第9話 ちなみに私は考えなしに助ける派です

「さて……ロクローと言ったな。詳しい話を聞かせてもらおうか」


 テーブルを挟んで六郎の前に座る……レオン・カートライトと名乗る男が口を開いた。


 金髪碧眼に整えられた口髭と顎髭。

 少しやつれて見えるが、整った目鼻立ちに、異性からの好感が高いだろうことはよく分かる。


 王都守備隊の隊長を務めると言うだけあって、六郎をして強いと言わしめるだけの実力と、年齢以上の落ち着きを持った男だ。


 そんな王都守備隊の隊長、レオンに連れてこられたのは街の中心部にほど近いところのにある石造りの大きな建物。


 レオンの話によると、守備隊の詰め所らしく、建物のなかでは多くの人間が忙しなく動き回っていた。


 その光景を見た六郎がポツリと「忙しそうじゃな」と呟いた言葉に、レオンは「守備隊の仕事は多岐に渡るからな。予算と人員配置には毎年頭を悩ませている」と苦笑いを浮かべていた。


 苦労人レオン。

 間違いなく死ぬ前の六郎よりも若い男。


 なるほど。この歳にして少々やつれるのも頷ける。

 六郎はあの戦場で出会った、アーロンを思い出している。

 彼も六郎より若くして、あの戦場で敵の大将を勤め上げていた猛者だ。


 全く関係はないだろうが、彼に対する敬意で六郎は分かる範囲で丁寧に答える事にした。







「……気がつけば森の中で、そこから街道に出たら盗賊と冒険者達が争っている場面に遭遇……盗賊を倒したものの、冒険者も実は人攫いをしていた……と?」


「そうじゃな」


 思わず苦笑いを浮かべてしまう六郎。

 無理からぬ事だ。自分自身言っていて荒唐無稽だと思えてならない。


 そもそも気がついたら森の中という時点で、六郎であれば「与太を飛ばすな」と突っ込みを入れているだろう。


「……出身地を隠すのは、後ろめたい事があるからか?」


 テーブルの上で、指を組んだレオンの眼光が鋭くなる。


「出身を言うても、お主には分からんじゃろうて」

「分かる分からない。は、私が決める事だ――」

「道理じゃな……出身は日の本じゃ。日出る国とでも言えば分かるかの?」


 椅子にふんぞり返り、腕を組む六郎。


 そしてレオンは大きく溜息を吐いた。


「……成程。君の言う通り分からないな」


 視線を下げるレオンの頭を、様々な思いが駆け巡る――

 聞いたこともない国だ。何かを隠しているのだろうか。


 再び視線を上げ、六郎を見つめるレオン――

 それにしては堂々として、嘘を言っているようにも見えない。

 これ以上出身地を突付いても無駄なようだ。


「では、最初盗賊たちが冒険者を襲っていた時、なぜ加勢しなかったのだ?」


 六郎に向けられる鋭い視線。六郎は彼らを人攫いと言っていたが、現時点では何の証拠もないどころか、首と一緒に持ってきた冒険者証での照会も済んでいる。


 ……つまり殺された彼らは今の所、なんの落ち度も見つかっていない。


「そんなもん決まっとろうが。どちらに道理があるかも分からんのに、首なぞ突っ込むのは阿呆じゃろ」


「道理……?」


 堂々と言い放つ六郎に、再びレオンは混乱する。

 六郎の言を信じると、どちらが正しいかわからないから助けなかった。と言いたいのだろう。


「道理じゃ。仮に格好が野盗のようでも、襲われているのが貴人のようでも……野盗に道理がある場合もあるじゃろうて」

「まさか!」


 あまりにも馬鹿げた理論に、嘲笑めいた大声がレオンの口をついて出た。

 守備隊隊長という役職柄、様々な人間と言葉を交わしてきた。

 なるべく相手の言を馬鹿にしないよう心がけてきた。

 真剣に聞くだけで心を開いてくれる場合もある。真剣に聞くことが解決への近道だと知っているからだ。


 そんなレオンをしても、馬鹿げた話だと思えるほどの六郎の言い分だった。


「野盗に襲われている人間が悪いという場合があるのなら、聞かせてもらおうか?」


「なんじゃ? この世界はえらく平和な所なんじゃな」


 レオンの質問に返ってきたのは、要領を得ない回答だった。


「なにを――?」

「ワシのいた国では、それこそ領主大名ですら野盗農民・足軽に襲われて殺される事もあったわい」


 腕を組む六郎が何を言いたいのか、レオンはいまいち分かっていない。ただ、かなり荒れた国だということは分かった。


「領主が負け戦の帰り道に、農奴に取り囲まれ竹槍で殺されるんじゃ。その場合どちらが悪い?」


 ふんぞり返っていたはずの六郎が、身を乗り出すようにテーブルに片肘をつき「領主か? 農奴か?」とレオンに迫る。


 その圧にレオンは押されるように、少し仰け反りながら


「……分かるわけ無いだろ。本来なら領主殺しは重罪だ。だが、そんな重罪を犯してまで、彼らに成し遂げたい思いがあったのかもしれん」


「そうかもしれんし、ただの腹いせかもしれん。分からんければ手を出しようがあるまい? どちらかに与して、その後恨みを買うわけにはいくまいて」


 六郎の言葉に、レオンが眉を寄せる。言いたい事は分かる。ただ『恨みを買いたくないから』と言う消極的理由に頷くのは、騎士としての矜持が許さないのだ。


「では次じゃ。これはワシが海を越えた先で見た光景なんじゃが――」


 眉を寄せるレオンを他所に、片肘をついたままの六郎が話を続ける――



「野盗のような男達が十人以上、倒れた馬車を囲んでおった。馬車を守るのは数人の騎士。そして馬車の中には夫婦とまだ幼い子どもが一人。どちらが悪い?」


「そんなもの決まっている。野盗が悪いと――」

「はずれじゃ。悪いのは馬車に乗った男じゃ」


 身を乗り出したレオンを嘲笑うかのように、六郎が薄く笑った。


「そんな馬鹿な話が――」

「あるんじゃよ。男はとある領地の執政官。そやつが謀反を企んだが失敗。家族を連れての逃避行の最中じゃったらしい」


 そこまで言った六郎が大きく溜息をついた。


「領主の差し向けた追手は、相手に気取られぬよう、ならず者のような格好で街々を探し回り、ようやく路端で男とその私兵を追い詰めたそうじゃ」


 六郎の言葉にレオンが生唾を飲み込む。


「分かるか? 状況が分からんという危うさが。襲われとる、相手は野盗みたい、女や子ども……そんなもんは何の保証にもならん。軽々しく首を突っ込めば、そん首そのまま刎ねられても文句は言えん。それがワシのいた世界じゃ」


 もはやどちらが尋問をしているか分からない。


 レオンが最初六郎に抱いた感想は、脳天気な男という印象だった。だが今はその能天気さは鳴りを潜め、ある種の不気味さを六郎に感じている。


「『助けて』と言われて何の考えもなしに首を突っ込むのは、。もしくは余程平和な所で育ったか、のどちらかじゃな」


 笑う六郎の姿に、レオンは出身地の話を信じ始めている。


 あまりにも異質なのだ。考え方や経験してきたことが。


 少なくともレオンが生きてきたこれまでに、六郎の言うように『襲われている方が悪い』などという珍事は無かった。


「他に……聞きたいことはあるかの?」


 堂々たる態度。何一つ隠していない。そう思わせるほどの六郎の落ち着きっぷりにレオンは久しく感じていなかった強者に対する緊張というものを覚えている。


「では――」

「あー! 終わったー! ロクロー、アタシに感謝しなさいよね」


 レオンが口を開いた瞬間、勢いよく扉を開けてリエラが現れた。


 その表情には若干の疲れが見えるものの、勝ち誇った様な笑顔とともに胸を張っている。


「おう、リエラ。お前何処行っとったんじゃ?」

「『何処行っとったんじゃ』じゃないわよ。アタシはアタシで取り調べ受けてたの」


 そういうリエラの後ろから女性の騎士とともに現れたのは、伸びた白髪を後ろに撫でつけた眼鏡の男。

 きっちり着こなされたスーツには寸分の乱れもなく、眉間に刻み込まれたシワが神経質さを思わせる。


「まずは始めまして。私この王都で冒険者ギルドのギルドマスターをしております、キースと申します」


 綺麗な所作での一礼に、六郎も椅子から立ち上がり「ワシは六郎じゃ」とそれに返した。


 自身の目を真っ直ぐ見返す六郎に「なるほど……変わった御仁だ」とボソリと呟いたキース。


 軽く笑ったキースが視線を六郎からレオンへと移した。


「レオン隊長。彼らの言に一応の整合性が取れました」


 キースの口から発せられたのは、抑揚のない落ち着いた声。


「と、いうと?」

 レオンの瞳に力が戻ってくる。


「こちらのリエラ嬢は本日冒険者登録をしたばかり。そしてそんな彼女を彼らの方からパーティーに誘ったという証言も得られました。それも執拗にね」


 キースの言葉にリエラが、胸を張って木でできたタグを見せびらかしている。


 そんなリエラに六郎は「なんじゃそのチンケな札は?」と眉を寄せ、対するリエラは「うっさいわね! 今日登録したばっかって言ったでしょ!」と眉を釣り上げ六郎に詰め寄っている。


「今日登録したばかりの彼女を執拗にパーティーに誘う冒険者か……」


 キースの言葉にレオンが頭を抱える。


 成程、その言を信じるならば執拗に迫っている方に、害意があると考えたほうが筋が通る。

 そうだとすると、冒険者の中に犯罪に手を染めていた物がおり、それを守備隊が見逃していたという事実に繋がってしまう。


 本当に人攫いなどしていたのであれば、人を載せた馬車が城門を通ったこともあるだろう。


 つまり守備隊の怠慢という訳だ。


「何の話をしよんじゃ?」

「アイツらが本当に人攫いだったって話よ」


 頭を抱えるレオンを他所に、トラブルを持ち込んだ二人は他人事のような口ぶりだ。


「なんじゃ、そんな事か。ワシらに後ろ暗いところがありゃ首なんぞ持ち歩かんじゃろうて」


 溜息をつく六郎が「普通に考えりゃあ分かるぞ?」と呆れた声で続けている。


「アンタが普通とか言ったら駄目でしょ」


 リエラの溜息混じりの突っ込みにレオンは内心で良く言ったと大きく頷いている。


 なんてことはない現実逃避だ。自分たちの失態を考えればこれからの事に気が重くて仕方ないのだ。


 ただいつまでも現実逃避をしている訳にはいかない、レオンは観念したように口を開いた――


「ギルドとしてはどう対応を?」

「ギルドとしては、これから人員を募って詳細の把握に動きます。守備隊のご協力もいただきたいのですが」

「それは勿論」


 レオンは大きく頷く。出来る限り早く解決せねばならない。平和そのものの王都を揺るがしかねない大スキャンダルだ。


 レオンだけでなくキースも同じ気持ちだ。


 基本的に街を自由に出入りできる冒険者が犯罪行為、しかも人身売買に手を出していたなど、冒険者ギルドの存続にすら関わりかねない事案だ。


 今や完全に蚊帳の外となった六郎とリエラ。

 話を詰めるレオンとキースの背中に六郎が口を開いた。


「それで、ワシらは何時解放されるんじゃ?」


 六郎の言葉に二人が振り返り、同時にその顔を見合わせた。


「その事ですが……あなた方にも手伝っていただきたいと思っています」


 口を開いたのはキースだ。彼からしてみたら今回の騒動の発端にして彼らに接触した最後の人間でもある。


 何かヒントになることを漏らしているかも知れない。


「何をいいよんじゃ。ワシには関係なか」


 言い切った六郎に、リエラは「アンタって……」と片手で顔を覆っている。


「こん事件は、主らん怠慢が原因じゃろ」


 痛いところを突いてくる。レオンとキースの心の声が一致する。


「では、君たちは重要参考人として拘束をし続けることになりますが?」

「莫迦な事を言う奴じゃ。主らん怠慢で被害に合うたワシらを拘束? それは道理に合わんぞ?」


 言い切った六郎から放たれるのは、恐ろしいまでの殺気。それに当てられた何人かの騎士が腰を落とし、その柄に手をかけた。


「まあ待て」


 レオンの声に、場に漂っていた剣呑とした雰囲気はゆっくりと薄らいでいく。


「ロクロー。君の言い分は分かった。だが時々話を聞かせてもらうことくらいは許して貰えないだろうか?」


 そう言いながらレオンが頭を下げた。その姿にキースが目を見開き、周囲の騎士がザワつく。


「応。その程度で良けりゃ何時でも構わんぞ」

「では、事件が解決するまでは、出来るだけ王都周辺に居て貰えると助かる」


 安堵したように笑うレオンに、六郎も「相分かった」と大きく頷いた。


「それではの……宿が決まり次第お主の下の者にでも連絡をやろう」


 立ち上がり部屋を後にする六郎に、リエラも「ちょっと待ちなさいよ」と部屋を出ていった。


 残ったのはレオンとキース。そして取り調べに参加していた数人の騎士だけ。


「まさかレオン・カートライトともあろうお方が頭を下げるとは」


 メガネを上げたキースの声に若干の驚きが混じっている。


は異質でしてね。彼の中には独特の価値観があるようで……道理だとか」

「その道理が貴方が頭を下げることに繋がると?」

「ええ。失態を犯したのは我々だ。その我々が権力を傘に指示した所であの男は動かないでしょう。だが、こちらが非を認めてお願いしたらどうか。と……思ったわけです」

「結果大成功と?」


 その言葉にレオンは意外にも頭を振った。恐らく六郎にはそういった魂胆を見透かされているだろう。その上で六郎はレオンの男気を汲んだだけに過ぎない。


 それに――不安なのだ。

 獅子身中の虫とでもいうのだろうか。今は味方に見えるが、あの異質な考え方はいずれこの世界に牙を剥くかもしれない。


 そんな男を王都に留まらせていることが。


 それでもレオンの長年の勘は、この事件を解決するには六郎の力が必要だと言うことを煩いくらいに教えてくれている。


「また胃が痛くなりそうだ」


 苦労人レオン。これから先の事を考えると既にお腹がキリキリと痛みだしている。

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