第18話 こんな主人公ですが、これからもよろしくお願いします

 静かになった店内。テーブルも調度品もボロボロに崩れ落ち、そこかしこに転がる男達。


 そいつらを一箇所に集める六郎と、それをブルブル震えながら眺める半裸の女性たち。


 全部で四人いたと、借金のカタに売られたという従業員たちは、リエラの後ろで恐怖の大魔王へ畏怖の念を抱いている。


 自分たちが怖くて仕方がなかったゴロツキたちを、難なくのしてしまった男。


 怖がるなという方が無理があるだろう。


「おーい、リエラ。頼むわ」


 そんな恐怖の大魔王は、ひと仕事終えたように美人僧侶に声をかけている。


「はいはい」


 そんな美人僧侶が杖を掲げると、何もない空間から突如として大量の水。


 その水が、気絶して倒れるゴロツキ達を現実世界へと無理矢理引き戻した。


「――ゴホっ、ゴホ……てめー何の目的だよ」


 足が折れ、見目良かった顔面に大きな痣を作ったジョルダーニが口を開いた。ちなみに前歯もない。


「さっき云うたじゃろうて……」


 大きく息を吐く六郎。ちなみにピニャは既に助け出したので、目的の一つは達成済みだ。


「鍛冶通りの店に火ば放った奴がおるじゃろ? 誰じゃ?」

「さあ? 知らねーな」


 視線を合わせるようにしゃがむ六郎から、ジョルダーニが顔を視線を逸らす。


「質問に答えぃ。やったんは誰じゃ?」

「誰が言うかよ。それよりテメーは終わりだよ。俺たちのバックには――ぎゃああああああ」


 啖呵を切ったと思いきや、急に激しく痛がり出したジョルダーニ。見ると


「聞こえんなら要らんじゃろうて」


 底冷えする様な声を発する六郎。その両手には耳のような物。


「耳が……俺の耳がーー! テメーぶっ殺す……ぶっころ――グゥ」

貴様キサンの口上は聞き飽きた。タレよる……」


 喚く男の口の中に六郎が耳を突っ込み溜息ひとつ。不意に突っ込まれた自分の耳に男が困惑し、それを吐き出しながら六郎を睨みつけている。


……そもそも取り調べや拷問なんぞ、サムライの仕事やねぇの。乱破、素破の仕事じゃ」


 そう言うと六郎は近くにあった瓦礫を蹴り飛ばし、スペースを作る。何事かと見守るゴロツキや女性達だが、一人リエラだけは「あ、やばい」と焦り始めている。


「ロクロー、殺すんにしてもちゃんと情報聞いてからにしなさいよ!」


 リエラの声に六郎は「大丈夫じゃ」と笑顔だけ見せるとカウンターの裏にある厨房へと消えていった。


 そんな二人のやり取りに「え? 殺すって?」「なにがどうなってるの?」と女性達は戦々恐々だ。

 対するゴロツキ達は、「黙ってりゃ大丈夫だ」と情報を盾にここを乗り切るつもりなのだろう。全員が顔を見合わせ頷き合っている。


 ざわつく空気の中、厨房から戻ってきた六郎が持っていたのは


 串焼き、それも大きめの物を焼く時に使う、長めの鉄串から焼き鳥サイズの小さな物まで大小様々だ。


「あったあった。前から思っちょったが、こいつぁん代わりが出来るっち思うんじゃ」


 笑う六郎のウキウキ感に、リエラは「あー、」と頭を抱えている。


「とりあえず貴様じゃな」


 六郎が鉄串で指したのは、金髪男、ジョルダーニだ。


「ああ゛?」


 耳を千切られ、痛めつけられたのに消えないジョルダーニの闘志。それに六郎は「よかよか」と頷き。


「貴様はもう


 そう言うとジョルダーニを掴み上げ、そのまま先程自分が作ったスペースまで引きずっていく。

 髪を引っ張られ、「いってーな、放せ」とジョルダーニが喚くが六郎は完全に無視だ。


 金髪を掴んだ手を思い切り反らせると、それに習ってジョルダーニの顎が上がる。その状態のまま六郎が床まで金髪を引っ張ると、それに倣うようにジョルダーニも自然と寝そべる形に。


「では、殺るかの――」


 右手に持った長めの鉄串、左手には引っ張る金髪。串ををかんざしのようにくるくると動かし、引っ張ったままの髪の毛を巻き取った六郎が鉄串を床へ突き刺した。


「て、テメー! これ取りやがれ!」


 ジョルダーニが喚くが、髪の毛を床に縫い付けられ、顎が上がったままだ。


「おお! やはり兜割のように出来るの」


 満面の笑みの六郎が傍にあった直剣を掴む。


「貴様はもう何も言わんでよか。あとは他の奴に聞くけぇ、

「首? は?」


 呆けるジョルダーニは暴れるのも忘れ、「応。首じゃ」と笑う六郎を眺めている。


 笑う六郎が、ジョルダーニの首の上を横切るように、直剣の切先を地面に斜めに刺す。

 少しずつ出来上がっていく簡易的なギロチンに、ジョルダーニはおろか他のゴロツキ、女性達の顔も青褪めていく。


「はーい。女の子たちはコッチね……」


 リエラが気を利かせ、女性達をカウンターの裏、厨房へと連れていく中、六郎は直剣の位置を微調整している。


 地面に差された切先、その上に足をかけた六郎が、刃をジョルダーニの首にあてがう。


「待て待て待て! 話す話す!」


 慌てるジョルダーニが叫ぶが、六郎は能面の様な無表情で


「待たん。貴様はさっきから与太しか言うとらん。それに話さんでエエっち云うたじゃろ? 貴様を殺して、次は別の人間じゃ。。心配すんな。後で皆仲良くあえるけぇの」


 六郎が直剣を持っていた手を放す。切先を踏まれた直剣が、ジョルダーニの首筋にあたり少し減り込んで止まった。


「ま゛まで! 話ず、話ずがら――」

「断る。貴様の代わりは幾らでんおる」


 六郎が右足を持ち上げ、そのまま直剣の柄をゆっくりと踏み込む――


「あ゛あ゛あ゛あ゛――」


 肉を潰し血を滲ませ、自身の喉仏にめり込んでくる直剣に、ジョルダーニがあらん限りの悲鳴を上げる。


「やかましか。男が喚くな」


 冷たい目をした六郎が、直剣の柄を踏む右足に力を込める――


 ドンという凡そ何かを斬ったとは思えない音が響き、勢いよく首筋から血が吹き出す。


 吹き出す血の音と響くどよめき。


「あー、やっちゃった……」


 丁度厨房から出てきて、頭を抱えるリエラだが、。と半ば諦め気味だ。


「次は……主じゃ」


 そして首刈り大王は、次の獲物を指し示し、有無も言わさずその髪を引っ張り引きずっている。


「まてまて! 話す話す! 実行犯は三人、ここに全員いるから――」

「待たん。主は


 とんでもない理不尽発言に、髪の毛を引っ張られる男が涙目のまま「女神に誓う」と叫ぶが、その女神をチラりと見た六郎が「余計信用ならん」と呟いた。


「ちょーーっと! どういうことよ!」


 聞き捨てならない発言に怒り狂うリエラに「すまん。なんとなく……の」と六郎がバツの悪そうな顔。


 気を取り直した六郎が男の髪を引っ張り、床の上に転がすが


「どれ、主ゃ髪が短いの……」


 引っ張れるものの、串で巻き取るほど長くない髪。それに男を押さえつける六郎が考え込む。


「そこんお前!」


 考え込んでいた六郎が、顔を上げ、近くのゴロツキに視線を飛ばした。

 六郎の視線を受け「お、俺?」と自身を指差すゴロツキに「そうじゃ。主じゃ」と六郎が笑顔で頷く。


「主ゃ――」


 笑顔の六郎から放たれたのは、ギロチンの部品担当への採用通知だった。


 それに全力で首を振るゴロツキだが、「断るんなら主からじゃな」と六郎が言った途端、ゴロツキは諦めたように仲間の髪の毛を引っ張り地面に縫い付けた。


「て、テメー裏切ったな!」

「許してくれ……」


 ギロチンにかけられる人間と、ギロチンを担当する人間。睨みつけるゴロツキと、申し訳無さそうに視線を逸らすゴロツキ。


 その光景を眺めながら、リエラは六郎の事をと感じている。

 それは恐怖などではなく、一種の呆れや感心に似た心。


(全くもって恐ろしいわ……人というものを、恐怖というものをココまで熟知してるのね)


 場を支配しているのは、完全に六郎という異質な存在への恐怖。

 そしてその恐怖から逃れるためであれば、人というのはその魂を売ってしまう。


 断頭台の列に並んでいる事は変わらない。それでも、仮にたった一人分でも列の後ろに並べるなら、人は魂を簡単に明け渡してしまうのだ。


 そしてそんな人間に、リエラは何の感情もわかない。


 これが真面目に生きてきた真人間相手ならば、止めるだろう。が、相手は力に物を言わせて好き勝手生きてきた人間。


 リエラからしたら害虫にも劣る生物だ。


 今まで恐怖を振り撒き生きてきたのに、いざ自分に恐怖が降り注いだ瞬間こうなのだ。


 何の感情も湧く訳がない。


 その辺り、リエラは六郎を気に入っている部分だ。


 あの死の瞬間。六郎は絶望の淵で、多くの敵に囲まれていても最期まで立ち続けた。抗い続けたのだ。


(ホンっと変な奴)


 リエラがそう思った瞬間、もう一つ首がとんだ。


「さーて、次はどいつか――」

「話す! 全部話すから助けてくれ!」


 どれにしようかな。と言った具合で鉄串をゴロツキ達の前でウロウロさせる六郎に、ほぼ全員のゴロツキ達が群がった。


「断る!」

「実行犯は三人、アイツとアイツと、そしてアイツだ!」


 六郎の「断る」発言すら無視して、男達が部屋の隅でバツが悪そうに蹲る男達を指さした。


 ゴロツキ達は揃いも揃って「お前らのせいで」というような憤怒の表情を、仲間へと向けている。

 それもそうだろう。彼らが火を放ってピニャを攫ってこなければ、今頃は皆でお


 もちろん放火を指示したのは、最初に首を落とされたジョルダーニだが、ゴロツキたちにはその辺りはどうでもいい。


「……間違いないんか?」


 六郎の言葉にゴロツキ達が一斉に頷く。


「間違いないと思うわよ。目撃証言とも一致するわ。緑の長髪、茶髪の髭面、そしてハゲの眼帯」


 リエラの言葉にゴロツキ三人の肩がピクリと動いた。


「相分かった。では、そん三人は貰うてくぞ――」


 六郎が三人を引きずり、入口近くまで放り投げた。


「じゃ、じゃあ俺たちは――」

「応、ご苦労さんじゃ」


 六郎の笑顔に男達が「助かったー!」と歓喜の声を上げた。


 が、勿論――


「今、全員の首をおとしちゃるけぇの――」


 六郎が手に持った直剣を一振り。一番間近な男の首が刎ね飛ぶ。


 六郎の言葉と出来事に頭が追いつかなかったゴロツキたちだが、その顔に血飛沫がかかった瞬間「き、聞いてねえぞ!」と怒り出す者、「助けてくれ」と腰を抜かす者、様々だ。


「云うたじゃろうが。全員苦痛と恐怖にまみれて死ぬち……」


 直剣を持ち、獰猛に笑う六郎に、ゴロツキ達は膝をついた。


「……閻魔によろしくの」


 振り上げられた直剣、血と鉄が光を反射して煌めくさまが、やけにゆっくり感じたのを最期にゴロツキの意識はプツリと途切れた。




 ☆☆☆



 燃え上がる悪趣味な店を六郎とリエラ、助け出された女性、そして実行犯のゴロツキが眺めている。


「……ホントびっくりね。お店に飲みに来たのに、


 白々しく手を顔に当て、困った様な表情まで見せるのはリエラだ。


「なんとかお店を抜け出せたけど、火事になっちゃうなんて」


 嬉々として火を付けていた美人僧侶に「そ、そうですね」と女性達が恐る恐る頷いている。


 なんてことはない。口裏合わせの真っ最中だ。


 ゴロツキを全部殺し、その拠点に火を放ち証拠を隠滅。そして目撃者は共犯者にしてしまおうという魂胆だ。


 彼女たちにとってはいい迷惑なのだろが、それでもリエラや六郎のお陰で助かった命だ。それにゴロツキ達には恨みこそあれ、情けなど微塵もない。

 であれば、口裏を合わせて闇に葬るくらいの事は心が傷まないのだろう。


「それにラッキーね。たまたま逃げられた人の中に、放火犯が全員いて」


 リエラの美しい笑顔を向けられたゴロツキ三人が、恐怖に満ちた顔で静かに頷いた。


 ……黙ってなさい? さもなくば首が飛ぶわよ。


 そう聞こえるリエラの発言にゴロツキたちも頷くしかない。


「とりあえず一件落着かの」


 遠くから聞こえてくる無数の足音に、六郎が大きく息を吐いた。


 こちらへ急ぐ駆け足は間違いなく守備隊の面々だろう。


 疲れ切った表情のレオンを思い出し、六郎は頬を緩める。



「ロクロー! あれほど派手にやるなと――」

「ワシは何もしちょらん。ただ店で飲んどっただけじゃ」


 過労死しそうな表情のレオンに、六郎は「フン」と鼻を鳴らした。リエラの生活魔法とやらの活躍で、六郎の着ている服は返り血一つない。


「そ、そんな無理な話が――」

「しゅ、守備隊の騎士さま! すべて話すんで直ぐに連れて行って下さい」


 レオンに詰め寄るのはゴロツキ三人。


「騎士さま、私達この火事の原因見てましたが、この人達は関係ありません」


 半裸の女性が六郎とリエラを指差す。


「……どうなってんだ……?」


 困惑するレオンに「早う帰って寝ぃ。疲れとんじゃ」とその肩を叩きながら六郎とリエラが野次馬の中へと消えていく。


 その背中を見つめ、ピニャがポツリと「……相変わらず無茶苦茶」呟いた。






 その日、王都の繁華街の片隅で起きた火事は、翌日には一大ニュースとなった。

 ゴロツキ集団ジョルダーニ一家の壊滅。原因は内部抗争。


 だがその噂に混じって、実はたった一人の男がジョルダーニを壊滅させただの、その男は首を斬る事に喜びを見出しているだの、女神のような悪魔がいたただの……様々な噂が王都中を駆け巡った。


 その噂にレオンが頭を抱えたのはまた別の話――








「ロクロー、早く行くわよ――」


 噂の二人は、今日も今日とて冒険者としての仕事に精を出している。


「ちと待っとれ。こんオークやら云うん首ば落とすけぇ」

「だから首は要らないって言ってるでしょ!」





これにて第一章は完です。

ここまでお読み頂きありがとうございます。


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モチベに繋がりました。非常に感謝です。


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