第13話 異世界行ったら凄腕鍛冶師と知り合いになろう

 日が傾き始めた頃、王都の城門へと辿り着いた六郎たち。


 二人を出迎えたのは、再びの門番オールスターズだった。


 そりゃそうである。

 モンスターの首をぶら下げて僧侶を背負う男など、怪しさを通り越して新種のモンスターかと思われても仕方がない。


 城門でのを経て、ギルドでのも経て、初めての依頼は、二人に悪名と金貨一枚という結果をもたらした。


 そして一夜明けて――


 今日は休みになった。


 というのもリエラの足が、思いのほか重症だったため、大事を取って休息にしたのだ。


 リエラ本人は「回復魔法……奇跡で治したから完治した」と豪語したのだが、六郎が頑として譲らなかった。


 回復魔法を疑うわけではないが、休める時に休んでおくのも鍛錬のうち。


 六郎としてはそんな思いがあるのだが、それがリエラに伝わっているかは微妙だ。


 とにかく今日は休みにして、一日自由に過ごそうということになった。


 朝食を終えたリエラは「ギルド併設の資料室に行ってくる」と言い残し一人ギルドへ。


 残された六郎は特にすることも無いので、街をブラブラとする事にした。


(これから暫く世話になる街じゃ。ある程度詳しくなっといて損はなかろう)


 そんな思いを胸に、まずは大通りをひた歩く。


 目に飛び込んでくるのは大きな商会が運営している店や宿、そして――


「刀剣商か……」


 武器屋だ。通りに出ている武器屋の多くが冒険者相手の商売のため、置いてある武器の種類は多岐にわたる。


「ちと冷やかしちゃろうか……」


 戦国の世を駆け抜けた六郎は、刀はもちろんの事、槍、杖、弓、鉄砲、薙刀、金砕棒、鎖分銅、鉄貫など様々な武具の扱いを習得している。


 加えて日本を飛び出し、海の向こうでも戦に明け暮れていたのだ。およそ武器と呼べる物の殆どを手に取った事があると言っても過言ではないだろう。


 そんな六郎だからこそ、この世界の武器屋という物が気になってしまうのだ。


 どんな武器が、どの程度の質で、どのくらいの値段で売っているのか。


 そう思ってしまったら、勝手に足が動いてしまうというもの。何時の時代、いくつになっても男の子と考えることは変わらないのだ。




「いらっしゃいませ」


 扉をくぐった六郎にかけられたのは、愛想のいい挨拶と――値踏みするような視線。


 そんな視線を無視するように、六郎は目についた一番奥にあるへと真っ直ぐ歩を進める。


 後腰に提げた大鉈に周囲の人が道を開けるなか、ベルトごと大鉈を背負い直した六郎が直剣を手に取った。


(……なんじゃこりゃ。玩具やねぇか)


 手に取った青く輝く直剣は、軽く、武器としては心許ない重量に眉を寄せる六郎。


 実際は六郎の力が上がっていることに加え、特殊な材質による強度と軽量化を図った一品なのだが、六郎にはその良さが分からなかった。


「いかがでしょうか? そちらは弊商会で専属契約している有名鍛冶職人の――」

「軽いのぅ」


 話しかけてきた爽やか青年の説明をぶった切るように、軽く上下に直剣を振りながら六郎が言い捨て、その剣をもとに戻した。


「お気に召しませんでしたか?」


 爽やか青年の困惑したような声に、周囲からも六郎に視線が集まる――が、そのうちのいくつかは慌てたようにその視線を逸した。

 恐らく昨日のギルドでの騒ぎを見ていた輩なのだろう。


「もう少し重い武器はないんか?」

「重い武器……ですか」


 考え込んだ爽やか店員が思いついたように、「こちらへどうぞ」と六郎をカウンターの横へと案内する。


 そこにあったのは、身の丈を超えるほどの大剣や戦斧など重量武器の数々だ。


「こちらも弊商会と専属契約している――」


 店員の説明を待たずに六郎が大剣を一本手に取った。


(重さは中々……がしかし――)


「この模様はなんじゃ?」


 大剣の腹に刻印された奇妙な模様を指しながら六郎が首を傾げた。


「? そちらは魔術刻印ですが?」


 逆に爽やか店員の方からしたら「今更何を言ってんだ?」という気持ちで首を傾げる。


「魔術刻印っちゃ何ね?」

「武器に魔術や魔力を通しやすくするための刻印ですよ。不定形生物を倒したり、単純に武器を強化したりと普通の技術ですが?」


 こいつそんな事も知らないのか?


 そんな気持ちが前面に出ているように、店員の口調にあった愛想の良さは薄れてきている。


 だが当の六郎はそんな事など気にもかけず「なんと。面白い技術じゃ」と一人嬉しそうに大剣に施された刻印を眺めている。


「この柄や鍔の部分の意匠も、そん魔術刻印か?」

「いえ、これは鍛冶職人の作品だと示すためのものですね。この意匠の鍔を持つことは一種のステータスで――」


 その瞬間嬉しそうだった六郎の顔は真顔に――そのまま無言で大剣をもとに戻した。


(くだらん)


 声にこそ出さなかったが、六郎のテンションはだだ下がりだ。


 日本にいる頃、武将の中にも「誰々作の刀剣が」という人間は多くいた。たが六郎からしてみたら意味がわからないこだわりだ。


 ちなみに六郎の愛刀も、戦国の世に名を轟かせた名匠の一品であった。だがそれは


 六郎が武器に求めるものは


 斬れ味

 程よい重量

 頑丈さ


 という三点のみだ。その結果、生前は


 最初から名前ありき、ましてや武器がステータスなど考えられない。

 武器とは相手を殺し、己の身を護るものであって、決して人に見せびらかすものではない。


 六郎の武器に対するこだわりはこの程度だろう。


 だが六郎のこだわりなど知らない店員の爽やか青年からしたら、「鍔の意匠、値段にビビった貧乏人か」と言う評価になってしまった。


 結果――


「お気に召さなかったようで……お客様にお似合いの武器でしたら、あちらの方など――」


 手で指し示された場所は入口から一番死角になるような隅の方。木製の桶に乱雑に突っ込まれた剣や槍と言った武器の数々。


 あからさま過ぎる接客態度の変わり様に、六郎が仕出かした事件を知る冒険者はそそくさと店を後にし、そうでない者たちは慌てて店を出る人間を、訝しむように眺めている。


 当の六郎だが、馬鹿にされているという認識は持っているものの、正直あまり気にはしていない。


(そもそも冷やかしじゃけの)


 冷やかしにきているだけに、塩対応された所で仕方がないという気持ちなのだ。


 とはいえ、態々勧めてくれたのだ。どの程度のレベルか見るだけでも見ておこうと、数打物のような剣や槍の束に近付く。


 既に店員の青年はそばにすらいない。六郎など眼中にないように他の客の相手に忙しそうだ。


 何本かを手に取り、また戻しと繰り返す六郎。そもそも若干歪んでいたり、既に刃こぼれしていたりと、どうやら中古も多く混じっているのだろう。


(なまくらばかりじゃ……お?)


 一本一本重心や刃の具合を確認していた六郎が、その手を止めた。


 他の者と同じ様な片手で振るうような直剣。だが他と違うのは魔術刻印はおろか、鍔や柄に装飾の類が一切ない無骨な一品だ。


(重さは……まあ。ただ重心は良いの)


 軽く上下に振って振り心地を試した六郎の頬が自然と緩む。


(刃の研ぎもよか)


 床と平行にした剣、それを自身の目の高さまで持ってきた六郎が頷く。


「ちと、そこん若ぇの。これの試し切りをしたいんじゃが?」


 六郎がよく通る声で店員の青年を呼ぶ。


 その声に店員は面倒そうに顔を歪め、「そんな安物――」と小声で悪態をつくが、はたと思い至ったように笑顔を作った。


「少々お待ち下さい――」


 店の奥へと消えていく爽やか青年。


 暫くして爽やか店員が持ってきたものは、土台から伸びる棒に括り付けらた甲冑だ。


 台車に載せられたそれを押す青年の顔は、控えめに言っても客に見せていい顔ではない。どちらかと言うと「恥をかかせてやろう」という類の悪い笑顔だ。


 台車を六郎の近くまで持ってきた青年が恭しく一礼――


「どうぞ。こちら当店で試し斬りをする際に使用される、一般的な鎧でございます」


 丁寧過ぎる態度に、店中の客もチラチラと六郎たちの方を伺っている。そしてそれが異様な事だというのも理解している。


 通常この店で試し斬りをする場合は、その武器のグレードによって変わってくる。甲冑が出てくるのは、間違いなく最上級の一品向け。

 最初に六郎が触った直剣や大剣などの名のある鍛冶職人が作成した剣の場合だけだ。


 鉄すらも紙切れ同然に斬り捨てる、その感覚を堪能してもらうためのものだ。


 そして六郎はそんな事など知らない。だが、相手が自分に恥をかかそうとしている。と言うことだけは肌で感じられている。


 故に――


「若ぇの……離れちょけ――」


 右手に持った剣を真一文字に一閃――真正面からその歪んだ企みを叩き潰すと決めたのだ。


 その場にいた人間の殆どに、六郎の腕から先がブレたようにしか見えなかった一振り。


 金属が打ち鳴らす甲高い音が静かになった店内に響く。


 ただ甲冑に変化はなく、出された時と同じように台座の上に乗ったまま。


 耳鳴りかと思うほど静かで煩いその音が止む頃、六郎は「こんなもんかの」と満足そうに頷き、その柄に小さく掘られた銘だけ確認して剣を元の桶へと突っ込んだ。


 六郎の鋭い振りに一瞬たじろいだ店員だが、何の変化もない甲冑と、六郎がそそくさと剣を戻した事で「負け惜しみを」と再び趣味の悪い笑顔を浮かべだす。


「お客様? いかがでしょうか?」


 あからさま過ぎる店員の言葉に、周囲から「クスクス」と失笑が漏れ始める。


 いかがもなにも、全く斬れてすらいないじゃないか。そんな含み笑いと周囲の客たちからの嘲笑を一身に受けた六郎が口を開く。


「ん? ああ。そうじゃな。この店に来ることは二度とないの」


 そう言いながら背を向け、店の入口へと足を向ける六郎に


「そうですか。残念でございます。それでは――


 最後の方は隠すつもりもない嘲笑とともに六郎を送り出した店員。


 六郎が後にした店の中は、嘲りや笑いで満ちていた。


 口先だけの男が来ただの、貧乏人の強がりだの、言いたい放題の店内の様子を見て己の溜飲を下げる店員のそばに、別の女店員が駆け寄ってきた。


「先輩、災難でしたね。貧乏人の相手なんて」

「ホントだぜ。あ、これ片付けといてくれ」


 六郎が去った後も入口を睨みつけていた爽やか店員が、試し斬りで出してきた甲冑を顎でしゃくる。

 その行為に「はい」と元気よく答えたもう一人の女店員が、その台車を押す――途端にグラリと甲冑の上半分が、甲冑を被せていた鉄の棒もろとも崩れ落ちる。


 ――ガシャン。


 六郎を馬鹿にする声で、騒がしかった店内に響いた間の抜けた音。


 全員の視線がそこに集まる中、甲冑を崩してしまったて女は「え? なんで? さっきまで――」と完全にパニックだ。



 先程までと打って変わって水を打ったように静まり返る店内。


「うそ…だろ……斬ってた? いつの間に……ていうか――」


 六郎を馬鹿にしていた店員が、思い出したようにセール品の剣を「どれだ? どの剣だ?」と漁るが分かるわけもなく。


 慌てる店員は、後輩の「こ、これどうしましょう?」と言う声に返事することも忘れ、入口へと一直線。


 店に入ろうとしてきた冒険者を、突き飛ばす勢いで外に出た青年が見たのは――いつもと変わらない王都の賑わいだけであった。


「なんなんだよ……なんなんだよアイツ……」


 爽やか店員のポツリと呟いた声は王都の喧騒にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。

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