第8話 普通はこうなる

「こりゃーデカい街じゃの」

「そりゃ王都だからね……」


 あの皆殺し現場から歩いて数時間。世間知らずコンビの目の前に聳えるのは巨大な城壁。


 草原の中に佇む円形の城壁は太陽の光を受けて白く輝いている。


(傭兵の出番は無さそうじゃの)


 目立ったヒビがないことや、城壁の上がノンビリした雰囲気に六郎が小さく溜息をついた。


 事実、六郎の感じたとおり、王都だけでなく、王国全体が紛争や内乱などとは縁遠い比較的平和な期間を過ごしている。


 そんな城壁のほぼ中央、六郎達が歩く街道の先にはこれまた巨大な城門が一つ。その門は開け放たれ今も多くの人が行き交っている。


 城門が近付くにつれ、街道を通る人がに比例するように、六郎たちに投げかけられる好奇の目が多くなってきた。


「……ジロジロと行儀ん悪か連中じゃな」

「そりゃ、アンタみたいな格好のやつが、生首をぶら下げて歩いてたら誰でも見ちゃうわよ……」


 周囲を威嚇する六郎にリエラは頭を抱えている。


 ただ、頭を抱えるリエラでも、


 六郎が髪の毛を器用に引っ掴んで持っている五つの首だが、盗賊である大男の首は手配されていれば賞金が貰える可能性がある。だが、護衛もとい人攫いについては曲がりなりにも冒険者なのだ。


 その首だけでどうやって彼らの悪事を説明したらいいのか。


 リエラの中では、『冒険初日にパーティーを組んでくれた冒険者達が、実は人攫いの副業してました。』と報告すれば「あ、そうなんですね」的な感じで受理されると思っているが、現実はそう甘くない。


 そんな現実が既に眼前に迫り――


「そこの怪しい二人、止まれ!」


 ついに門番という名を持って二人の前に顕現することとなった。


 そりゃそうである。


 首を持って歩く男と、その隣を普通に歩く女僧侶。


 何処からどう見ても怪しい二人を止めないほうがどうかしている。……ただ本人たちにその自覚がないことが最大の問題であって……。


 目の前で声をかけられたはずの二人は、同時に後ろを振り返った。そしてほぼ同時に二人で顔を見合わせ、首を傾げるとそのまま歩き出そうと――


「いや、お前らの事だ! そこの女僧侶とえーと…あの…首を持ってるお前!」


 声を張り上げる門番に、他の通行人たちもウンウン頷いている。


「なんじゃ。ワシに何のようじゃ」


 そして空気を読めない男、六郎である。

 何の用もなにも、首をぶら下げているよく分からない男が、街に入れると思っている辺り既に前途多難だ。


 ちなみに日本にいた頃も、海を越えた後もトラブルには事欠かなかった男でもあり、それらトラブルを全て力技の一手で解決してきた脳筋だったりもする。


 そしてリエラ女神は、そんなことまで知らないし、他人事だ。故に――


「いや、普通に首持ってたら門番に止められるわよ。後はアンタだけで何とかしなさいよ」


 六郎を置き去りに、入門手続き用の小窓へと歩を向け――


「お前もだ!」


 ようとしたリエラの肩を掴んだのは別の門番。


「……私のことでしょうか?」


 整ったリエラの笑顔に、肩を掴んだ門番の顔が朱に染まっていく。流石は見た目だけは完璧美少女。中身は残念女神だが。


「あ、ああ。お前もだ……あの怪しい男の仲間だろ?」


 門番が指差す先に、既に他の門番に取り囲まれている六郎の姿。


「いいえ私はあんな人など知りませ――」

「おーい、リエラ。こん連中にあん時の事を、云うて聞かせたってくれぃ」


 微笑んで否定しようとするリエラの元に届いてきたのは、呑気な六郎の声。


「……呼んでいるぞ?」

「……人違いでしょ――」

「『おい』っち呼んどるのに、聞こえとらんのんか」


 いつの間にか近づいてきた六郎がリエラの肩を掴んだ。


「――チッ」


 漏れるリエラの舌打ち。


「ちょーっと御免遊ばせ」


 完璧な笑顔を門番に向けて、六郎の腕を引っ張り端へと歩くリエラ。そして「ちょ、何処に行くんじゃ?」とリエラにされるがままの六郎。




「アンタね……アタシを巻き込まないでよ」


 コソコソと話し出すリエラ。

 対する六郎の方は――


「何を云うとる。巻き込まれたんはワシの方じゃろう?」

「ちょ、声が大きいって!」


 よく通る声が恨めしい。

 リエラが六郎の口を塞ごうとするが、六郎がそれを難なく躱し、再び口を開いた。


「お前があそこで阿呆共に絡まれておらなんだら、ワシが首を持ってウロウロする必要は無かったじゃろ?」


 莫迦のクセに弁が立つ。

 呆れ顔で自身を見つめる六郎に対するリエラの感想だ。


「そ、そうだとしても、アンタが首持ってウロウロしなけりゃ良い話でしょ?」

 リエラの声も意に反して大きくなってくる。


「お前が『盗賊は懸賞金出るかも』っち云うたじゃろうが」


 莫迦のクセに物覚えもいい。

 アホを見る目で自身を見つめる六郎に対するリエラの感想だ。


「だとしてもアイツら四人の首まで、持ってくる必要はなかったじゃない!」

 もはや大声だ。


 周りが皆二人のやり取りを聞いているが、当の本人達はそれに気がついていない。


「アイツらも盗賊みたいなもんじゃろ?」

「そう、だ、け、ど!」


 振り上げた両拳で空を切るリエラ。

 二人の世界と言えば聞こえはいいが、その内容に甘酸っぱさ一つもない。


「成程。君たちの関係はよく分かった」


 不意に六郎の後ろから聞こえてきた、落ち着き払った声。


 そちらを向いた二人の視線の先には甲冑に身を包んだ金髪の中年男性。

 生やされた口ひげと顎髭には立ち振舞同様の威厳が見て取れる。


 門番と比べると甲冑に施された意匠は細かく、羽織った蒼いマントからも位が高そうの事だけはよく分かる。


 六郎からしたら、最近までよく見ていた騎士達に格好が似ているな。というところだ。


「続きは詰め所の方で聞かせてもらおう」


 そんな男が再び口を開いた。


(ほーう。こいつぁ面白そうじゃわい)


 男を一瞥した六郎の感想だ。


 腰に差した剣の柄に左手を置いたままだが、隙のない雰囲気に六郎は嬉しそうに笑っている。


 獰猛な笑いの六郎に、男性もその目に力を込め始めるが、そういった空気に鈍感なのがこの場に一人――


「まさか……騎士様は私の様な敬虔な女神の使徒が、この様な荒くれ者と通じていると?」


 完璧な女神スマイルのリエラ。

 先程まで大声で失態を演じていた事など、無かったことのように振る舞うが


「……そうやって表情と態度、口調をコロコロ変えて人を騙しているのか。詐欺容疑も追加だな」


 男性の視線に込められていた剣呑な雰囲気は、一瞬にして霧散。

 代わりに瞳に浮かんだのは何処か憐れんだような色だ。


「なんじゃ? お前、詐欺師じゃったんか?」


 そしてこのフレンドリーファイアである。

 振り返った六郎の驚いた表情に、リエラの顔面は一瞬で紅潮。


「ンなっ、訳、ない! じゃない! アンタ莫迦なの? アタシの事一番知ってるるはずでしょ!」


 何コイツ。

 莫迦なの?

 女神って知ってるじゃないの。


 そんな気持ちが籠もったリエラの魂のツッコミ。

 その突っ込みが六郎と知らぬ仲ではないとカミングアウト――墓穴を掘っているという事には、気付いていない。


「よく分かった。話の続きはこちらで聞かせてもらおう」


 二人の莫迦なやり取りに、男性は呆れたような声と溜息を溢した。


「嫌よ。アタシを誰だと思ってるの?」

「女神の使徒。なのであろう?」

「使徒? 莫迦なこと言わないで。アタシこそが女神、この世界の――管理者よ」


 腕を組み、堂々たる態度で男性に言ってのけるリエラ。

 その姿に既視感のある六郎が「おお、あの時と同じじゃな」と笑っているが、そんな事など知らない男性や門番達は――


「……」

「……」


 完全に冷めきった視線を二人に投げかけている。


「おい、こちらの女神様は、どうやら幻覚に侵されているようだ」

「はあ? ちょっと――」


 門番を振り返る男性にリエラが詰め寄るが、男性はそんな事などお構いなしに話を続ける。


「最近出回っているドラッグがあったな。検査薬と女性隊員を」


 男性の指示に門番が「ハッ」と短く答えると門の中へ足早に消えていった。


「誰がドラッグ中毒者よ――」

「女神様、どうぞこちらへ――お疲れのようですのでこちらでお休みを」


 拳を振り上げ叫ぶリエラを男性が窘め、その手を取ろうと別の門番がリエラに手を伸ばした。


「ちょっと触らないでよ!」


 そんな手を振り払い、六郎の後ろへと隠れるリエラ。が――


「なんじゃ? お前疲れとったんか?」


 とリエラを振り返るトンチンカン六郎。


「疲れてんのは主にアンタのせいよ!」

「疲れとるわりには元気じゃの」


 リエラの頭をポンと叩いた六郎が男性へと視線を向け口を開く。


「すまんの。ワシの連れが疲れとるらしくての……そこ、通して貰えんか?」


 口調こそ穏やかだが、獰猛な笑顔で後腰にさした大鉈の柄に左手を添えている。


「……止めておきたまえ。君だけ逃げる、と言うならば可能性はあるだろう。だが彼女を守ったままではどうかな?」


 男性が手を挙げると城壁の上に出現する無数の弓兵。


「……中々の練度じゃな」

「王都を守る部隊。王都守備隊だ。覚えておくといい」


 二人の間に横たわる一触即発の剣呑な雰囲気。


「……ロクロー……」


 六郎の来ている上着を掴むリエラの顔は不安そうだ。


 また見捨てられるのではないか、という不安が頭をもたげている。


 なんせつい数刻前、人質として取られた時に、見捨てられたばかりだ。


 女神と言えど、痛いのは嫌だ。

 死んだとしても精神体としてまたあの世界に戻るだけだが、それでも今は死にたくないと思ってしまう。


 女神としては刹那とも言えるほどの期間だが、人として生きてきた間に生まれた女神らしからぬこの感覚をリエラ本人は少し気に入っていたりする。


「……ふぅ。致し方あるまい」

「ろ、ロクロー……?」

 剣呑な雰囲気を霧散させ、降参したように手を挙げる六郎に、リエラが一番キョトンとしている。


「友人を見捨てて逃げる訳にゃぁいかんじゃろうて」


 笑う六郎の意外な言葉に、リエラの頬が少しだけ朱に染まる。


「では、ご同行願おうか?」

「ま、仕方がなかろう」


 諦めたように男性について行く六郎の後を、慌てたようにリエラが小走りで追いかける。


 その後を複数の騎士らしき人間が固め、門の中へと消えていった――。

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