第16話 これが神のあるべき姿……ほら古代の神々って大体自己中じゃん?

 夜空を駆ける桜花。月のない暗い夜空に一筋の軌跡を描くそれに、街灯の灯る通りを行く人が気づくことはない。


「ホンマに良かったんか?」


 流れる桜花を肩に纏った六郎が、に話しかけた。


「何がよ?」


 六郎が羽織っているかと思われた振袖の中から、ひょっこり顔を出すリエラ。丁度二人羽織のように六郎の背におぶわれたリエラが振袖を羽織っているようだ。


 少し幅の広い路地を六郎が飛び越える――瞬間リエラが首に回している手にギュっと力を込めた。


「宿で待っちょらんで」


 ともすれば首が締まってしまいそうな状況に、六郎は言葉とは裏腹に反射的にリエラを背負う両手を持ち上げリエラを引き寄せる。


「アンタね……あんなゴロツキに狙われてんのよ? いくら完璧女神のアタシでも、あんなに沢山の相手は無理よ。アンタのそばが一番安全なの」


 六郎の引き寄せに答えるように、リエラもその身体をギュッと六郎に密着させる。走りやすくなったのであろう六郎の速度が更に加速していく。


「……残念なことにね」


 呆れた声と正反対の笑顔のリエラ。実際六郎と一緒のところを見られているのだ。今更別行動など取ろうものなら、どうなるか分かったもんではない。


 そしてそれは、これからも続くのだろう。


 今回の一件がどう決着を付けるのかは、リエラには分からない。


 ただ六郎の隣というポジションが周知されてしまえば、これから先この男の隣が一番安全になってしまうのだ。

 そしてその安全を享受する度に、次の危険が舞い込むのだろう。


 自分の間の悪さに、そして六郎というトンデモ野郎に呆れ果てているのだが、何故かこのポジションが悪くないと思えている自分もいるのだ。


「そうか……ほな、気合入れなアカンのぅ」

「そうよ。アタシに傷一つ付けてみなさい? 死んでから、あの真っ白の空間で千年は説教だからね」

「そりゃぁ難儀じゃ――」


 思わず二人同時に笑いだしてしまう。


 何だかんだで六郎もこの関係を気に入ったりしているのだ。


「そういやアンタこの振袖、だっけ? これとんでもない一品よ?」

「そうなんか?」

「知らないわよね……ま、とりあえずこの一件が終わったら教えたげるわ」

「そりゃ益々気張らにゃアカンの」



 馬鹿な事を言い、屋根を駆けること暫く、六郎達の瞳に飛び込んできたのは、


「――燃えてる?」

「の、ようじゃな……ようもやってくれる」


 六郎の顔から笑みが消える。


 速度を上げた六郎が、一直線に火事現場へ――近づけば無数の男達が水路から水を持ち出しバケツで消火している真っ最中だ。


 そんな必死のバケツリレーの中に、見知った顔を見つけた六郎。


「レオン、なにゆえ主がこんな所に?」

「ろ、ロクローか? 格好が――いや今はそれどころじゃない。手伝ってくれ」

「応とも」


 小袖から腕を抜き、諸肌脱ぎになった六郎が、バケツを両手に水路へと突っ込んで行く。


 人間ポンプの活躍により、六郎の到着後ほどなくして鎮火。


「すまん、助かった――守備隊の仕事の一部でな」


 消火活動も守備隊の任務の一つだと言い、疲れ果てたようにレオンがその場に腰を下ろした。

 すでに煙も見えなくなった現場だが、野次馬や周囲の家々から漏れる光で妙に明るい。


「守備隊っちゃらも難儀じゃの……ワシの得物は…まぁ駄目じゃろな」


 諸肌脱ぎのまま腕を組む六郎が、既に黒い塊だけになった元鍛冶屋を眺めている。


 ピニャは今日から早速取り掛かってみると言っていた。つまり既に素材に戻している途中かどうかと言うところだろう。


 つまり今はタダの鉄くず同然になっているのだ。


「……それは、残念だな」

「仕方がなかろう。また打ってもらうしかねぇの」


 徒労感とともに腰を下ろす六郎に、レオンが申し訳無さそうに口を開いた。


「それは無理だ……」

「何故?」

「まず店主がいない」


 六郎の隣でレオンが指を一本立てた。それ自体は六郎も知っている。この後心当たりを探そうとしているところだ。


 分かっている事を告げられて「それは何とかするが?」と小首を傾げる六郎に、レオンが首を振ってもう一本の指を立てた。


「店主が不在の時に火災を発生させた鍛冶屋は、王都では営業禁止だ」

「……なんじゃと?」

「王都で決められた条例だ。火を扱う職業は全てそうだな。火元の不始末は自分だけでなく、周りを巻き込む。厳しい取り決めがあるんだ」


 力なく項垂れるレオン。


 彼もまた、この状況の異様さには気がついている。


 店主を探しに行かせた部下の聞き込みでは、ここの店主はここが仕事場兼自宅だという。

 そんな人物がこんなにも家を空けるだろうか。

 そして火の勢いが強い場所が明らかに複数あったのだ。


 ――可燃性の燃料。


 もちろん炉の温度を高くするために、燃料を使用するので鍛冶場にそれらがあっても不思議ではない。

 だが、燃料は通常一纏めにしておいてある。


 あんなバラバラに火の勢いが強いことなど、考えられないのだ。


 故に考えうるのは一つ――放火だ。


「誰かが火を放ったとしてもか?」


 知っていたのか? 放火だと。思わず口を吐いて出そうになった言葉を飲み込み、レオンは六郎を見据える。


 こんな所に来たのだ。しかもから。であれば何か事情を知っているのは明白。


 逡巡したレオンが口を開く。


「仮に放火だとしたら、それを立証せねばならん」

「どうやって?」

「一番簡単なのは、目撃者、被害者、加害者の三人を連れてくることだ」


 レオンが立てた三本の指を六郎が忌々しく睨みつけ、奥歯をギリリと噛み締めた。


 立証の難しさはこの世界に詳しくない六郎でも分かる。


 被害者はいいとしても、加害者と目撃者は絶望的だ。


 加害者は簡単に口を割らないし、目撃者が居たとして、報復を恐れて口を噤むことが考えられる。


 六郎の視線の先、憔悴しきっているレオンも同じことを思っているのだろう。


(許さん……)


 鍛冶場というのは鍛冶師にとっての戦場だ。そこが彼女の戦場なのだ。


 借金のカタに取り上げようが、その店を叩き潰そうが、。また別の戦場に立てば良いのだから。


 だが奴らはどうか。戦場を横合いから奪うだけでは飽き足らず、その資格まで奪うという。


 誇りまで、己が己であるための矜持まで折ると言うのか。


(最早人に非ず)


 久方ぶりに覚える本気の怒りに、六郎の髪が逆だっている。


 結った長い後ろ髪が

 少し長い前髪が

 つむじ付近が


 ゆらゆらと六郎の闘気に当てられるように逆だっていく。


 六郎の放つ異様なプレッシャーに、見物に来た野次馬や、守備隊の人間までも後ずさる中、六郎へ近付く人影が――


「落ち着きなさいよ」


 僧服の上から振袖を羽織ったリエラだ。リエラには長い振袖を引きずらないよう、上手くたくし上げながら、リエラが六郎の隣まで歩を進める。


「目撃者……連れてきたわよ?」


 リエラが横に避けると、そこにはリエラよりも小さい、いや腰の曲がった老人が一人。


おきな、見たっち云うんは本当か?」

「うむうむ。見たぞ」


 頷く老人に六郎とレオンが顔を見合わせ、それをドヤ顔で見守るリエラ。


「お前よく見つけられたのぅ。どんな妖術じゃ?」

「妖術なわけ無いでしょ! アタシよ? 女神様なのよ? 懺悔を聞くのは得意なの。野次馬の中で悩んでそうな人がいたから『懺悔なさい』ってなもんよ」


 ドヤ顔のリエラに「与太やねぇんか?」とジト目の六郎と「君はまだそんな事を」と呆れ顔のレオン。


 そんな二人の態度に「アンタ達ね……」とリエラが口を尖らせた瞬間、その隣の老人が口を開く。


「嬢ちゃん、証言したら本当にくれるんじゃろうな?」

「ええ。ちゃんと証言してくれたら――ね」


 そう言って悪い顔でリエラが袈裟懸けにしているポシェットから一本の酒瓶を覗かせた。……何が懺悔だ。酒で釣っただけという、とんでもない生グサ女神である。


 そんなの生グサ女神に六郎とレオンが目を見張る。


 六郎は明らかにポシェットより大きな酒瓶が出てきたことに、

 レオンはそのさに。


「そ、それは教会に収められる女神様への献上品……最高級ワインじゃないか」


 レオンが驚いているのはリエラが持っている酒が、ある年の品評会で一位を獲った品だからだ。

 毎年酒蔵がその年の酒の出来を競い、一位は女神への献上品という栄誉を与えられ、教会へと奉納されるのだ。


 そしてリエラが見せたそれは、そんな数々の中でも五指に入るとも言われる当たり年の献上品だ。


「そ、その酒をどこで――」

「え? 教会から出る時に旅費代わりに拝借したのよ」

「ば、罰当たりな!」


 酒好きのレオンからしたら、喉から手が出るほど欲しい、飲みたい一品だ。

 恐らくこの世界にレオンの様な人間はといるだろう。それを我慢しているというのに、目の前の生グサ僧侶は悪びれもせず「パクってきた」と言っているのだ。


 罰当たりと叫びたくなるのも無理はない。が、そんなレオンの批判はリエラからしたら的外れもいいところで


「罰当たりなわけないじゃない。アタシに献上された物を、アタシが持ってきて何が悪いのよ」


 キョトンとしたリエラに空いた口の塞がらないレオン。


 相変わらず俗物っぽい女神じゃ。

 が、そこがまた良い。

 ただ清廉なだけでそれを押し付ける奴より信用できるわい。


 レオンとリエラのやり取りを見ながら、クツクツと笑う六郎はいつもの調子が戻ってきている。


「はあ……献上酒のことは置いといて……出来ればあと一人か二人は目撃者が欲しいな」

「それなら向かいのチビどもも見とったぞ」


 レオンの溜息に、老人が野次馬の一角を指さした。その先には一人の女性と、そのスカートに捕まる八歳と五歳くらいの兄妹。


 自分たちに意識が向いている事に気がついた母親らしき女性が、慌てて子どもたちを抱え、踵をかえ――したその先に、先回りしていた六郎。


「わ、私達は何も見ていませんし、聞いていません!」


 子どもたちを抱きかかえ、しゃがみ込む母親。


「ご母堂、そこを何とか――」


 頭を下げる六郎だが、母親は頑なに六郎を見ようとしない。


 どうしたもんか……悩む六郎の視線の先からリエラがゆったりと歩いてくる、六郎の振袖を持たされ隣を歩くレオンが、まるでお供のようだ。


 騎士をお供にボンヤリと明るい路地を歩く美少女僧侶。そこにいる人々が固唾を飲んでその様子を見守る中、リエラが口を開いた。


「安心なさい。何も恐れることはありません。女神は見ております。そなたの正しき行いを――」


 まるで本当の女神……いや本当の女神なのだが、そんな振る舞いに、母親は自然と涙を流し、六郎とレオンは胡散臭いものを見るような目でリエラを見ている。


 ジト目のレオンの足をリエラが杖で軽く小突く――


「いっ――お母様。安心して下さい。裁判では証言者の顔は伏せられ、加害者には声も聞こえないようになっています。あなた方の存在が露見する事はありません」


 優しく手を差し伸べるレオン。イケメン騎士のその手を母親が「騎士さま……」と取る。


「露見などの心配すら無用です。悪しき者を囲う者たちは、今宵女神が遣わしたもう戦士の手によって――永遠の眠りにつくのですから」


 完璧な女神スマイルだが、相変わらず言っていることは物騒だ。


「……どういう……?」


 リエラの見た目と発言のギャップについてこれない母親が首を傾げた。

 その首に合わせるようにリエラも首を傾げニコリと笑う――


「安心して寝てたらいいわ。起きたら全部終わってるから……でしょ?」


 視線を投げかけた先、六郎が「応。明日の朝日は一段と綺麗なはずじゃ」と大きく頷く。


「伝令を出せ! 一番隊を招集。証言者保護体制。大至急だ――」


 守備隊に指示を飛ばすレオンを横目に、リエラは膝をつき、兄妹へと「お姉さんに知ってることを教えてくれないかしら?」と話しかけている。


 レオンから振袖を受け取り、それを肩から羽織る六郎。そんな六郎に――


「ある程度は目を瞑るが、あまり派手にするなよ……」


 苦い顔のレオン。


「善処はしよう」


 笑う六郎に不安がこみ上げるレオンだが、今はそれ以上にやらねばならぬ事があると急ぎ野次馬をかき分け隊員へと指示を飛ばしていく。




 ☆☆☆



 鍛冶屋通りからいくつか路地を入った先、いくつもの酒場が立ち並ぶ飲み屋街に六郎とリエラは立っていた。


 二人の目の前には木造二階建ての建物。その通りの中でも大きい部類に入るそこは、今も中から賑やかで楽しそうな声が外にまで漏れている。


「ここかの?」

「ええ。あの子達の証言からすると、ここがそのジョルダーニとかいうゴロツキ一家の溜まり場みたいね」

「客に一般人はおらんのか?」

「いるわけ無いでしょ。こんな店に――」


 ジト目でリエラが見上げる店は、を持っていたら入りたくない類の店だ。


 他の店と違い、店頭に看板やメニューなどない。一見さんお断りのような格好のクセに、その実店は煌々と魔導灯で飾り付けた悪趣味な見た目だ。


「……行くかの」


 呟いた六郎が思い切り正面ドアを蹴破った――


 派手な音とともに舞い上がるホコリ。



「アンタ、なるべく大人しく殺るんじゃなかったの?」

「そりゃ無理な注文じゃ。やる時ゃ派手に豪快に……サムライの戦の基本じゃて」


 羽織った振袖を翻し、六郎が店内へと足を踏み入れた――

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