第二章 権威 ミーツ サムライ

第19話 そろそろ冒険者っぽいことしてほしいなー

 月明かりが差し込む暗い部屋。窓から差し込むそれが照らすのは、執務机、豪華なソファ、そしてそれに深く腰掛ける人影。


 暗闇にその顔を隠しているものの、月明かりが照らす仕立てのいいシャツと、カメオで止められた首元のスカーフ。

 袖口の金のカフスには何かの紋章が描いてあるが、手元が影になり良く見えない。


 着ている物、少しゴツゴツした手から、高貴な身分の男性なのだろう。


 そんな男性が目の前の暗闇に手をのばし、月明かりの元へと引きずり出したのは、血のように輝くワイン。


 グラスに注がれたワインをクルクル回しながら男が口開く。


「それで……? ターゲットの動向は掴めたのか?」

「は、現在は王都で冒険者として活動しております」


 暗闇から響く声。だが気配は一切感じられない。


「……王都にいるのなら、直ぐに確保出来るではないか?」


 ワインを口に近づけようとした男性がその手を止めた。


「いえ、今はかなり厳しいかと……レオン・カートライト……あの男が現在積極的に動いています故」


 暗闇の報告に暫し手を止めていた男性がワインを口につけ、一気に飲み干した。


「それはだろう」

「……返す言葉もございません」


 苛立ったような男の声だが、暗闇は相変わらず淡々と答えている。


「こうなれば方法は問わん。何としてもそいつを連れてこい――」

「……街を破壊しても?」

「構わん」

「御意に」


 暗闇から聞こえてきた無機質な声に、男性は再びワイングラスを傾けようとするが中身のないそれに「チッ」と短く舌打ちだけ残し、グラスを再び暗闇の中へと戻した。


「必ず手に入れてやる……そして――」


 相変わらず顔の見えない男性の姿と、壁にかけられた真っ白な服を、伸びた月明かりが照らしている。



 ☆☆☆



「はい、そこでストーーップ」


 既に傾き始めた月が、夜明けの近さを知らせている。それでも未だ暗い王都の一角、昼間は市民の憩いの場として解放されている広場にリエラの声が響き渡った。


 金髪に蒼玉のような瞳も、整いすぎたリエラの顔立ちも、白い僧服と僧帽も、月明かりの中で更に美しく輝いて見える。


 そんな見た目だけ完璧女神のリエラは、ベンチに腰掛け、袈裟懸けにした小さなポシェットから水やタオルを取り出している。


 そんなリエラの目の前には諸肌脱ぎで座禅を組み、何かに集中する六郎の姿。


 ちなみに中に着ていたチュニックは脱ぎ去り、六郎の格好はなんちゃって袴と小袖に振袖というスタイルに変わっている。


 六郎の鍛え抜かれた上半身を、玉のような汗が流れて落ちていく――六郎の眉間にシワが寄り、口元も歪んでいく。


「はい我慢ー。この程度堪えられないとか恥ずかしいわよ?」


 そんな六郎を見ながらリエラは満面の笑みだ。


 二人は……というか六郎は今、


 リエラいわく魔法を操るには、自分の中に眠る魔力を感じる事から始まるのだという。


 よく分からない謎パワーを感じるのが初歩というわけだ。

 ちなみにこれを驚異的なスピードで体得した六郎。気だの精神だのという訓練を続けていただけのことはある。


 


 感知した魔力を魔法に変換するという行為に置いて、六郎は尋常ならざるセンスのなさを露呈したのだ。


 リエラいわく「魔法で戦う事に関して忌避感を覚えている」らしい。


 まあ六郎だしね。と呆れ顔だったリエラだが、使。と、魔力の操作とそれによる身体強化の訓練が毎朝の日課に加わったのだ。


「アンタの、アレの力を引き出すんなら、この程度で音を上げてちゃダメよ」


 苦悶の表情に歪む六郎を、ニマニマと見つめるリエラ。


 単なる意趣返しだ。つい先程まで六郎に杖術の鍛錬でみっちりしごかれた事へのお返しなのだ。


 リエラとしては、六郎に対するマウントが見つかって嬉しい。と思い込んでいるが、その実ちょっと六郎の役に立てている事を喜んでいる。勿論リエラがそれを認めることはないのだが。


「――ッダッハァ……ハァ」


 遂に我慢の限界が来たように、六郎が肩で息をし、同時に全身から滝のように汗が滴り落ちる。


「ま、少しはマシになったかしら」


 腕を組むリエラの視線の先で六郎は「動かん鍛錬はキツいの」と苦笑いで寝転がっている。


「はい、タオルとお水――」

「おお、スマンの」


 タオルと水を受け取り身体を起こす六郎の隣に、リエラが腰を下ろした。二人の間を暖かくなってきた夜風が撫でていく。

 付かず離れずの微妙な距離。今はそこが二人にとって一番居心地のいい距離なのだ。



 暫く二人、無言で六郎の汗が引くのを待つ。静かな王都の明け方に、南薫が交わす葉擦れの会話が静かに響く。






「ロクロー」


 リエラの呼びかけに、六郎は首を向けるだけで答える。


「アンタ、これからどうすんの?」


 そんな六郎を見ないまま呟いたリエラの言葉に、一際強い南風が木々を揺らす。


「さあのぅ……強い相手と戦いたいけぇ旅に出るんもエエかものぅ」


 沈んでしまった月、未だ昇ってこない太陽に、憩いの広場に最も暗い時間が訪れる。


「旅か……そう。そうよね……」


 夜空を見上げるリエラの視線の先には無数の星々。普段は綺麗だと思えるその空も、今は何故だか綺麗には思えない。





「……星。いっぱいね」


 唐突に話題を替えたリエラ。その真意は自分でも分かっていない。ただ何となくこの話題を続ける気にならなかったのだ。


「そうじゃな」


 そんな唐突な話題の転換でも六郎は不審がらずに、空を見上げ「中々に絶景じゃ」と屈託のない笑顔を見せている。


 星を見上げる六郎を横目に、リエラは次の言葉を紡げないでいる。


 え? いつも何話してたっけ?

 鍛錬と……

 あ、あとは首の話

 あ、駄目だわ。よく考えたらまともな会話なんてしてないわ。


 頭を抱えるリエラの横で不意に六郎が「フフッ」と笑う。


「な、なによ――」

「お前がおかしいけぇ、変なもんでも食ったんやろなぁ、っち思うてな」

「は、はあ? 誰がそんな事するのよ!」


 顔を赤らめたリエラだが、暗いお陰かその赤面は六郎には知られていない。


「おお。調子ば戻ってきたの」


 カラカラと笑う六郎に「人の気も知らないで」とリエラは頬を膨らませている。


「ま、星は綺麗じゃが、何時でん見られるじゃろ」


 そう言って六郎が立ち上がる。


「旅も一緒じゃ。何時でん出ようと思えば出られる」


 尻を払う六郎の横、リエラは少しだけ浮かない顔で立ち上がある。


「今はこの冒険者やら云う暮らしも中々に楽しいけぇの。今暫くはこのままでエエわい」


 満面の笑顔の六郎に、リエラの頬も緩む――が、続く


「それにの、いま旅に出るっちなると、お前が心配じゃけぇの」


 その言葉に胸が締め付けられたように痛んだ。


 旅に出ないのはアタシを心配してるから?

 もし強くなったら別れが来るの?


 色々な思いが去就して、リエラの頭は絶賛混乱中だ。


 昇ってきた朝日に周囲がゆっくりと白んでくる――


「なんちゅう顔しとんのじゃ。心配すんな。しっかり鍛えちゃるけぇ」


 笑う六郎に「そんな心配をしてるんじゃない!」と叫べたらどんなに良かったか。


 だが上手く言葉は紡げない。そんなリエラに構わず六郎は言葉を紡ぐ。


「強敵を探す旅じゃけぇの。


 笑う六郎の言葉に、リエラの混乱は更に増す。


(は? 何でアタシが六郎の旅路で死ぬのよ)


 悩んだすえ導き出された答えは――


「え? その武者修行みたいな旅、アタシもついてくの?」

「当然じゃろうて」


 何を当たり前の事を。そう言いたげな六郎の髪の毛を、南風が穏やかに揺らしている。


「は、はあ? 何でアタシがついてくのよ?」


 口ではそう言いながらも、何故かこみ上げてくる温かい感情にリエラは自分の声が震えているのを感じている。


「そりゃお前が居った方が面白いけぇの」

「面白いって何よ!」


 頬を膨らませるリエラの前で、六郎は困ったように頭をかいていた。


「そうは言うてもの……面白いけぇ付いて来い。一緒に居れ。っち云うんがそんなにアカンのんか?」

「一緒に居れって……」


 白んできた周囲に、リエラの紅潮した顔がくっきりと映し出される。


「それにお前はワシを助けにきたんじゃろ?」

「あ、あれは……街までって話じゃない」

「応。じゃが


 開き直るように笑う六郎に「アンタって人は――」とリエラの肩がワナワナと震える。


「リエラ」


 不意にかけられた声に顔を上げたリエラ。視線の先には、薄明かりでも分かる真剣な表情の六郎。


「お前が何を悩んどんかは知らん。じゃが、。ほんなら来るまで悩むんは阿呆らしかろう」


 相好を崩し、リエラの頭にポンと手を乗せる六郎を、リエラは真っ直ぐに見つめ返した。


 そう、別れはいつか来るのだ。人として生きている以上、【死】という別れは必ず来る。ならば今は精一杯その【生】を楽しもうではないか。自分にその喜びを教えてくれた人と一緒に。


 そう決心したリエラの顔を朝日が照らす。


「分かったわ。そんなにアタシの力が必要なら一緒に行ったげる」

「いや、どちらかと言えば面白要員――」

「アタシの力が必要なんでしょ?」

「お、応。助かるの」


 笑う六郎にリエラも笑い返した。もう迷いはない。行ける所まで行こう。憩いの広場は朝日に照らされその全てに色を付けていく。


「とりあえず、短期目標は強くなってお金も貯める。って事でいいかしら」

「エエの。先立つものがねぇと無理じゃけの」


 少しずつ出てきた人出と活気に負けない、二人の楽しそうな声が響く。


「それじゃ……行きましょうか――ダンジョンに」


 六郎の手で少し潰れてしまった僧帽を直しながら、リエラが壁の向こうに視線を向けた。


っち何ね?」

「まあ追々分かるわ。お金と強さを身に着けられる一石二鳥の場所よ……とりあえずアタシに任せなさい。大船に乗ったつもりでね」


 六郎を振り返ったリエラの表情に迷いは一片もない。


「応……おう?」


 そんなリエラの頼もしそうな表情に、六郎も楽しそうに頷いた……のだが、その語尾はすぼみ、疑問形へと――


「な、なによ……?」


 既にジト目、と言っていいほどの表情で自身を見る六郎に、リエラが口をとがらせた。


「ホンマに大丈夫か? 自信満々に云うても大概役ん立たんやねぇか」

「だ、か、ら、言い方!」


 両拳を振り上げ顔面を紅く染めたリエラに、六郎が満足そうに笑う。


「おうおう、調子が戻ってきたようで何よりじゃな。早う帰って支度ばするぞ」


 怒るリエラの頭に再び手を置いた六郎が、後ろ手をヒラヒラさせながら人出が増え始めた通りへと歩みを進める。


「ちょっと、上裸のまんまウロウロしないでよね!」


 それを追いかけるリエラの楽しそうな声を、南風が遠くまで運んでいく。




 ※近況ノートにAIイラストさんに描いて頂いた六郎のイメージを掲載しています。

 紹介担当は相棒のリエラです。

 宜しければご覧下さい。

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