第10話 今更とか言わないでくれ。こいつら自由に動きすぎるから予定調和なんて無視されるんだ

 太陽に朝露が煌めく中、通りは少しずつ目を覚ましてきているように、人出が増え初めている。


 王都のど真ん中をぶち抜くメインストリートからいくつか筋を入った路地。小さめの飲食店や雑貨店が軒を連ねている、少し広めの通りだ。


 そんな通りに面した木造二階建ての建物。その扉が開き底から顔を出したのは――


「今日もエエ天気じゃ」

「……そうね。眠気が少しでもマシになることを祈るわ」


 元気いっぱいの六郎と、少し眠たげなリエラだ。


 守備隊に解放された後、既に日が傾いてきていたということもあって、二人は急遽宿を取ることに。


 メインストリートにあるような高級宿に後ろ髪を引かれながらも、路地にある比較的綺麗で良心的な宿に落ち着いたのだ。


 二人とも別々の部屋で一人一泊銀貨三枚。食事抜きの素泊まりでの値段なら王都としては良心的価格と言っていい。


 ちなみにこの価格に「どうなんじゃ?」と首を傾げた六郎。即座にリエラが「大体三千円くらいだからお得でしょ!」と答えていたが、それすら六郎に通じず頭を抱えるという一コマがあったりした。


 ともかく何とか寝床にありつけた二人であったが、六郎が日の出より前から起きて、鍛錬や水浴びを誘ってきたのだ。


 何こいつ。

 莫迦なの。

 ……莫迦だったわ。


 煩いノックの音で起こされ、扉の先に六郎を見た時のリエラの感想だ。


 勿論丁重にお断りしたが、その後六郎がちゃんと宿に返ってこれるか心配になり、結局ついて行くことにしたのだ。


 結果、先程のような恨みがましい発言へと繋がることとなった。



「とりあえず街には着いたが、この後どうするんじゃ?」

「はあ? アタシがアンタの事なんて知るわけ無いでしょ? 適当に仕事でも探しなさいよ」


 通りを歩き周囲の活気にウズウズとしている六郎と、そんな六郎を呆れた目で見るリエラ。


 石畳の通り。

 木造住宅や石造りの住宅。

 店先に並べられた食料や雑貨。


 六郎としてはではあるが、知っているところよりも活気があり、笑顔の住民が多い事が物珍しいのだ。


 そんな景色を十分堪能し


「仕事なぁ……これだけ平和そうやと傭兵業の需要はなかろうな」


 溜息をつく六郎に、リエラが呆れたように口を開く。


「アンタね……こんなもんは普通に冒険者になればいいじゃない」


 ジト目が六郎に突き刺さるが、六郎としては心当たりがないため「冒険者っちゃ何ね?」とピンときていない。


「はぁ……そうだったわね。冒険者っていうのは私みたいにモンスターを狩って生計を立ててる人のことよ」

「ほう、狩りか」

ね」


 矯正されたイントネーションで「もんすたー、モンスたー」と繰り返す六郎に、リエラが続ける。


「昨日の眼鏡のオジさんいたじゃない? あの人が管理してる組織よ」


 厳密に言えば、キースも一支部の管理者と言うだけで全体の管理者ではない。

 ただそれを一から十まで説明していては、日が暮れそうだとリエラは端折ったのだ。


「ああ、あん眼鏡の組織か……気が乗らんの」


 先程までは戦いに飢えた瞳をしていた六郎だが、途端に無表情になる。


「それじゃ商売でも始めるの?」


 自分で言った直後にリエラは血の気が引くのを感じている。


 あり得ない。

 六郎が商売? 接客?

 いやいや無理。

 そもそも何を販売するの? 首?


 エプロンを付けて、満面の笑顔で生首を並べる六郎を想像したリエラが「はははは」と乾いた笑いを上げている。


 そんなリエラに六郎が「お前何笑いよんじゃ? キモチワリぃの」と眉を潜めると、


「アンタのせいでしょ!」


 と六郎からしたら全く見に覚えのない突っ込みが、リエラから入る。





 ギャーギャー騒ぐ二人がようやくメインストリートに辿り着いた。


「この国の王とやらは阿呆じゃな」


 真っ直ぐ伸びるメインストリートを眺める六郎の、不敬な発言。

 騒ぎすぎていたせいか、幸い周囲の人は二人を避けていて誰にも聞こえては居ないようだ。


「アンタ、そういう発言には気をつけてよね」


 リエラからしたら目眩がするようなぶっ飛び発言だけに、胸を撫で下ろしたい気持ちで一杯だ。


「なぜじゃ? 天守まで一本道を作ってやるなぞ、正気の沙汰ではなかろう?」


 六郎の見つめる先、大通りの遥か向こうに王城がその存在を主張している。


 戦で砦や街を落としてきた六郎からしたら、大軍が進みやすい一本道を城まで作る事は考えられないのだ。


 しかも王城の向こうには巨大な湖まで広がっているのだとか。

 敵が正面から進軍してきたら泳いで逃げる他ない。防衛の「ぼ」の字も見当たらない街の作りに六郎としては居心地の悪さすら感じている。


「アタシからしたら同族で殺し合う事、それを想定して街を作ること自体、


 興味のないようにリエラが通りを歩き出す。その言葉に「正論じゃな」と六郎が苦笑いを溢しながらあとに続く。





 大通りを城門側に歩いて暫く。二人の目の前に見えてきたのは、一際大きな建物だ。


 昨日の守備隊詰め所に匹敵するほどの大きな石造りの建物。


 正面の大扉の上にある、剣と盾を簡略化したような大きな看板が一際目を引く建物。


 そんな大扉は今も引っ切り無しに、あの四人のような武装に身を包んだ人間を吸い込んだり吐き出したりしている。


 いや、中には人間と呼んでいいのか怪しい連中もいるのだが、それを周りは気にした素振りはない。


「リエラ。がおるんじゃが?」

「あれは犬じゃなくてワーウルフって種族ね。他にも猫っぽいワータイガーとかもいるわ。大体が獣人って呼ばれ方してるけど」


 つらつらと説明するリエラに、六郎ははたと思い出す。


「そう言えばワシ、こん世界にきて直ぐに二足歩行の犬を殺したんじゃが? それも三匹? 三人?」

「はあ? 嘘でしょ……どこで?」

「最初の森で……」


 六郎の言葉にリエラが少し考え込み


「それ多分コボルトじゃない? 涎ダラダラ垂らしたやつでしょ?」

 リエラの言葉に六郎は無言で頷いた。


「コボルトとワーウルフは全く別物よ。よく見てみなさい。どちらかと言うとワーウルフの方が可愛げがあって人に近いでしょ?」


 リエラの言葉に六郎は扉からでてきた別のワーウルフに目をやる。


 なるほど。完全に犬の顔と言うよりは、幾分人に近い。

 毛で覆われた顔であるが笑顔などの表情も分かりやすく、コボルトと呼ばれた完全に犬の顔とは違うようだ。


「ほら、行くわよ」


 ボンヤリと佇む六郎の袖を、チョンチョンと引っ張るリエラ。


 リエラに促されるまま建物の中に入る六郎の目に飛び込んできたのは、巨大なカウンターと立て札。そしてその真反対側にある酒場のような雰囲気のスペースだ。


「ここが冒険者ギルドよ。大体みんなギルドって呼んでるわ」


 説明しながら、スタスタとカウンターの方へと歩くリエラに六郎は続く。周囲をキョロキョロと伺う六郎は完全に不審者だ。


「こんにちは! ご要件をお伺いいたします」


 笑顔で六郎たちを迎えた女性。その耳に生えているのは――


「ウサギじゃ……今度は人にウサギん耳が生えちょる」


 口をあんぐり開けてウサ耳の上から下まで視線を彷徨わせる六郎。


「彼女はワーラビットと人とのハーフなの……あんまりキョロキョロしないでよ。恥ずかしいから」


 小声とともに六郎の脇腹をチョンチョン突くリエラ。


「え……と?」


 二人のやり取りに、ウサ耳の受付嬢がその形の良い眉尻を下げた。


「えと気にしないで下さい。この人田舎者なんです」


 リエラの余所行きの言葉に、六郎が変な物を見るような目でリエラを見ている。


「今日はこの田舎者の冒険者登録と、パーティー申請をしに来ましたの」


「かしこまりました。では血を一滴いただけますか?」


 その言葉に六郎が首を傾げてリエラを見るが、リエラは「やれ」と言わんばかりに顎でしゃくるだけだ。


 仕方無しに六郎が自身の親指の先を噛む――


「これでエエんか?」


「あわわわわ、一滴でいいんですが」


 流れる血に受付嬢が慌ててトレーのようなもので血を受け止めるが、六郎はさして気にした素振りもない。


 血を止めるために親指をしゃぶる六郎と、何らかの道具を操作する受付嬢。


 そしてそれを眺めながら「こんな赤ん坊なら発狂するわ」と苦笑いでボヤくリエラ。


「――それではこちらに記入をお願いいたします」


 道具の操作を止め、六郎に紙とペンを差し出す受付嬢。


「代筆は必要でしょうか?」


 との優しげな問に、六郎は「問題なか」と紙の上にペンを走らせる。


 いくら力のない底辺女神と言えど、文字言語への最適化くらいはお手の物なのだ。


 書き上げられたその紙を見て――


「す、すみません。ご職業の『サムライ』という物がよくわからないのですが……」

「おお、分からんのか。そうじゃな……敵の首を狩るのが仕事じゃな」

「ンな訳ないでしょ!」


 六郎の素っ頓狂な発言に、思わずいつもの感じで突っ込んでしまったリエラ。


 あまりの変わり様に目が点になる受付嬢と、満足そうな六郎。

 二人の視線を感じ取ったリエラは居住まいを正し


「……ン、んん。サムライというのは彼の故郷の勇敢な戦士の呼称でして。戦士とでも思っておいて下さい」


 再び百点満点の女神スマイルを発動している。


 一瞬だが垣間見えたリエラの素顔に受付嬢は「は、はあ」と気の抜けた声を返し、六郎は「お前、そん喋り方キモチワリぃ――ったぁ」不用意な発言をリエラの杖によって足の甲とともに撃ち抜かれていた。


「こ、こちらが六郎さんの冒険者証になります」


 苦笑いを浮かべ木製のタグを渡してくる受付嬢。

 女神スマイルで「ありがとうございます」と受け取るリエラ。

 蹲り「折れとらんか?」と足の甲をさする六郎。


「あ! あと彼と私のパーティ申請もお願いします」

「はい。パーティ名はどうされますか?」


 その言葉に蹲る六郎へと一瞬視線を向けたリエラ。


 そもそもパーティの説明から面倒だわ。

 多分「何でもいい」って言うでしょうし。

 てかパーティ名って決めないと駄目なの?


 様々な思いがリエラの頭を駆け巡った結果。


「『リエラとロクロー』で」


 と何の捻りもネーミングセンスの欠片もないパーティ名が完成した。



「とりあえず――」

「おいおいおい兄ちゃん。随分ベッピンな姉ちゃんを連れてんじゃねーか」


 未だ足を押さえている六郎に、投げかけられる野太い声。


 その声に六郎が顔を上げると、いかつい顔の巨漢が横合いからリエラを舐め回すように見ていた。


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