――今度はその勢いを射出機代わりに六郎が再び
そうやって六郎が腹を蹴り上げる事五回ほど――遥か上空へと打ち出された
「最後、特大のん頼む!」
六郎の言葉にリエラが杖を掲げると、六郎をはるか上空まで連れて行く土の塔が高速でせり上がっていく――
「終いじゃ!」
上空で
ガラスが砕ける様な音とともに、地面へ向けて高速で落下する
「おまけね――
その落下地点に出現するのは無数の石で出来た槍。
砂埃を舞い上げ、落下した
「リエラー。すまーん。受け止めてくれぃ」
落下してくる六郎の間の抜けた声が静かになった草原に響き渡る。
「もうちょっと考えてから戦いなさいよね!」
悪態を突きながらもリエラが出現させたのは巨大な水球――そこに六郎がダイブすると勢いで水球の殆どが弾けて飛び散った。
「いやー。中々に強い相手じゃったな」
ビショビショのまま笑いながら歩く六郎と、「身体強化の時間ギリギリじゃないの」とその隣で口を尖らせるリエラ。
そんな二人を遠巻きに見る騎士達は呆然としている。
ただ一人、レオンだけは
「やはり強いな……出来ることならやり合いたくないものだ」
と六郎の異様な強さと戦い方に、素直に喜べないでいる。
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