第6話 敵の敵も敵

 周囲に響いた六郎の声に、その場の全員の動きが鈍る。


 盗賊たちも、六郎が全く気にならないというわけではない。


 堂々とした半裸の男――話だけ聞けば、ただの馬鹿だ。

 ただの馬鹿であるはずなのに、実際目の前にするとよく分からない圧を六郎から感じている。


 だから護衛が六郎に助けを求めた事に舌打ちし、今その助けを断った事に安堵と同時に不思議さも感じている。


 ……この状況で普通断るのか? という。


 顔を見合わせ、小首を傾げる盗賊たちの気持ちを代弁するように、軽装の男が口を開いた。


「こ、断るだぁ? アンタ人でなしかよ!」


「人でなし? 何を言いよんじゃ、この阿呆が。ワシはここをたまたま通りがかっただけやと聞いとらんかったんか?」


「だから頼んでんじゃないの! たまたまでも通りがかったら、助けてくれてもいいじゃない!」


 次に声を上げたのは二刀流の女だ。短く切りそろえた髪と気が強そうな顔だが、今はその顔に悲壮感を浮かべつつ、振りが鈍った盗賊の剣を弾いている。


「阿呆どもが……?」


 六郎が大きくため息をつきながら呟いた。


「エエか? ワシは――」


 口を開いたのも束の間。開いた口を閉じ、眉を寄せ六郎が考え込む。


「止めじゃ、やめやめ……どのみち。ここで見事に散らせぃ。こん戯け共が」


 笑顔の六郎が放つ恐ろしいほど冷たい言葉が、辺りに響いて消えた。


 淡々と人の死を告げるその言葉に、

 ボロを纏いながらも傷一つ無く白いその肌に、

 この辺りでは見ない黒い瞳と髪の毛に――


 その全てが異様で、そこで剣を交える者たち全ての心を、冷たい何かが掴んで離さない。


「し、死んでたって……アンタが助けてくれたら――」


「お前ら……ホンに阿呆じゃな。次同じような場面にあっても? たまたまワシが通らんければ、お前らはこのまま死んどった……違うか」


 声を張り上げるでもない、それでも底冷えがするように響く声に、護衛だけでなく今や盗賊達も冷や汗を流している。


「――ならば死ねい。サパッと死んで黄泉路を行けぃ。お前らが死ぬんはお前らの弱さ故。お前らが弱いけ死ぬんじゃ。


 冷たく言い放たれた一言に護衛チームの顔は見る間に青褪めていく――


「――ハッハー! 気に入ったぜ兄さん。アンタ俺の下につかねぇか?」


 そんな冷え切った空気を壊したのは盗賊の頭目と思しき大男だ。


「断る」


 そんな大男にも静かに言い放った六郎の言葉が突き刺さる。


「おいおいおい。勘違いしなさんなよ兄さん。これはだ。俺の提案に乗っときゃ少なくともアンタは怪我はしねぇ」


「その口ぶりじゃと、お前らがワシを害せると云う風に聞こえるぞ?」


 獰猛な表情で笑う六郎。もちろん相手の答えは分かりきっているが、万が一を考慮して一応質問を紡いだだけだ。


「害せるも何も、テメーなんか一瞬だよ」

「なるほど……」


 顔を片手で覆い「クククク」と笑う六郎。目の前の異常者に大男以外の全員が固唾を飲んで状況を見守っている。


「お前は先程勘違いと云うたな? そりゃこちらの口上じゃ。ワシはどっちの味方でもない。そう云うたのは、どっちもワシに敵意がなかったけぇじゃ」


 ゆらりと立ち上がった六郎に、何人かの盗賊が生唾を飲み込んだ。


「ワシを一瞬で害せると? その程度の腕でか? 笑わせよる」


 笑いながらゆっくりと距離を詰める六郎に、手下の盗賊が少しだけ後ずさる。その様子を見た大男が声を張り上げた。


「格好つけてんじゃねーよ! この人数差で丸腰の奴が何出来るってーんだよ」


「そうじゃのぅ……どうとでも――」


 ポツリと言い放った後、六郎が盗賊たちとの距離を一足で詰める。

 地面を陥没させる踏み込みとともに繰り出されたのは、六郎のボディブロー。


 その一撃が盗賊の脇腹を穿ち、肉と骨が潰れる音が辺りに響き渡った。


 血を吐きその場に倒れ伏す盗賊。


「なっ――お前らやっちまえ!」


 大男の怒声に、護衛を押さえている数人以外の盗賊が一斉に六郎に飛びかかる――


 丸腰の六郎の頭上から迫るショートソード。

 その振り下ろしを一歩前へ詰めながら、相手の腕をとる六郎。

 盗賊の手に握られたままのショートソードで別の振り下ろしを受け止める。


 響く金属音と呆ける盗賊の顔――が一瞬にして苦痛に歪む。


 六郎が手を持ったまま、盗賊の股ぐらを蹴り上げたのだ。


 その痛みに思わずショートソードが盗賊の手から落ち――るそれを六郎が空宙で掴みそのまま回転し横に一閃。


 剣を受けられていた盗賊の脇腹にめり込んだショートソードが、肉と骨を潰しながら盗賊を吹き飛ばした。


「……とんだじゃ」


 一刀両断出来なかった事が不満なように、六郎が大きく息を吐いた。


 かと思えば股を押さえ、蹲る盗賊の首筋に上段からショートソードを叩きつけた。


 骨と肉が潰れちぎれる音が周囲に響き渡る。


 吹き出す血飛沫、その紅が六郎の白い顔面に飛び散り色を付ける。



 蹲っていた男の首が切断された勢いで転がり、護衛をしていた白僧服の足元へ――「ヒッ」――という短い悲鳴を、辺りに吹く爽やかな風が消し去っていく。


 斬ったと言うにはあまりにも荒々しい切り口。

 叩き斬るという表現がここまで似合う、酷い切り口は無いだろうという。


 醜い首筋は既に力なく地に倒れ伏し辺りに血の臭いを撒き散らしている。


 白と紅、そして六郎の黒髪。そのコントラストの残酷な美しさに周囲の盗賊たちが及び腰に。


「頑丈さは……まあまあと言ったところじゃな」


 首を叩き斬ったショートソードが、曲がること無く真っ直ぐしているのを見て、六郎は少しだけ笑う。


「突きのほうはどうかの――」


 呟く六郎の地面を穿つ踏切――一足で間合いを詰めた六郎の直突きが盗賊の胸に突き刺さる。


「おお! 突きは中々――む?」


 胸を貫き、思ったよりも抵抗がなかったそれに六郎が喜んだのも束の間。相手を貫通したショートソードが抜けなくなってしまった。


 いつもの癖で、貫いた身体の一部を引き切ろうと下に力を込めながらショートソードを引いたのが駄目だった。

 なまくらでは綺麗に斬ることが出来ず、骨や肉が刃こぼれ部分に引っかかったように止まってしまったのだ。


「仕方がない……此奴の武器を――」


 落ちたショートソードを拾おうとした六郎に迫る別の盗賊。


 振り下ろされたその剣を避けるため、六郎が後ろへと飛び退いた。


 相手の攻撃は難なく躱した六郎だが、また丸腰に戻ってしまう。


「死ねぇ! この狂人め!」


 半狂乱の盗賊がショートソードを縦に横にと振り回しながら六郎へと迫る。


 振り下ろし――半身で躱し

 横薙ぎ――飛び上がり。


 横薙ぎをやり過ごした六郎が、空宙で一回転。


 回転の勢いそのまま盗賊の顔面へ踵落とし――骨が潰れる鈍い音。


「……わらべのチャンバラじゃな」


 頬を陥没させ、地面に倒れ伏す男を一瞥する六郎が吐き捨てる。


 その後も――

 振り抜かれる短剣を、屈んでやり過ごしながら相手の顔面へカウンターの掌底。

 そのまま相手の顔を掴み上げ、地面へ叩きつけるコンボ。


 突っ込んでくる相手の勢いを利用した背負投――からの顔面踏み抜きのコンボ。


 蹴り上げた砂で目潰し――からの喉仏への足刀蹴りというコンボ。


 気がつけば六郎の周りには頭蓋を砕かれ、首を折られた盗賊の死体がいくつも転がっている。


「な、なんなんだよお前は――」


 護衛側を抑えていた盗賊たちも既に六郎の手にかかり、気がつけば残っているのは大男と少し離れた場所で弓をつがえている二人の盗賊。


「何って――」


 六郎が徐に短剣を拾い、それを弓盗賊へ投擲――「ぎゃ」と言う短い断末魔とともに、一人の弓盗賊が力なく膝から崩れ落ちた。


「――ただの通りすがりじゃ。と云うたじゃろ」


 倒れた仲間の敵を討とうと、もう一人の弓盗賊がその矢を放つ――がその矢を六郎が難なく掴む。


「――ヒッ、ヒィィッィィィ」


 悲鳴を上げ、這々の体で逃げ出す弓盗賊に、六郎が侮蔑の視線を向けると落ちていたショートソードを思い切り投擲。


「ぎゃーー」


 先程の弓盗賊より大きな断末魔を残し、が地に倒れ伏した。


「さて、一瞬でどうのと云うとったが……


 ショートソードを拾い上げる六郎の、隠すつもりもない嘆息。


 吹き抜ける風をしても、消すことの出来ない濃密な血と死の臭い。


 その中心に立つ六郎が、剣を肩に乗せ笑顔を見せると、大男の額を脂汗が伝う。


「しゃらくせー!」


 叫んだ大男の周りが、陽炎の様に歪んだかと思えば、目にも止まらぬスピードで六郎との距離を詰め、その手の大鉈を振り下ろした。


 響く轟音と巻き上がる砂塵。


「し、身体強化――」


 舞い上がった砂塵に目を細めながら、護衛の中の誰かが叫ぶが


 砂塵が収まった後に出現したのは――


 大鉈を地面にめり込ませた大男と、そんな大男の首にショートソードを突き立てている六郎の姿。


 大鉈を紙一重で避けるとともに、手に持ったショートソードで首を突いたのだ。


「おかしか術を使うのぅ。力、速度、どれもワシが見たより数段速くなっとる……が、己の力に振り回されておるようじゃ、話にならんわ」


 突き立てたショートソードから手を放し、その柄に向けて六郎が上段後ろ回し蹴り――。


 蹴りの勢いでショートソードが首を支点に回転――骨と肉が千切れる音が当たりに響き、最後は「ボトリ」と大きな音を立て大男の首が地面に落ちた。


「他愛ない」


 ポツリと呟く六郎を見上げる大男の首は、恐怖に満ちた苦痛の表情だ。


 そんな六郎を遠巻きに眺める護衛の集団。


 その護衛集団の中から、二刀流の女が一歩前に出て口を開く。


「結果として助かった事、礼を言うわ。でも出来たらさっさと何処かに行ってくれないかしら?」


 言葉には隠しきれない棘が含まれている。それはそうだろう。見殺しにされるところだったのだ。怒っても致し方ない。


 だが、当の六郎は女の発言に若干の違和感を覚えた。


「立ち去るのは構わんが、二、三聞きたいことがある」


 振り返った六郎に、護衛の集団の肩がピクリと跳ねた。


「……何かしら?」

「そん馬車……荷物が殆ど見当たらんが何を運びよんじゃ?」


 まっすぐ射抜くような視線に、女の頬が一瞬引きつる。


「……素材と私達の食料とかね」

「素材?」

「モンスターの。倒したモンスターの素材を入れてそれを運ぶの。私達は結構遠くに行くことがあるから馬車は必須なのよ」


 女の言に「なるほど」と六郎は頷いた。


 確かに倒れた馬車の先にはぶち撒けられた食材が見て取れる。


 だがそれ以上に六郎が気になっているのは――


の死骸を入れている割りには、綺麗な荷台じゃの?」


 不敵に笑う六郎と額に脂汗を流す女。


「……私達は綺麗好きなのよ」

「ほんならお前らの鎧も磨かねば、道理に合わんぞ?」

「こ、これは旅に出てる途中だから」


 使い古された鎧。年季が入っていると言えば聞こえは良いが、確かに馬車の荷台に比べたら汚れが目立っている。


「ホンマにの死骸を入れとんか?」

「……入れてるわよ」

「そうか。ワシはてっきり簀巻きにした人でも、運びよんやねぇかと思っとったが?」


 不敵な笑みを崩さない六郎の視線の先には、困惑し、仲間であるはずの護衛たちをキョロキョロと見渡す白僧服の女。


(こいつだけ矢鱈と金になりそうじゃけの)


 六郎の考えどおり、白僧服の女だけ装備や見た目が豪華だ。


 隣のローブ女が木の杖なのに対して、白僧服は金色に輝く杖。

 使い古され汚れた鎧に対して、白く輝き金糸で刺繍の施された服。

 お世辞にも整っているとは言い難い護衛たちの顔に対して、美しい見た目。


 持っているものも、本人自体も高く売れそうなのだ。


「どうなんじゃ? 簀巻きの人を運んどったんじゃろ?」

「そ、そんな事するわけないじゃない!」


 女の声に焦りと怒りが混じりだす。同時に他の護衛たちも若干腰を落としている。


「そうか……ほんなら、何故お前らの馬車、そんほうから小便の臭いがする?」

「しょう……べん?」

「応、小便じゃ。大方簀巻きにして、放り込んだ奴が漏らしたんじゃろ?」


 簀巻きにされ、猿轡を嵌められ、恐怖による失禁。

 はたまた尿意に耐えられずの失禁。


 どちらか分からないが、人を拐かした経験のある六郎からしたら馴染み深い光景だ。


「ほら、今もまた風にのって小便の臭いが――」

「そんなわけねーだろ! ちゃんと道中休憩をとって商品には――あっ」


 軽装男の口をついた言葉に、白装束以外の護衛たちが全員、軽装男を睨みつけた。



「阿呆が。語るに落ちたの」


 六郎の言葉で護衛もとい人攫い達も観念したのか、全員が武器を抜き臨戦態勢に。


 そんな中、白装束はと言うと――


「ひ、ひぇぇぇぇ」

「動くんじゃないよ。動くとコイツの首を斬り落とすよ」


 ――二刀流女に人質に取られていた。


「応、勝手に首でん足でん斬り落とせ。ワシには何の関係もなか」

「お、鬼ー!」


 腕を組む六郎に白僧服の女の悲鳴が突き刺さる。


 そんな二人のやり取りなど聞こえていないように、突進してくる鎧の男と軽装男。そしてローブの女は杖を掲げ何かを呟き続けている。




 ☆☆☆




「し、死ぬかと思った……」


 白僧服の目の前には綺麗に並べられた五つの首。


 大男のものと、人攫い集団四人のものだ。


 人質までとったにもかかわらず……いや、そもそも人質としての役目を果たさなかった故、本来四対一での戦闘が三対一に。


 そして一瞬で二対一、一対……と二刀流女が白僧服を放り出し慌てて駆けつけた頃には時既に遅しであった。


 結局全員この戦闘でその生命を散らすこととなった四人の表情は、大男のそれとほとんど大差ない。


「さて、お主に聞きたいことがあるんじゃが……」

「な、なによ……?」


 思っていた以上に気易い話し方の白僧服に、何故か六郎の口の端は自然と上がる。


「こいつらどうしたらエエんじゃ?」


 首を指す六郎に、白僧服の顔が見る間に強張っていく――


……もう――!」


 まるで六郎という人物をよく知っている。

 そう思える白僧服の叫びは、風に流れて消えていった。

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