第7話 その出会いを、人々は後に厄災と語った

 野盗の襲撃のさなか、白い僧服に身を包んだ女は焦っていた。


 教会が運営する修道院で育った女。

 修道院で身につけた神の奇跡を頼みに、彼女は冒険者となった。


 そんな冒険初日の今日、とある目的を持って王都の東に位置する木立ちへと足を伸ばす予定であった。


 その道中、比較的安全な王都近郊での野盗の襲撃。


 その最中にあって、女は護衛を頼んでいた冒険者たち以上に焦っていた。


 目的の木立ちまでの道中で、野盗に襲われることになったから?――否。


 護衛を頼んでいた冒険者が押されているから?――否。


 、その心配の種がいきなりピンチに首を突っ込んできたからだ。


 馬鹿なのか?

 なぜ武器も持たずウロウロしているのか……。


 ああ、そうか。自分が裸一貫で送り出したからか。


 自分が人としてある程度の年月を過ごしていたから、勝手に男の中でも時間が進んでいると勘違いしていた。


 よくよく考えてみると、送り出したばかりなのだ。

 そうであっても仕方がないと、合点がいった。


 だが合点が行ったと同時に、鹿が、狼の群れに突っ込んでいく様に舌打ちの一つも溢したくなる。


 だがその焦燥は一瞬のうちにその種類を変えることとなった――


(は? 何こいつ……強すぎるんですけど……)


 一人また一人と仔鹿に狩られる狼たち。


 野盗と言えど、この世界で荒事に身を置いて生きてきたのだ。


 地球からきたばかりの何も持たない人間が太刀打ち出来るはずもない。


 ましてや多対一という状況で。


 だが、目の前でその仔鹿――六郎は今もまた軽々と狼を屠っている。状況的にどう見ても狼が六郎で、野盗たちは仔鹿どころか仔猫にも及ばない。


 圧倒的力の差で捻じ伏せられていく野盗達。そして見る間に速さも力も上がっていく六郎――生物を殺す度、その経験を糧に強くなってレベルアップしているのだ。


 気がつけば野盗は沈黙。


 六郎はと言うと――護衛と思っていた冒険者、もとい人攫いたちを


 その光景を眺めながら女神は激しく後悔している


(ヤバい……ベースが強すぎたんだわ……)


 自分が何の気無しに設定したベースの強さ。

 ようはレベル1で送り出したつもりが数値的にはレベル10くらいあったようなものだ。


 更に質が悪いのは、レベルアップ時の能力上昇率がベースに準ずるという事。


 ようは世界で一人だけ初期能力も、上昇率もバグっているのだ。


 自分の仕出かしたミスに頭を抱える女だが、当の六郎は平常運転なようで


「こいつらどうしたらエエんじゃ?」


 と仲良く並べられた首を指さしている。


 人の気も知らないで……そういう思いがフツフツと湧き上がり、


……もう――!」


 思わず口をついて不満が出てしまった。


「何じゃ? お主、ワシを知っとるごたる口をきくの?」

「知ってるも何も、アタシよ!」


 胸をはる女に、六郎が首を傾げる。


「誰じゃ?」

「アタシだってば! ほら、この神々しさが分からない――?」

「ああ、白いところん物の怪か」

「だから女神だってばー! ってアンタ、どこ見て納得してんのよ!」


 両拳を握りしめる女が、六郎の一点に注がれた視線に感づき胸を隠す。


「被害妄想ん激しか奴じゃな。ワシがで人を判断するわけなかろう。そもそも無いもんを――」


「アンタぶっ殺されたいわけ?」


 完全に座った目をした女神に、流石に分が悪いと六郎が肩を竦める。


「それで? 女神がこんなとこで何しよんじゃ?」

「女神女神って言わないで。これでも今は、リエラって名前があるんだから」


 腕を組み、リエラと名乗った女神がそっぽを向く。


「今は? 良う分からん事ばかりタレよるの……ま、どうでもエエわい」


 そんなリエラに対して呆れた溜息をつく六郎。端的に言って興味がないのだ。


「ちょっとは興味持ちなさいよ!」


 反対にリエラとしては納得がいかない。


 わざわざ六郎の様子を見に来たというのに、この扱いである。


 女神、もといリエラ・フリートハイム。


 もともと死産で生まれる予定の赤子に、自身の魂を定着させてこの世界に降り立った存在。


 六郎を送り出した時間軸から逆算し、その時点で同じくらいの年齢まで成長している赤子を選んで魂を定着させたのだ。


 誤算だったのは、初めてのことで焦るあまりどういった家庭かまでは厳選できなかったことだ。


 どうやら生まれてすぐ修道院に預けられ、女神の意識が覚醒した頃にはすでに修道女として生活をしていた。


 修道院での生活は厳しく辛いものだった。


 そして何より、と言う、こそばゆい状況。


 そんな日々を過ごし、この世界で成長したリエラ女神


 ようやく六郎を送り出した時間軸まで経過したのち、六郎の様子を見に来たのだ。


 その理由は至極単純……、速攻で世界のシミになられたら困るからというもの。


「これでもアンタを助けに来たんだけど?」

「助けに? あんなわらべにも劣る阿呆どもに殺られそうやった奴がか?」

「う、うるさい! アタシの必殺パンチが炸裂してたらあんな奴ら――」

「そーか。、ちゃ何ちゃ分からんが、強う生きるんじゃぞ」


 顔を赤らめるリエラに後ろ手をヒラヒラ振る六郎。


「そんな態度で良いのかしら? アンタのためにお金を持ってきてあげたんだけど?」


 勝ち誇ったようなリエラの笑顔を一瞥した六郎が溜息を一つ。


「要らん。間にうとる」


 口を開くと同時にリエラに放られる革袋。それが地面で「ガチャリ」と金属音を立てながら軽く跳ねた。


 盗賊や人攫いの懐から拝借した硬貨を一つの袋に纏めたのだ。


「ぐ……で、でも服や武器も――」

「それも要らんの」


 そう笑い六郎は死骸から比較的きれいな服を剥ぎ取りだした。

 様々な人間から部分部分を拝借して完成したのは――


 袴を彷彿とさせるゆったりとしたパンツをブーツにねじ込み、チュニックの上から巻かれたベルトの後ろには大鉈。


 肩にかけたのはよく分からない動物の毛皮と、完全に山賊のような見た目だが、六郎の顔とのギャップが妙にマッチしている。


 そんな六郎をみるリエラは頬を膨らませ、若干瞳に涙を浮かべている。


「だから云うたじゃろ。ワシならどうとでもなると」


 大きくため息をつく六郎と、頬を膨らませ顔を真赤にさせるリエラ。


「もう知らない! 好きにすればいいわ!」


 完全にそっぽを向いてしまったリエラ。


 拗ねてしまったのだ。


 困っている所に颯爽と現れようと思っていた。

 色々世話をして自分に対する態度を改めさせようと考えていた。


 結果全く上手く行かなかった。


 腹立たしいやら恥ずかしいやら。

 悠久の時を生きてきた精神体である彼女に、人付き合いというものは皆無に等しい。


 それは六郎も同じで――


「応。好きにするとも」


 満面の笑みで答えている。

 フォローなどという高尚なものがこの男に出来るわけ無く。拗ねてしまったリエラの傷にゴリゴリと塩を揉み込む発言だ。

 本人はいたって真面目、嫌味など一切ないから余計に質が悪い。


「……ホンっと最低な人。そのままのたれ死んだら良いのよ。もう二度と会うことも無いわ」


 顔を赤らめたリエラが街道を歩き出す。その後をついて行く六郎。


「何でついてくるのよ!」

「そらぁ、街まで行きたいけぇの」


 何を当前のことを聞いている? そう言いたげな六郎の瞳にリエラの顔面が更に赤くなる。


「アタシの助けなんて要らないんでしょ?」

「ワシが要らんと云うたんは金と服、あと得物だけじゃ」


 肩を竦め悪びれる様子のない六郎に、女神の顔が歪む。


「……街までよ」

「応、助かるの」


 歩き出したリエラの隣に並ぶ六郎。


「助かるついでに、この世界の事やら色々教えてくれぃ」

「アンタ……」

 いい加減にしろと言う言葉を飲み込んだリエラは、勝ち誇ったように


「ああそう言う事ね。何だかんだ言ってアタシの助けが必要なんじゃない」


 笑顔を六郎に向けている。


 当の六郎はと言うと――そんなリエラの態度に眉を寄せた。


「一人でも何とかなるじゃろうが、都合よく色々知ってそうじゃけの。効率が上がるなら使は使わにゃツマランかろうが」


「言、い、方ぁぁ!」


 六郎の歯に衣着せぬモノの言い方に、リエラは耳まで真っ赤だ。


「アンタ絶対今まで友達とか出来たことないでしょ?」


 リエラは言っていて、自分にブーメランが刺さっているのを感じている。


「よう知っとるの! お主……や、お前が初めての友人じゃな」


 ニコリと笑う六郎の笑顔は、リエラにとって太陽よりも眩しく映った。

 なにせリエラも友人など出来たことがないからだ。


「し、仕方ないわね。街に着くまでの間なら色々教えてあげるわ」


 先程までの赤とは違う赤。


 リエラ自身こみ上げてくるその赤に戸惑いつつも、隣の友人に悟られたくなくその顔を背けた。


「そうか。助かるの。早速じゃが、結局これはどうしたらエエんじゃ?」


 勢いのまま刈り取った五つの首を持ち上げる六郎に


「そんな事アタシが知るわけ無いでしょ!」

「なんじゃ。エラそうに云うわりに役に立たんの」

「だ、か、ら、言い方ぁぁぁぁ!」


 口の悪い僧侶と、首を五つ提げる男前山賊。


 周囲を行く人々が遠巻きに彼らをやり過ごしている事を、二人は全く知らない。


 これから行く先々で様々な問題を起こすトラブルメーカーコンビ。


 その出会いを知るものは意外にも少ない。

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