第11話 テンプレって考えたやつ凄いよね。だから私も使うけどキャラクターがアレだからアレな感じになっちゃうわ

 リエラを舐め回すような粘っこい視線。


 だが当の本人は至って気にした素振りもなく


「二人で行ける様な依頼を見繕っていただけたら――」


 リエラは男を完全無視で目の前の受付嬢へと話しかけている。


 話しかけられた受付嬢も「え、えと……」と斜め前の巨漢を気にしつつもリエラにいくつかの依頼書を手渡した。


「そうですね……」

 その依頼書をパラパラと捲るリエラに「おい、聞いてんのか」とヤジのような声が飛ぶが、当然リエラはガン無視だ。


「……最初なんで薬草取りに行ってきます」


 依頼書を一枚残し、残りを受付嬢に返したリエラの女神スマイル。


「無視すんじゃねーよ! 怖くねーって。こっちきて俺たちと話そうぜ。お嬢ちゃん」


 完全に無視されてもめげずに、ニタニタと笑う巨漢とその仲間と思しき冒険者たち。

 彼らの前にいる受付嬢は「他の冒険者へのチョッカイは止めて下さい」と止めているが、それを聞く素振りもないそれどころか――


「いいじゃねーか。新人教育の一環だよ」


 と醜い声でゲラゲラと大笑いまでする始末だ。


 その声の大きさに、トラブルを察知したギルド内が少し静かに。周囲の冒険者達もチラチラと六郎たちを気にし始めた。


「なんじゃ? この戯けどもは?」


 そんな視線を感じながら、ようやく立ち上がり横の巨漢たちを親指で指す六郎に


「テンプレってやつでしょ? 今更来るなって感じだけど」


 とリエラが溜息をついている。


 今更テンプレ?

 莫迦なの?

 この男よ? 

 殺さないように制御しなきゃなんないコッチの身にもなってほしいわ。


 溜息に混じるのはリエラの「面倒だ」という思いたち。実際六郎の強さを目の当たりにしたリエラからしたら、こんなデカいだけの男など一瞬で首と胴が切り離されて終わりだという未来しか見えない。


 そしてそうなってしまえば、流石に犯罪だ。

 喧嘩程度なら不問な冒険者同士のやり合いでも、命を奪ってしまえば後々が面倒くさいと聞いている。

 こちらに非がない事を証明しなければならないが、そのこちらにトンデモ野郎がいるからだ。


 ちなみにそのトンデモ野郎六郎は「天ぷら?」とよく分かっていないが、リエラは気にせず続ける。


「アタシも他の女神に聞いた話だけど、こういう輩が一定の確率で湧くんだって」


 あまりの面倒さに、既に口調を誤魔化すことすらしていないリエラ。


何故なにゆえ?」

「アタシが知るわけ無いでしょ? 莫迦なのよ。莫迦。それか暇なんでしょ? 生産性の無いことに力を注ぐって、ホンっと意味分かんないわよね。アンタ達人間って」


 リエラ盛大な溜息が静かになったギルドに響き渡った。六郎の横で巨漢達が顔面を紅潮させているが、その渦中にいる二人は知らぬ存ぜぬだ。


「なんじゃ? 暇なのか。ほんなら鍛錬でもせぃ。お主のそん醜か腹は見るに堪えん」


 巨漢の突き出た腹を指差す六郎と


「無理よ。あのお腹に詰まってるのは欲望と煩悩よ。死ななきゃ治んないわ」


 視線すら向けないリエラの呆れた声が男に突き刺さった。


「テメー言わせておけば――」


 振り上げられ、リエラに放たれた拳に受付嬢の「ヒッ――」と言う声があがるが、リエラは表情一つ変えずその拳すら見ていない。


 ――バチーン


 響き渡ったのは骨を殴ったような鈍い音ではなく、もっと間抜けな音――


 リエラの顔面に直撃する寸前、六郎がその拳を掌で受け止めたのだ。


「なんじゃ。喧嘩がしたかったんか」

?」


 呆れ顔の六郎と、分かってなかったのかよという、種類こそ違うが、こちらも呆れ顔のリエラ。


「アレで挑発じゃったんか?」

「アンタ以外全員、挑発って分かってたわよ」


 巨漢の拳を握りしめたままの六郎。

 それを全く気にしていないリエラ。

 顔を真っ赤に拳を引き抜こうと唸る巨漢。

 目の前の異常事態に言葉が出ない受付嬢。


「ま、何でもエエわい。ワシと喧嘩がしたいんじゃろ?」


 六郎が獰猛な笑みで大男の拳を握りしめていく――骨の砕ける乾いた音と「グァアアア」と言う野太い悲鳴がギルドに響き渡った。


「ロクロー――」


 ザワつくギルドを他所に、一人落ち着いたリエラが視線すら向けずに口を開いた。


「――殺しちゃ駄目よ?」


 見るものの目を奪うほどの整った顔。そこから紡ぎ出される場違いなほどの冷たい言葉。


「流れで殺ってしもうた場合は?」


 六郎の不穏な発言に、受付嬢のウサ耳がピクリと動きソワソワしだした。


 六郎を何とか宥めようと言葉を探しているのだろう。そんな受付嬢を横目にリエラが口を開く――


「それも駄目」


 リエラの拒絶に受付嬢は助かったというように安堵の表情を漏らすが、続くリエラの言葉にその顔を青褪めさせる。


「それ言っちゃったら、。ちゃんと手加減しなさいよ」


 アンタが言わなきゃ、万が一の時は「打ちどころが悪くて死んじゃいました」って言うつもりだったのに。


 そう思える発言に、受付嬢の顔から血の気が引く。


 その視線の先で、「余計なこと言うから」と眉を寄せるリエラと「仕方がないのぅ」と溜息をつく六郎は、彼女からしたら人の皮を被った何か別の存在なのではと思えて仕方がない。


 そんな事を思われているなどと夢にも思わない六郎が、巨漢の拳を手放した――と思えばそのまま右ストレート。


 吹き飛ぶ巨漢。

 それを追う六郎が床を踏み切る。

 割れる床板。消える六郎の姿――


 ――ズン。


 ギルドが揺れ、天井からホコリがパラパラと落ちてくる。


 音の発生源は、六郎に床板とともに顔面を踏み抜かれた男だ。


 あまりにも一瞬の出来事に、巨漢の仲間はおろか、巨漢が飛んできた先の冒険者たちも床と巨漢を踏み抜いた六郎を呆然と見ている。


「ちょっと……手加減してって言ったじゃない」


 慌てたように駆けてくるリエラに「ちゃんと手加減したぞ? コイツが弱すぎるんじゃ」と不満げな六郎。


 腕を組み口を尖らせる六郎にリエラは頭が痛くなる。


 出たよサムライマインド。

 手加減をするが、それは自分という枠の中での話。

 相手がどうなろうと知ったこっちゃない。


 リエラ自身分かっていただけに、六郎に任せたことを若干後悔している。


「とりあえず、その木偶の坊を引っ張り出すわ」


 頭が減り込んだ巨漢を引きずり出すリエラに六郎も手を貸す。


 二人で引っこ抜いた巨漢の顔は、顎が砕け、頬が陥没し、生きていることが不思議な程だ。


「あ、危なかった――」


 危うく死んでいた巨漢に胸を撫で下ろしたリエラが回復の魔法を施す。


 淡い光が巨漢の顔面を包み込み――ジワジワと傷が治っていく。


「おお! お前も妖術が使えるんか!」

「うっさい! 妖術じゃなくて魔法よ! じゃなかった。女神の奇跡よ!」


 一応訂正はしたものの、リエラ自身面倒くさいと思えて仕方がない。


 正直ただの魔法なのだ。回復させるのも、炎で焼き殺すのも。


 だがこの世界の教会は、回復魔法や光の魔法についてだけ『女神の奇跡』という呼称で統一し、その習得方法なども独占している。


 いわば利権が絡んでいる事なのだが、当の奇跡を授けている側からしたら「どっちも同じ」と思えて仕方がないのだ。


 魔力を炎に変換するか、光線に変換するか、癒やしの力に変換するか、の違いでしか無い。


 この辺りにもリエラ自身「人間って面倒くさい」と思えてならない部分が垣間見えている。


「面倒くさいのぅ。おかしか術は妖術に統一してしまえば良かろう」

「なんでこれ以上ややこしくしようとすんのよ!」


 今も「魔法と奇跡の境界が分からんわい」とボヤく六郎に「もう好きに呼びなさいよ」とリエラも呆れ返っている。


「それ今度ワシにもかけてくれぃ」

「アンタがもし怪我するようなことがアレばね――って話しかけるから!」


 リエラの言葉に六郎が巨漢の顔を見ると、成程。傷が綺麗サッパリ無くなってしまっている。


 きれいな顔でスヤスヤと眠る巨漢に、ギルドの職員だけでなく他の冒険者も安堵の表情を見せている。


 が、そんな中、それが気に食わないと言う表情をしているものが一人――


「ロクロー、。あ、ちゃんと手加減してよね」


 リエラである。正直面倒なことに巻き込まれたし、何より無視し続けたがあの粘っこい視線は気持ちが悪かった。


 二度と絡んでこないよう、いやコイツ以外も絡まないよう、見せしめにせねばと言う思いが強いのだ。


「エエんか?」


 せっかく治したのに?

 六郎の思いはただそれだけだ。治してからまた殴るとか鬼畜の所業ではないか? という聖人のような心ではない。


 ただ単に「え? 治したのに怪我させたら無駄じゃないの?」というリエラの徒労を気にしただけの発言だ。


 そしてその真意が分かっているのは、勿論この場にただ一人だけ――


「いいわよ。まほ……奇跡の練習だったと思うわ。ただやりすぎたら駄目よ。また治さないとだから」


 リエラだ。六郎をトンデモ野郎と言っておきながら、自身も大分ぶっ飛んでいるが、そこはそれ。女神の彼女からしたら人間、しかも害意を向けてきた者など、羽虫にも劣る存在なのだ。


「てかよく考えたらアンタはいいの?」


 自分でもう一発殴れと言っときながら、一応人間である六郎にこういう行動に忌避感がないか気になったのだ。


「何がじゃ?」

「こう……無抵抗の人間を殴るのが――」

「なんじゃ。そんな事か……問題なか。やるなら徹底的に。二度と歯向かう気が起きんように丁寧にすり潰す。それがワシが唯一覚えとる親父殿からの教えじゃ」


 笑う六郎に「アンタんち狂ってるわね」とリエラが苦笑い。


「んじゃ、さっさとやっちゃいましょ」

「相分かった。では、軽く――」

? お灸を据える意味が無くなっちゃうから」

「注文の多いやつじゃ――」


 苦笑いの六郎が、拳を再び巨漢の顔面に叩き込む。


 再び骨の砕ける鈍い音――何処からともなく上がる「ヒデェ」「まじかよ」という非難の声。


「手加減してって言ったわよね?」

「手加減したぞ?」

「どこがよ!」


 思い切り陥没した顔面を指差すリエラと、「さっきよりはマシじゃろ?」と眉を寄せる六郎。


「……ま、いっか。ちゃんと息してるし」


 陥没した巨漢の顔面と上下する胸を見て、最終的には満足そうに頷き立ち上がったリエラが、膝についたホコリをパンパンと払う。


 リエラが動く度周囲の冒険者達が一歩後ずさっているが、本人は気にした素振りもない。


「行きましょ。一番最初だし薬草取りに行くわよ」


 六郎の腕を取り、リエラが歩き出す。


「薬草? って事は草むしりかいな?」

「基本でしょ?」

「ワシはモンスターと……」

「いいの。こういうのはテンプレを踏襲するもんなのよ」

「天ぷら? 天ぷらは喧嘩の事じゃ――」

「あー! いいから行くわよ」


 顔面を陥没させた巨漢と、穿たれた床板、そして「これどうすんだよ」という空気だけを残して二人が外の光の中へと消えていった――


 この日冒険者ギルド王都支部で起こった事件は、後に世界中に知れ渡る『リエラとロクロー』という悪魔のようなコンビのお披露目として、後世長く語り継がれることとなる。

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