第17話 ゴロツキのくせに尺取るんじゃねぇよ。……はい。わかってます。気をつけます。
外の魔導灯まみれのギラギラした装いとは裏腹に、店内を照らすのは壁際に設置されたランタンのような明かりだけ。
ランタンの数は多くなく、目がなれてようやく人の顔が分かる程度に薄暗い。
そんな薄暗い店内は、どうやら今からお楽しみという所だったようだ。
服を破かれ、肌を顕に床に倒れ伏す女性。そしてその上に跨がろうとする男や、女性を押さえつける男性。
褒められた光景ではないが、今は誰も彼もが豪快に扉を蹴破って入ってきた六郎を見つめ固まっている。
ある者は六郎を睨みつけ
またある者はキョトンとした表情で。
「……一般人。おるではないか」
「アタシが知るわけ無いでしょ」
自分を見る六郎に、悪びれた様子もなく肩を竦めて見せるリエラ。
「ホンっと、救えないクズっているものね」
リエラの溜息が未だ静かな店内に響いて消えた。
楽しみを邪魔され、苛立っていた男達だが、ボンヤリと浮かび上がったリエラの美貌に誰とも言わず口角を釣り上げる。
そんな視線に眉を寄せるリエラと六郎。
「ろ、ロクロー?」
不意に店の奥から聞こえてきた六郎を呼ぶ声。六郎がそちらに目を凝らすと、男に組み伏せられながら、抵抗する格好で六郎を見るピニャの姿。
「おお、ピニャか。無事で何よりじゃ」
「……これのどこが無事――」
六郎の脳天気な発言に口を尖らせたピニャを、「黙ってろ」と男の一人が口を抑えて店の更に奥へと消えていった。
「とりあえず全員黙らせればエエかの……」
「誰が誰を黙らせるって――?」
六郎の溜息に答えるように、店の奥からよく通る声。
その声が合図だったように強面の男達が一人、また一人と立ち上がる。押さえつけられていた女性たちも、これ幸いと立ち上がろうとするが、数人の男が再び羽交い締めにしピニャ同様奥へと消えていった。
「ようこそ、お客様」
声と同時に、店内がパッと明るくなる。
急に明るくなった店内に、六郎もリエラも若干目を細め、まっすぐに声の先を見据えた。
声の先には一人の背の高い金髪の男。
片方だけ耳にかけられた、ウェーブがかった肩口まで伸ばされた髪。白い肌に通った鼻筋。翡翠のような瞳だが、どこか暗く危険な香りがする。
六郎より少し背が高く、線は細いが、立ち振舞から修羅場を幾つも潜り抜けてきた事が垣間見える。
(結構強そうね……)
男を見たリエラのこめかみを一筋の汗が流れた。
ゆっくりと近づいてくる男に、周囲のゴロツキ達が道を空けるように横に避けていく。
六郎とリエラの前まで来た男が口を開く。
「始めまして。ブルーノ・ジョルダーニと申します……それで? 力の有り余ったお客さん方は何用で?」
先程までのにこやか笑みから一転、ジョルダーニの獣じみた獰猛な笑みにリエラは生唾を飲み込んだ。
ジョルダーニの放つ危険な雰囲気にリエラは身構える中、隣の六郎はと言うと――
構えるでもなく、ジョルダーニに向けて真っ直ぐ一歩踏み出した。
そんな六郎にジョルダーニが怪訝そうに眉を寄せた瞬間――六郎はそれを完全に無視して、スタスタと一番近くのテーブルへと歩いていく。
わざわざ演出じみた口上までしたジョルダーニ。
それを完全に六郎が無視。
馬鹿にされている様子に、ジョルダーニの顔が大きく歪んでいく。
「そこん奴」
ジョルダーニの歪んでいく顔などなんのその。六郎は一番近くゴロツキに声をかけた。
六郎の発言に、眉を寄せるゴロツキ。六郎の後ろにいる
ジョルダーニもその視線に気がついたように、顔を歪めたままゴロツキに顎でシャクってみせた。
「……なんだ?」
「ピニャやら云う
六郎の言葉に、ゴロツキ達が一拍置いて「何言ってんだテメー?」とゲラゲラ笑い出した。
「早うせい。痛い目にあいたくはなかろう?」
ゴロツキ達の笑い声など完全に無視して、六郎がよく通る声で続ける。そんな六郎の言葉に男達は「痛い目にあうのはテメーだけだ」と更に笑い声を大きくする。
「兄さん……あんまり手下を笑わせないでくれ。笑死にしてしまうだろ」
六郎の後ろから聞こえてくるのは、ジョルダーニの馬鹿にしたような声。
無視されたが、どうやらただの馬鹿だったようだ。とジョルダーニは調子を戻している。
「笑死に? そんな上等な死に方出来る訳なかろう。主らは苦痛と恐怖に怯えて死ぬんじゃ」
「お前がな」
振り返る呆れ顔の六郎。それを受けるのは笑みを消したジョルダーニ。
剣呑な雰囲気を出す六郎とボスに、ゴロツキ達が何時でも飛びかかれるよう腰の武器に手を当てる。
目の前で笑みを消したジョルダーニを再び無視するように、六郎はリエラの元まで歩いていく。その背中に男達の怒気と殺気が突き刺さる。
「なんじゃ? 早うかかって来んか。ワシを痛い目に合わせるんじゃろ?」
振り返った六郎の呆れ顔に、男達の怒りが頂点に――野太い叫びとともに、六郎へと襲いかか――
「待て!」
そんな男達を止めたのは、以外にもジョルダーニだ。
片耳に髪の毛をかけ直しながら、「お前ら、待て」とゴロツキ達に睨みを効かせている。
「何のつもりじゃ? 白もやし」
「一つ提案だ。兄さん……ピニャとか云う鍛冶師を返してやろう」
先程までの獰猛な笑いでも、作ったような笑いでもない……下卑た笑み。
「テメーが連れてるその女をこっちにくれるんならな」
ジョルダーニの発言に、「いいぞお頭!」と方々からゴロツキの合いの手が飛ぶ。
「良い提案だと思うんだが? お前は無事、助けに来た女を助けられる……どうだ? 女ひとりで二つの得だ。ん?」
六郎の前で指を二本立てるジョルダーニに「話にならんの」と六郎が吐き捨てた。
「取引不成立か……残念だな……ククク」
残念と言いつつ、抑えられない喜びを隠すようにジョルダーニがその手で顔を覆った。
「いやはや残念残念。君の見ている前で、彼女を犯すことになってしまいそうだ――いやあ残念だな」
指の隙間から見えるジョルダーニの瞳は醜く湾曲を描き、口の端も隠せないほど釣り上がっている。
今も六郎の前で「残念残念」と呟くジョルダーニの後ろでは「前の奴みてーに泣き叫ぶかな?」とゴロツキの誰かが言えば、全員が再びゲラゲラと大笑いしだした。
「救えん奴らじゃ」
「女神ジャッジ、ギルティーよ」
下卑た笑い声を上げるジョルダーニとその手下を前に、能面の様な表情のままの六郎とリエラ。
「主らん考えやら何やらは、よう分かった。殺しちゃるけぇ早うかかってこい」
構えも取らぬ六郎に、ジョルダーニは再び「待て」のように後ろのゴロツキ達に手を上げた。
「こちとらお前の前で、そいつを犯すことが決まってんだ。全員でかかっちまったらウッカリ殺しちまうだろ?」
先程までの芝居がかった喋り方は鳴りを潜め、ジョルダーニが再び獰猛に笑う。
「『力』に自信があるみてえだが、俺は『技』に精通していてな」
ジョルダーニが構えを取る。腰をおとし、前に突き出された左手と顔の横まで引かれた右拳。
見たことがない構えだが、大陸の拳法使いが似たような構えを取っていたな。とそんな構えをボンヤリ眺める六郎。
「……安心しろ。殺しはしねえよ……今はな――」
ジョルダーニの鋭い踏み込みからの上段回し蹴り。
(疾っ!)
リエラの目に止まらぬその蹴りは、カミソリのように六郎の側頭部を捉えた。
「まだまだ行くぜ――!」
男の速さに対応できないのか、棒立ちのままの六郎に繰り出される拳や蹴りの連撃。
腹部、顎、鳩尾、額、ありとあらゆる箇所に打ち付けられる拳や蹴りはリエラには殆ど見えていない。
連撃が終わったように男が再び構えを取った。
その視線の先には、鼻や額などから出血する六郎。
「どうだ? 俺の『技』は? 少々打たれ強いようだが――」
「下らんの。ホンに下らん」
吐き捨てた六郎が、片方の鼻に親指を宛てがい「フン!」と息を吐く――床にぶち撒けられる六郎の鼻血の塊。
「これが『技』じゃと? 童の喧嘩やねぇんぞ?」
ジョルダーニを見据える六郎の瞳は、冷たさを通り越して無機質さすら覚える。
雰囲気が変わった六郎に、ジョルダーニがゴクリと生唾を飲み込んだ。
「
「減らず口だな。俺の速さについてこれねえクセに……」
構えのままのジョルダーニだが、その頬を一筋の汗が伝う。
六郎の発する異様な雰囲気に、生まれてはじめて感じる感情の名前をジョルダーニは知らない。
「冥土の土産にエエもん見せちゃろう。『技』の世界、その一端を……の」
笑う六郎が握った拳から親指を爪の先だけ立ててみせた。
「主を倒すんに、この指一本ありゃ十分じゃて」
六郎の挑発に、ジョルダーニの顔面が見る間に赤く染まっていく。
「ほれ、来い。ワシん頭はここぞ?」
頭をわざと突き出す六郎の挑発に、「上等だよ!」とジョルダーニが再び上段回し蹴り。
その蹴りを六郎は最小限のダッキングで躱し、すれ違いざまに太ももの内側へ拳から爪先だけでた親指を当てる。
「グッ――」
痛みに歪むジョルダーニの顔。
「どうした、今んは貴様の蹴りの勢いだけぞ?」
力は込めていない。お前の力だけだぞ? と六郎の挑発。
顔面を憤怒の表情に変えたジョルダーニの上段正拳突き。
足が痛むのか、手打ちになったその突き。
それを「何かそん突きは」と紙一重で躱す六郎が、伸び切ったジョルダーニの右肘の一点目掛け下から親指を突き刺した。
「ぐぁああ」
まるで電気が走ったように、反射的に右手を引き、重心が下がるジョルダーニ。
その下がった重心の乗る、ジョルダーニの右足へ六郎が外側から右足をかける。
同時にジョルダーニの首と顎関節の付け根に、突き立てられる六郎の親指。
「ぎゃああああ」
顎の付け根、その最も柔らかい場所を突かれ、逃げようとした先には六郎の足。
なす術なく転倒するジョルダーニ。
その右腕を左膝で、そして頸を右膝でがっちり抑え込んだ六郎が、トドメに親指をジョルダーニの下眼孔へと突き立てた。
「があああああ」
「どうした。抵抗せねば目玉が飛び出るぞ?」
ゆっくりと押し込まれていく六郎の指に、ジョルダーニが半狂乱になりながら左の拳を振り抜くが、六郎に当たるより前に、六郎の親指に鎖骨を突かれ、力なく空振る。
このままでは不味い。自分の目玉が飛び出る恐怖に顔を歪めたジョルダーニが叫ぶ――
「く、くそ! テメーらやっちまえ!」
「初めからそうしとれ」
溜息をつく六郎に、四方八方から飛びかかるゴロツキ達。
それを無視し、包囲を抜けた六郎が再びリエラのもとへ。
「リエラ」
「何よ」
「戸締まり頼む」
そう言い残して再びゴロツキ達の中へと突っ込む六郎。
六郎が動く度、ゴロツキが宙を舞い、地面にへばりつく。その姿を見ながら
「要るのかしら?」
首を傾げるリエラだが、「ま、一応ね」と呟くと杖を掲げた。
「
リエラの声に反応するように、外れた扉部分に出現する土の壁。
リエラが今日覚えたばかりの初級生活魔法「
鍵をかけ終えたリエラの視線の先で、また一人ゴロツキが飛んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます