第20話 強いだけで上に行ける……のは戦国だけです
「え? ダンジョンですか? 無理ですよ?」
六郎の目の前で、いつぞやのウサ耳受付嬢が困り顔のまま微笑んだ。
ウサ耳の受付嬢はジゼルという。
桃色の髪の毛に真っ白なウサギの耳。タレ気味の目は紅玉のように煌めき、女性らしい身体と穏やかな性格から、冒険者だけでなく事務員や街の人間からの人気も高い。
そんな皆の人気者だが、今は何故か六郎とリエラという問題児コンビの専属受付嬢のようなポジションに収まってしまっている。
同僚をして「ババ引いたわね」と言わしめたあの事件。
六郎とリエラによる先輩冒険者半殺し、通称『マッチポンプからのマッチ』事件から度々二人の担当をしている。……というか他の事務員や受付嬢が二人――おもに毎回首を持って来る六郎――を怖がるので、二人とも自然にジゼルの所に足が向くのだ。
そんなジゼルの困り顔に、六郎は「どういう事じゃ?」とリエラに視線を投げ、当のリエラは「なぜですか?」と困った表情を浮かべている。
ジゼルと顔を合わせる頻度はかなり高いのだが、それでもリエラは女神スマイルなどの猫かぶりを辞めることはない。
「お二人共まだウッドランクですよね? ウッドランクの方のダンジョンアタックは規約で禁止されているんです」
規約が書かれた紙を持ち上げたジゼルが「い、言いましたよね?」と二人をビクビクしながら見比べている。
そんなジゼルに完璧スマイルのリエラが口を開く
「ジゼルさん……?」
完璧スマイルだが妙に圧のあるそれに、ジゼルがカウンターを挟んだまま少し仰け反った。
「アタシたち結構依頼こなしてますよね? なんで何時までもウッドランクのまんまなの?」
抑えているものの、普段の口調がヒョコヒョコ顔を出すリエラに、六郎は「気ぃ抜くと直ぐ猫ん中の虎が顔を出すの」とニヤニヤしている。
「え、ええっと……それも一番最初に説明したはずなんですが……」
そう行ってジゼルが二人に渡したのは――『ランク昇格試験申請書』と書かれた紙だ。
「……」
「……」
「なんやこれ?」
登録時に全く話など聞いていなかったリエラは視線を逸し、そんなリエラに苦笑いのジゼル。
そして六郎は『試験』という概念さえ分からないので、紙をピラピラと振りながらリエラを見ている。
「……ン、んん。そう言えばそんな制度がありましたね。失念しておりました」
再びの女神スマイルだが、若干ジト目のジゼルに効果があるようには見えない。
そもそも失念どころか聞いていなかったのだ。
六郎に物資やお金を渡す為だけに冒険者登録をしたので、その後の事など何も考えていなかったのだ。
「それでどうしますか?」
「受けます」
未だに「これは何の紙じゃ?」と眉を寄せる六郎を無視して、リエラが用紙に必要事項を記入していく。
「ほら、アンタも――」
よく分かっていないが、リエラに小突かれた六郎も渋々その紙を埋めていく。
「アイアンランクへの昇格試験は今からでも受けられますが、いかがしますか?」
「じゃあ今から受けます」
リエラの言葉にジゼルは「はい、分かりました」とカウンターの向こうで数枚の紙やペン、そういった物を準備し始めた。
「では、いきましょうか」
立ち上がるジゼルに「ちょっと緊張しますね」とリエラが、その手に持つ金の杖を握りしめた。
「大丈夫ですよ。アイアンへの昇格は殆ど形式的なものです」
笑顔のジゼルが更に続ける
「落ちる人なんていませんよ」
☆☆☆
「――という事を今まで思っていました……」
頭を抱えるジゼルの前、六郎とリエラは肩を竦めている。
ここはギルドの奥にある個室。秘匿性の高い依頼であったり、いくつかのパーティーが合同で依頼に当たる場合であったり、様々な打ち合わせのシーンで使われる事の多い部屋だ。
大きなテーブルと、椅子が数脚。あとは明り取りの窓が天井付近にあること、そして机の正面の壁に額縁に入った横長の紙があること以外、なにもない殺風景な部屋。
紙には――『ギルド理念 協調 探求 希望』とデカデカと書かれている。
大テーブルの端と端に座らされ、ギルド理念に見守られた二人は、先程までアイアンランク昇格用試験を受けていた。
アイアンランクへの昇格は、
ギルドの理念
冒険者としての責任
低級モンスターへの知識
などの人格的な問題から、超基本的な問題までが問われる。
これらは冒険者になって一日目の人間でも受かるものと言われており、目的としては『こんな感じで昇格試験ってあるんだよー』と周知させるだけに過ぎないのだ。
故に受付に問題用紙があるし、受付嬢が単体で立ち会って、その場で答え合わせをすることが出来るくらい形骸化されている。
そして今まで長い歴史の中で、この形式的な試験に落ちたものは皆無だ。
文字さえ書ければ誰でも受かる、とまで言われていた試験。それに六郎とリエラは――
見事に落ちたのだ。
「なぜ私が不合格なのか説明いただけますか?」
笑顔のままコメカミがヒクヒク動くのはリエラ。試験の最中ずっと「あー、これ。六郎は落ちるわね」と思っていただけに、そんな六郎と同列というのは許されないのだ。
そしてそんな六郎はと言うと――
「お前はホンに……エラそう云う割りに莫迦じゃの」
とリエラをケラケラ笑っているが、「アンタも不合格なのよ!」とばっちり突っ込みを貰っている。
頭を抱えるジゼルの前で今も
「お前も不合格やねぇか」
「アンタと一緒にしないで。アタシのは何かの間違いよ。それかギリギリ不合格ね」
と言い合いを続ける二人。
そんなの声に耳をピクリと動かしたジゼルがユラリと立ち上がった。
「ギリギリ不合格……? 何いってんですか? 二人とも全問不正解ですよ!」
何かが吹っ切れたように、ジゼルが出した大声にリエラも六郎も「お、おおう」とよく分からない感嘆符を上げ、やたら大きく感じるジゼルを見ている。
「ぜ、全問不正解ってどういうことよ!」
「こういうことです!」
突き出された答案用紙には、バツが並ぶ。
「例えばこれ、いいですか?」
ジゼルが問題を指差した。
【問一】 ゴブリン及びコボルトの討伐証明部位を答えよ
それに対する二人の回答は――
六郎『首』
リエラ『そもそもゴブリンとコボルト程度の、討伐証明を覚えることに意義を感じえません。なぜなら私は直ぐに上級――中略――故に、討伐部位と言ってモンスター毎に設定する必要性を感じず、首を持っていくことこそが単純かつ明快な解決法だとギルドに提案いたします』
「何がアカンのや?」
「アンタのは『首』って書いてるだけでしょ?」
「リエラさんも回り回って『首』って書いてるだけです!」
ジゼルの突っ込みに、「アタシのは提案でしょ? そっちのほうが捗るじゃない!」とリエラが反論するが
「皆が皆リエラさん達みたいに首を持ってウロウロしたら、街の人から不気味がられちゃいますよ!」
ジゼルの渾身の突っ込みにリエラは口を尖らせるだけで反論の意思を示した。
「【問一】に関しては、百歩譲って不正解だとしても、他は大丈夫でしょ?」
口を尖らせたままのリエラに「万歩譲っても正解にはなりませんよ」とジゼルが別の問題を指さした。
【問四】 あなたの依頼主が横柄で、常に腹立たしい態度をとってきます。どうしますか?
六郎『頭ば掴んで、そんまま机ん角にでん叩きつける』
リエラ『私に対して偉そうな態度を取る、という気概だけは認めてあげます。しかしながら、世界の真理を知らぬ痴れ者に、道理を教えてあげる必要がこの私にはあります。なぜなら――中略――故に相手の頭を掴み、思い切り床に叩きつけてしまうのが理想でしょう』
「なんで二人して、頭を掴んで叩きつけるんですか!」
「「頭が
何いってんのお前? そういった表情の六郎とリエラが完全にシンクロでハモる。
その異様な思考回路に、ジゼルは自分の頬がヒクつくのを抑えられない。
そしてそんなジゼルの前では、問題児二人が――
「アンタね、机の角なんかに叩きつけたら死んじゃうじゃない……ちゃんと手加減しなさいって云ってるでしょ?」
「ちゃんと手加減して叩きつけるわい。そもそも、これで死ぬんなら、放っといても死ぬんじゃ。殺しちゃるんが優しさじゃろうて」
と全く的はずれな事で言い合いを繰り返している。そんな二人を眺めるジゼルの瞳からはハイライトが消え去り、万民に愛されているはずの笑顔は完全に引きつっている。
「そうだ! 一番最後の問題はどうなのよ? あれは一番自信あったんだけど?」
六郎との不毛な言い合いを切り上げたリエラがジゼルに詰め寄った。
「……自信? 一番問題ですよ……最後は」
もはや呪詛。そう言っても差し支えないようにジゼルがブツブツと呟き指差す先――
【問十】 冒険者ギルドの理念を答えよ
六郎『知らん。興味んなか』
リエラ『理念と言うと非常に堅苦しい言い方になりますね。冒険者ギルドという組織を運営するに当たっての指針というものであれば、やはりモンスターを倒し――中略――しかしながら、私はこういった行動に理念を保つ必要性を感じません。そもそも冒険者に理念を――中略――故に私にはギルドの理念など不要であり、私を縛る物など覚えるに値しないと言えるでしょう』
「リエラ……お前、長々エラそう云うとって、全部間違っとるやねぇか」
「う、うるさいわね! アンタは『知らない』って言ってるだけじゃない。そんな答えがあるわけ無いでしょ?」
「リエラさんも回り回って回りまくって『知らない』って言ってるだけです!」
ジゼルの突っ込みに明り取り用の窓がビリビリと震える。
普段彼女が見せている人懐っこい笑顔は鳴りを潜め、不貞腐れたように頬を膨らませるジゼルに六郎もリエラも少しだけ申し訳無さを感じている。……少しだけ。
「……アイアンの試験を落ちた人どころか、全問不正解……さらにギルドの理念すら知らないって……初めてですよ」
顔を覆い、「そもそも私の後ろに大きく書いてあるのに」と嘆くジゼルに
「おお、ホンマじゃ」
「あ、そう言えばカウンターの奥にもかけてあったわね」
と完全に他人事のような二人が笑っている。
「お二人とも……こんな結果じゃダンジョンアタックなんて絶対に許可できませんよ」
ジゼルの溜息に、六郎とリエラが肩を竦めて顔を見合わせる――
――仕方ないわ。勝手に行くわよ
――応。そっちのがエエの
まるでそう言わんばかりの目配せに、
「勝手にダンジョン入ったら、冒険者証取り上げですからね」
ジゼルが額に青筋を立てた笑顔で口を開いた。
完全に行動を読まれていた二人はバツが悪そうに「そんな事するわけないじゃない」と焦っているが、ジゼルは知っている。コイツらはそういう奴だという事を。
なぜなら解答にそう書いていたから。
とは言え、こんな注意で思いとどまる二人でないことも知っている。故に――
「二、三日お待ち下さい。二人を連れてダンジョンに入ってくれるパーティを当たってみます」
コメカミを揉むジゼルは頭痛の種である二人を見比べる。
ダンジョンに入るには基本的にアイアンランク以上、かつ自分のランク推奨ダンジョンより一つ上までである。
だが、
二人の場合はブロンズランクまでだ。
そして王都周辺にあるダンジョンは殆どがシルバー以下。場所とパーティを見繕えば、二人でも入場できないことはない。とジゼルが何とか解決案を捻り出したのだ。
その提案に悩んでいるのはリエラ。六郎はいまいち分かっていない。
勝手に入るリスク……大きい。
試験に受かる可能性……六郎は多分無理。
ポーターとして入場……実入りは少ない。
それでもダンジョンを経験出来たら、六郎もランクアップに興味を持つかもしれない。と悩んだすえその提案に乗ることにした。
「それでは暫くお待ち下さい。ご協力いただけるパーティが見つかったらご連絡します」
一礼して先に部屋を後にしたジゼルの背中に「ま、その協力者を見つけるのが一番大変だと思うんだけど」とリエラが呟くが、結局はそれにかけるしかない。
「仕方ないわね。暫くはそのへんで小銭稼ぎでもしてましょうか」
ジゼルに続き部屋を出るリエラを「まぁ、まだ得物もねぇしの」と六郎が頭をかきながら追いかける。
※
今回も近況ノートにリエラさんのイメージを載せてます。
紹介するのは我らが六郎くんですが、どうなるかは私もわかりません。
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