第12話 世界は未知で満ち満ちている
「もう! なんでザコしか出てこないのよ!」
リエラの叫びと、それに驚いた鳥の羽ばたきが森の中に木霊する。
二人は今、六郎が降り立ったあの木立ち、その先に広がる森へと来ている。
轍を奥へ奥へと進んでいけば鬱蒼とした森が二人を包み、目的の薬草がそこかしこに群生している自然の薬草畑が広がっていたのだ。
通称【薬草の森】王都からもほど近く、更に出てくるモンスターも弱いものばかりということで、新人冒険者御用達のスポットなのだ。
ただここ一年程、王都では少し遠い場所により安全な群生地が発見され、また【薬草の森】へと出かけていた新人冒険者の失踪が相次いだため、最近は近付く者は皆無だ。
その事を二人が知っているか? もちろん否だ。
そんな事に興味はないし、仮に知っていたとしても「へー」というよく分からない声でハモるのが関の山だ。
では、なぜリエラが冒頭のような絶叫を上げたかと言うと――
期待していたのだ……テンプレに。
あれだけテンプレだの何だのと馬鹿にしておきながら、一応起こったテンプレに次も期待したのだ。
……本来新人が訪れるレベルの場所で、あり得ない強敵が出現するのを。
それを六郎が撃破。ギルドで「期待の新人だ」的なやり取りを妄想していたのだ。
気分は六郎のプロデューサー。ところが蓋を開けてみれば――
「早う構えんか。なんじゃその屁っ放り腰は」
逆に六郎にプロデュースされる始末。
出てくるのがゴブリンやコボルトと言った低級モンスターばかりの為、「弱すぎる」と飽きてしまった六郎が、リエラの鍛錬に乗り出したのだ。
「アタシ見た目通りの魔法職なんだけど?」
リエラから浴びせられた非難の視線を、六郎が鼻で笑う。
「だからこそじゃ。妖術が使えんなった場合、己が身を守るんはそん杖ぞ?」
六郎の言葉に「分かってるわよ」と口を尖らせながらリエラが構えた。
「腰を落とさんか。もっと低うじゃ。早う構えねば来るぞ!」
「ちょっと待ちなさいよ。なんか足に違和感があるのよ」
叫ぶリエラの全身が陽炎のように揺らめき出す――魔力を使った身体強化。
素の力では非力すぎてモンスターを相手にするには心許ないのだ。
周囲に陽炎を纏ったリエラが右足を引き、腰を落とす。
金属製の杖、その端を右手で握り、左手は前に差し出し先端に添えるように。
「来るぞ――」
六郎の言葉とほぼ同時に、木々の影から出現したのは一匹のゴブリン。
リエラとゴブリンの目があった――
リエラの目の前でゴブリンが飛び上がる――「突けぃ」
六郎の声に合わせてリエラが右手を突き出す。
先端に付けられた輪っかが「シャラン」と音を立てた
ゴブリンの胸にめり込む杖。
吹き飛ぶゴブリン。
「やった……!」
初めて自分一人で、モンスターを倒したリエラの心を満たしていたのは、妙な達成感だ。
「早う引かんか!」
そんな感動も後ろから響く、六郎の檄で吹き飛ぶのだが。
慌てて右手を引き、基本の構えに戻るリエラに、「杖は常に手元に戻さねば掴まれっしまうぞ」と六郎が朝と同じ檄を飛ばしてくる。
「分かってるわよ……」
せめて少しくらい感動に浸らせて欲しかったリエラが口を尖らせている。
「まあ初めてにしちゃ、エエ突きじゃったな」
と思いきや、しっかりと褒めてくれる六郎にリエラの頬が自然と綻び
「でしょ? 自分でもビックリして――」
「次、来るぞ!」
喜ぼうとしたのもつかの間、現れたのは二体のゴブリン。
慌てて構えを取るリエラに二体のゴブリンが駆け寄ってきた――
先程の突きを見ていたのか、真正面を避けた左右斜め前からの、的を絞らせないような波状攻撃だ。
「ちょ、ちょ――」
「慌てんな! 後ろ――」
六郎の声に合わせて、リエラが腰を落としたままのバックステップ――リエラの居た場所を切り裂く錆びた二本のショートソード。
「右払い――」
六郎の言葉にリエラの身体が勝手に反応する――前に出した左手を支点に、右手を押し出すように杖の上で滑らせ、右足を右斜め前えと踏み込んだ。
前後が入れ替わった杖の端が、右ゴブリンのコメカミにクリーンヒット。
右ゴブリンが体勢を崩し、左ゴブリンと接触。
「突けぃ!」
大勢を崩した右ゴブリンの喉仏目掛けて、今度は左手一本での突き――
リエラの手に骨を潰した確かな感触を残し、ゴブリンは相方を巻き込み吹き飛んだ。
「追い打てぇ!」
六郎の声に吹き飛んだゴブリンを追い、巻き込まれただけの左ゴブリンの眉間に向けて突き一閃――
倒れて成す術のなかったゴブリン。
頭蓋が砕ける音が森に響き渡った。
「はあ……はあ……」
肩で息をするリエラと、周囲を見回し警戒をする六郎。
「よか。初めてにしちゃ上出来じゃ」
周囲に気配が無いことを確認した六郎が、満面の笑みでリエラの頭をポンポン叩く。
「や、やったー!」
緊張から解放されたリエラが、そのまま草の上で大の字に。揺らめいていた全身がゆっくりともとに戻っていく――
それを見る六郎が「戦場で寝転ぶな戯けが」と言いつつも、笑ってその隣に腰を下ろした。
「ロクロー?」
「なんじゃ?」
「成長するって良いわね……」
ポツリと呟いたリエラの言葉に。六郎も静かにそして笑顔で「そうじゃな」と頷いた。
リエラは嬉しかったのだ。
正直女神として、生物を殺して喜ぶのはどうか、と言われたら微妙なラインではある事は理解している。
それでもあの空間で、ただ無為に時を過ごしていた頃には感じられなかった実感が、今ここにはある。
そしてそれを教えてくれたのが、まさかこんなぶっ飛んだ男だとは……。
恐らく少し前の自分に言っても信じてもらえなかっただろう。
リエラは【生】を実感している。
この男と出会ってからは、今まで知らなかった事ばかりがリエラ自身を満たしている。
草の上で大の字になるのも。
時折吹く風が頬を撫でるのも。
見上げた先、木々の合間から見える空と太陽の光も。
ゴツゴツした地面で背中が痛いし、辺りに漂う血の臭いもアレだが……。
それでも知らないことで自分が満たされていくのは、非常に心地よい。
ふと六郎に目を移すと、気を抜いている自分に寄り添うように、しっかりと辺りを警戒してくれているのがよく分かる。
莫迦なのに。
黙ってると格好いいのよ。
そしてちゃんと優しかったりするから嫌よ。
莫迦なのに。
少しだけ熱くなった頬を風が優しく撫でてくれる。
その風が気持ちよくてリエラは頬をほころばせ――不意にリエラの顔が歪む。
「ろ、ろくろー……」
「今度はなんじゃ?」
「あし、めちゃくちゃ、いたい、きが、するんだけど……」
あまりの痛さにリエラは言葉が上手く紡げない。
そんなリエラを見て、六郎は「おお、そりゃ痛くなるわな」と一人納得の様子だ。
「これ、なんなの?」
「鍛錬し始めの頃は、そうやって酷使した場所が
六郎が面白半分でリエラの足を指で弾けば「ぎゃああ!」という悲鳴と驚いた鳥の羽ばたきが森に響き渡る。
「あ、あんた、つぎ、やったら、ぶっころすわよ」
血走った目のリエラに、「すまん、すまん」と苦笑いの六郎。
何てことはない。筋肉痛だ。いや、軽い肉離れまでいっているかもしれないが……。とにかく早朝からの走り込み、その後六郎に稽古をつけられ、ひたすら杖の素振り。そして今の身体強化込の戦闘だ。
特に戦闘は極度の緊張と身体強化で、いつも以上に力が入っていたのだろう。
その結果が、リエラの足に壊滅的な痛みをもたらすこととなった。
この痛みは別に知りたくは無かった。
今激しく後悔しているリエラに六郎は
「ちと待っとれ。帰り支度するけぇ」
そう言って立ち上がると、摘んで纏めておいた薬草を、持ちやすいように蔦で縛っていく。
「ろ、ろくろー。もんすたーの、むねのあたり、ませき、とらないと」
「ませきぃ? 何じゃそりゃ。……とりあえず腹掻っ捌くか」
リエラの視線の先には今も風に揺れる木々と、木々が揺れる度時折降り注ぐ陽の光と青空が映っている。
そして耳に届いているのは「ブシャー、グチャ、ブチッ」というグロテスクな音だ。
これも知りたくなかったかな。
身体がプルプルしているのは、恐らく足が痛すぎるだけだ。そう思い込むことにするリエラ。
「これか?」
リエラの視界に飛び込んできたのは、顔面に返り血を浴びまくったスプラッター六郎と、その手に握られた小さな石。
「そ、そう。それ」
「よっしゃ。ほな全部集めるけぇ待っとれ」
再び響いてくるスプラッター音をBGMに、リエラが回復魔法を足に発動させながら待つこと数分。
「全部終わったぞ?」
「あと、もんすたーは、とうばつ、しょうめいも」
「何かそらぁ? 証明? お、おお証明じゃな」
一人で納得した六郎が再び辺りを歩き回ること半時ほど。
「全部取り終わったぞ!」
回復魔法のおかげで、足の痛みが大分引いたリエラが身体を起こすと――
「どうじゃ?」
六郎がその手に掴んだ蔦の束を持ち上げリエラに突き出した。
「く、首ぃぃぃ!」
ブレない六郎にリエラの突っ込みと、それに驚いた鳥の羽ばたきが森の中に木霊する。
蔦の先には――猿轡のように蔦を噛まされた無数の首。
ゴブリンやコボルトと言ったモンスターの首が一つや二つではなく、いくつもブラブラと揺れている。
「証明といえばこれ、首級じゃろ」
「絶対に違うわよ!」
「じゃあどこじゃ?」
首を傾げる六郎を前に、リエラも言葉に詰まる。
え? どこだっけ?
耳? 牙?
討伐証明が必要ですー。って言ってたのは覚えてるわ。
リエラも知らないのだ。
だが口に出来ようか。それを言ってしまえば、必ずあの言葉が返ってくるから……。
「だから、どこなんじゃ?」
「……知らないわよ」
「なんじゃ。エラそうに云うわりに役に立たんの」
「ほらね! 言い方あああ!」
四度目の絶叫に、飛び立つ鳥はもはや居ない。
「とりあえず首持って帰りゃ間違いはなかろう? そもそもモンスターによって部位を変える意味が分からん。首ば持って帰りゃ一発じゃ」
出たよ。莫迦のくせに核心を突くのだ。
満足そうに首を掲げる六郎に対するリエラの感想だ。
だが六郎の言に納得してしまえる部分もあるので、リエラはそれ以上突っ込むことを諦め、立ち上がろうと――
「いった――」
したリエラがよろけ、それを六郎が「危ねぇの」と受け止めた。
回復魔法のおかげで大分マシになった痛みであるが、部位が広範囲に渡っているせいか、未だ痛む場所が残っていたようだ。
「ありがと……」
少し頬を朱に染めたリエラに、六郎が小首を傾げ「歩けるか?」と尋ねた。
「問題ないわ」
と歩き出すリエラだが、その足取りは重く、引きずりながらだ。
(街まで歩けるかしら)
リエラがそう思った瞬間、目の前に出現したのは六郎の背中。
六郎がリエラの前で片膝を突き、背中を突き出している。
「なにしてんのよ?」
「おぶっちゃるけぇ、早う乗れ」
「い、嫌よ」
リエラ自身、何故こんなにも顔が熱く、しかも妙な汗をかくのかわからない。そして断っておきながら、何故か嬉しいと感じているのも意味がわからない。
「阿呆。そん足で街まで歩けるか。足手まといじゃけ早う乗れ」
「ホンっと、言い方ってのが――」
呆れた声を出したリエラ、その前まで六郎が歩み寄る。
「な、何よ――」
たじろぐリエラを他所に、背を向けしゃがんだ六郎が、リエラの足を取りそのままの勢いで背負う。
「ちょ、ちょっと下ろしなさいよ!」
「断る。大人しくおぶわれとけ」
リエラが暴れても、芯が一切ブレること無く、六郎が道の悪い森の中を歩いていく。
暫く暴れていたリエラだが、諦めたように今は大人しくなった。
「リエラ」
「何よ」
「少し走るけぇしっかり掴まっとれ」
「え? ちょ――」
リエラの答えを待たずに、六郎がその歩みを早め、一瞬にしてトップスピードへ――。
思わず六郎の首にしがみつき、目を瞑ったリエラが恐る恐る目を開ける。
その目に飛び込んでくるのは風のように流れていく風景だ。
まるで木々が避けているのかと錯覚してしまうほど、巧みに間を抜けていく六郎。それでいて背負っているリエラに負担がかからないように、膝や腰のバネをクッション代わりに上下のブレを最小限にしている。
ホンっと。莫迦なのに。
流れる景色。
大きく感じる六郎の背中。
温かい体温。
そして妙に早い自分の心臓。
……ブラブラと揺れる生首達……は視界の外へ。
世界は知らないことだらけだ。
今は足の痛みすら心地いい。そう思えたリエラは笑顔を溢し、その顔を六郎の背中へ埋めるのであった。
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