第14話 仏の六郎は二度までです
「ありがとうございましたー」
愛想のいい声を背中に受けて、六郎が扉から顔を出した――がその格好は今までの山賊のようなものではない。
いま六郎が出てきたのは古着屋だ。
着替えも満足になく、格好も追い剥ぎした山賊スタイル。
六郎からしたら、武器以上に必要な買い物と言えるだろう。
服装が変わっていても何らおかしなことなど無い――その格好が人目を異様に引くという点を除けばだが。
一言で表すならば『傾奇者』だ。
下に履いた袴のようなダボついた黒いパンツはそのままに、上から巻かれている白い外帯のせいで余計に袴感が増した。
上半身は白いチュニックの上に、丈の長い綿の薄羽織を前合わせにし、パンツの中に突っ込むことで小袖感が出ている。
これだけ見ると大正期の書生のように見えなくないのだが……どうしても目を引くのは毛皮の肩掛けに変わって、肩から羽織る派手な振袖だ。
淡い桃色の生地に、白や濃淡の違う桃色で桜に似た意匠の花が描かれている振袖。
古着屋の店主いわく、既に滅んだ東の国の民族衣装が流れてきたらしいのだが、派手過ぎること、着方がわからないことから叩き売りのような値段で売られていたのだ。
六郎としては
傾奇者みたいで何というか……
という思いが無いわけではなかったが、それ以上に故郷を彷彿とさせる振袖に似た着物は、どうにも他人に思えなかったのだ。
まるで六郎とともに異世界に迷い込んだ品のようで。
既に滅んでしまった東の国。
そこに住んでいたであろうこの振袖の持ち主。
自分はどうだろうか。
国は天下分け目の
だが、自分という存在はどうなのか。戦うだけしか出来ない自分の様な存在は、この先滅びを迎えるだけなのだろう。
もちろん預けられた寺で相応の学問は収めている。それでも戦うことこそ至上の喜びとして生きてきた……この生き方は変えられまい。
歪んだ価値観、時代に必要とされない力――誰にも見向きもされないこの着物のようではないか。
であるなら、この着物を羽織、この世界で精一杯
と毛皮の肩掛けを売り、その代わりに下着やこの着物、そして小袖に見立てた薄手の羽織を購入したのだ。
売れ残りの在庫を処分してくれたお礼にと、店主は購入した着替えや下着を宿まで届けてくれるという親切っぷり。
その言葉に甘えて、意気揚々と店を出たのが、冒頭の六郎というわけだ。
羽織ってみれば何とも。袖こそ通さず肩から羽織っているだけだが、この世界に己という異物の存在を知らしめているようで、中々に心地が良い。
意匠が桜に似た花というのもまた乙だ。咲いて散る桜の儚さと潔さは、六郎の愛した戦国武士の生き様によく似ている。
道行く人々が振り返る中、振袖を翻し、後腰に大鉈を提げた六郎が通りを練り歩く。
ある者は異様な雰囲気の六郎を警戒し、またある者は見目麗しい異国情緒溢れる六郎に目を奪われ。六郎が歩けば道ができ、その後ろを皆が振り返る。
「むぅ。こうなっては刀も欲しくなるの」
折角格好を整えたのだ。で、あればやはり腰に刀を提げたくなるというもの。
思い立った六郎は、道行く人に鍛冶屋通りを尋ね、先程の銘を頼りに気になる鍛冶師を探すことにした。
六郎が鍛冶屋通りに辿り着いたのは、日が中天を過ぎた頃だった。
街の外殻にほど近く、立ち昇る煙と煤で若干霞がかった視界が独特の雰囲気を醸し出している。
耳をすまさずとも聞こえてくるのは、景気の良い鎚の音。
水路の側に立ち並ぶ石造りの建物郡から、今も絶え間なく路地全体に響き渡っている。
「中々壮観じゃな」
六郎が呟くたび、咥えた長い串が上下する。
昼に食べたオークという魔物の串焼きの名残だ。
長い串を咥え、派手な振袖を肩から羽織る六郎は、鍛冶屋が集まるこの通りでも異彩を放っている。
(さて、確か銘は――)
書いてあった銘を頼りに、六郎は立ち並ぶ鍛冶屋の看板を一つずつ見て回る。
いくつもの看板を通り過ぎ、ようやく六郎が看板を見つけたのは、鍛冶屋通りの奥の奥、煤けて誰も近寄らない様な薄暗い路地裏だった。
六郎が見た刻印と、同じ意匠の鎚。それが描かれた看板に書かれた文字は恐らく鍛冶屋の名前なのだろう。
『ピニャの鍛冶屋』
気が抜けそうなネーミングで、つい先程の試し斬りが霞んでしまうのを感じる六郎。
もう一度看板に刻印された意匠に目を凝らすが、見紛うはずはない独特の意匠だ。
(店の名前はともかく、腕は確かなはずじゃが……?)
中から鎚を叩く調子の良い音に、六郎は首を傾げる。
屋号はともかく、この隅に追いやられている様な待遇。
六郎からしたら、戦国の世に名を轟かせた刀匠にも引けを取らない腕なだけに、異世界での価値観の違いに驚いている。
扉にをノックすること三度――最後はかなり大きめなノックだったのだが、扉の向こうから返事はない。
一応の礼は尽くしたと、六郎がそのノブに手をかけた。
「邪魔するぞ」
扉をくぐった六郎が見たのは、日本でも、海の先でも見慣れた光景だった。
奥にある炉と金床。そしてその近くに積まれた素材の山にテーブル。炉と反対側の壁には、多数の剣が束になって積まれてある。
唯一見慣れないのは、炉の前で金床に向かって鎚を振るっているのが女性ということだろう。
身体を小さく丸めるように鎚を振るう女性の背中に、六郎が声を張り上げた――
「ごめん!」
急に声をかけられて驚いたのか、ビクリと肩を跳ねさせた女性が、立ち上がり六郎を振り返った。
「……なに?」
およそ客に向けて放たれたとは思えない無愛想な言葉。
褐色の肌に、琥珀の様な瞳と銀色の髪の毛。それを後ろで一纏めにした女性は、少女かと見紛うほどの身長の低さだ。
(童……ではないのぅ)
身長の低さに一瞬「なんじゃ? 童やねぇかい」と言いそうになった六郎は口を噤んだ。目の前の女性らしい身体つきを見る限り、成熟した女性であると判断したのだ。
タンクトップにホットパンツと言ったラフな格好の上に、耐火性の高そうな分厚いエプロン。
火の前にいたからだろうか、玉の様な汗が女性の首筋から谷間へと流れ落ちている。
「……人の事、ジロジロと……失礼」
「ん? ああ、これはスマンの」
ブスッとした表情の女性に、たしかに行儀が悪かったと頭を下げる六郎。
「……で? 貴方はなに?」
「客……かのぅ?」
「……なんで疑問形?」
「お主が個人相手に販売しとるか判断つかんけぇじゃ」
大きく息を吐いた六郎が、近くにあった椅子を引き腰掛けた。
勧めてもいないのに、大鉈を腰から外しドサリと腰を下ろす六郎を見て、女性が眉を寄せる。
「……個人でも可」
「おお! そりゃ僥倖じゃ」
喜色満面、六郎が手に持った大鉈を女性に差し出した。
「……なに?」
「こいつを打ち直して貰おうっち思うてな」
六郎の勢いに女性が大鉈を受け取った。
「……重い。黒鋼…かな?」
「おうおう。結構エエ重量なんじゃ。コッチの鉄は軽ぅてかなわん。じゃけ、それで刀ば一本打って貰おうかち思うての」
「……刀?」
首を傾げる女性に、六郎はテーブルの上に置いてあった紙に「こういう感じなんじゃが」と絵を書いてみせる。
「……細い。これだと量が余る」
「ただ細ぅしてくれっち訳やないんじゃ。ワシも詳しくはねぇんじゃが、何重にも折り重ねる事で強度と切れ味を出すんやとか……」
六郎が言うと、女性が大鉈を見て考え込む……。
「……長さは?」
「そうじゃのぅ……馬上で振るうわけでもないけぇ…少し短めがエエかの……刃渡りで二尺五寸、柄も入れたら三尺四寸くらいかの」
「……何センチ?」
言葉が分かるようになっても単位までは分からない。仕方がなしに六郎は「このくらいかの」と大鉈で刃渡りと柄の長さを指定していく。
「……刃渡り七五センチくらいの全長一〇〇センチ無いくらいか……」
今六郎が持っている大鉈が、六郎の身長と同じくらい、一七〇センチ以上あるため、かなり短くなる。
「……折り返して剛性と靭性を……面白そう。やってあげる」
「おお! そうか。では費用なんじゃが――」
六郎が喜んで財布代わりの巾着を取り出そうとした瞬間、ノックもなしに勢いよく扉が開け放たれた。
「邪魔するぞ」
入ってきたのは明らかにゴロツキのような男三人。
「ようピニャ。何時になったら親父の作った借金を返してくれんだよ?」
「……もう返した。利率がおかしすぎるだけ」
財布代わりの巾着を取り出そうと、胸元をガサゴソする六郎を他所に、ピニャと呼ばれた女性とゴロツキが睨み合っている。
「そういう訳にはいかねーんだよ。ちゃんと契約書に――」
「おうおう、行儀ん悪か若衆じゃな。今はワシがこんぴにゃとやらと話しよんじゃ。主らは後にせい」
折角いい商談が出来そうだったというのに。
それに水を差された六郎のテンションはかなり下がっている。
とは言え、折角凄腕の鍛冶師がやってくれるというこの機会を逃す手はない。
椅子から立ち上がった六郎が、ゴロツキ達に背を向け、ピニャに「それで値段なんじゃがのぅ」と再び話しかけ始める。
あまりにも自然に話を止められたゴロツキもピニャも、おかしな物を見るような目で六郎を見つめ――状況を飲み込めたのだろう、ゴロツキの一人が、顔面を紅潮させながら六郎の肩を掴んだ。
「小僧、俺たちの話の方が先なんだよ。痛い目見たくなけりゃ外で待ってろ」
肩に置かれた手を振りほどき、ゴロツキを見る六郎の視線は冷ややかだ。
「はぁ……何言いよんじゃ。ワシが先に話しとったろうが。三度は言わんぞ? 外で待っとれ青二才ども」
冷ややかな視線に込められた明確な殺意。鍛冶場であるというのに、周囲の温度が下がったと感じさせられるほどの殺意に、ゴロツキがたじろぐ。
そんなゴロツキに「こん程度でビビるんなら話しん腰を折るな」と哀れんだ視線を残し、六郎が再びピニャに「それで値段と期間なんじゃが」と笑顔で交渉に移った。
その哀れみの視線を受け、額に青筋をくっきりと浮かべたゴロツキが、遂に虎の尾を踏む一歩を踏み出してしまう――
「て、てめー、格好もそうだが頭ん中も大分可笑しい奴だな。俺たちの格好見て分かんねーのかよ? 痛い目見たくなけりゃ――ぎゃああああああ」
吠えている最中に、それを超える大声で左目を押さえながら悲鳴を上げるゴロツキ。
よく見ると左目を覆う掌の隙間から、見覚えのある串が一本突き出ている。
六郎が振り向きざまに、咥えていた串を躊躇いなく相手の左目にぶっ刺したのだ。
「て、てめー! やりやがったな!」
左目を押さえ、今も「ぐああああ、目が、俺の目がぁぁ」と悲鳴を上げるゴロツキを庇うように、他の二人が腰の剣を引き抜いた。
「三度目は無いと警告したじゃろ? こん戯けどもが」
指をポキポキと鳴らす六郎が、ゴロツキ達との距離を一歩詰める。
六郎が一歩歩くと、ゴロツキが一歩下がる。
「ワシの国にはの……『仏の顔も三度まで』とか言う言葉があるんじゃが……残念じゃの。ワシは仏やねぇけの。ワシが優しゅうするんは二度までじゃ」
獰猛な笑みを浮かべた六郎が、一瞬でゴロツキとの距離を詰め、その顎を掌底で撃ち抜いた。
ゴロツキの目がグルリと白目に変わったかと思うと、そのまま膝から崩れ落ちる。
その光景に、もう一人のゴロツキが慌てて剣を振り上げ――
「て、てめー――ゴホッ」
斬りかかろうとした瞬間、六郎の前蹴りが腹部に突き刺さった。
一瞬にして二人を昏倒させた六郎は、未だ目を押さえて悲鳴を上げる男のそばへ。
「男がいつまでも喚くな。みっともなか――」
そのままボディブロー一閃。血の混じった涎を垂らしながら最後の一人も沈黙した。
多分死んではないだろう。
出掛けにリエラから「無闇矢鱈と殺さないこと」と言い含められていたので、一応手加減はしている。
ただ今は大丈夫でも、後でどうなるかは知ったことではない。
相手も力に物を言わせて生きてきた人間だ。殺されても文句は言うまい。
という六郎のサムライマインドで下された裁定により、ゴロツキ三人は仲良く扉の外へと放り出された。
残ったのは満足そうに頷きながら「それで値段と期間なんじゃが――」とさも何も無かったかのように話し出す六郎と、それを呆れ顔で眺めながら
「……無茶苦茶」
と呟いたピニャの苦笑いだけだった。
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