第4話 一周回ったら結局同じ

「ぎぃやあああああああ! グロいグロいグロいグローい! これ完全にR指定じゃないの?」


 青褪めた顔に手を当て女神が絶叫。


「何を訳の分からん事を喚きよんじゃ」


 そんな女神を呆れたような表情で見る六郎。


「普通はトラックで轢かれなさいよ!」

、っちゃ何ね?」

「あー! そこからですか!」


 髪を振り乱した女神が「もう最悪、どうなってんのよコレ」とタブレットを操作する。

 タブレットに映っているのは先程女神が回した『日本人限定ガチャ』の画面。


 その上に書いてある『提供割合』というボタンをタップする女神。


 ずらりと表示されている人の名前や顔写真。そしてその横に表示されている確率。


 もちろん今もその情報はドンドン入れ替わっているが、女神がタブレットの端を指でなぞると――タブレットの中だけ時間が巻き戻っているかのように、情報が巻き戻っていく。


 消えたはずの写真が復活し、入ってきたはずの写真が出ていく――逆再生のような映像が流れ続ける事暫く。


 ある程度情報を戻した所で女神はその手を止め、画面をスクロールし始めた。


 画面を一心不乱にスクロールする女神を、六郎は腕を組んだまま眺めている。


 そんな六郎の視線の先で、女神ははたと気付いたように、六郎を見ると――


「アンタ名前は?」

「六郎じゃ。ただの六郎」

「ロクローね、オッケー」


 再びタブレットに集中し始め、「名前が短いから逆に目立ちそう」とスクロールを始める。


「あった……」


 声を漏らし、手を止めた女神の見つめる先……タブレットの中に表示されている六郎の小さな顔写真と名前。そして情報は――


「うっそでしょ?! 一七世紀初頭? 江戸時代って何? しかも出現確率0.00000000000000000000000001%ってどんな引きよ!」


 タブレットを放り投げ、頭を抱える女神を見つめる六郎は完全にジト目だ。


「お前はさっきから何をしよんじゃ」


 六郎が声をかけた先、項垂れてプカプカ浮く女神が顔だけ六郎へと向けた。


アタシの引きの強さを呪ってるのよ」


 超大当たりと言われる人材。


 高学歴

 高身長

 あふれるカリスマ

 格闘技経験あり

 趣味はキャンプに料理


 という一人人材宝庫というような人物でも、出現確率0.000000003%という確率なのだ。


 六郎の出現確率がどれだけ低く、それを単発で射抜いた女神の引きの強さ、いや弱さは推して知るべしと言ったところだろう。


「んで、結局お前はワシに何のようじゃ?」

「……アタシの世界に行ってほしいの」

「お前の世界? 何じゃそりゃ」

「はあー。そっから説明が必要なのよね」


 諦めたように女神はその身を起こし、六郎に今の状況や女神の望みを説明し始めた。


 曰く、女神は世界を管理しているが、その世界は魔物という人類の脅威が存在すること。


 曰く、魔物のせいで人口が思うように増えず、発展が遅いということ。


 曰く、人口を少しでも増やそうとこうして、異世界からの人材を投入しているとのこと。



「……なるほど。ワシはお前の世界に行って、自由に生きれば良いと」

「ええ。それだけよ。それで


 顎に手を当てる六郎は「そんな事でエエんか」と訝しげだ。


 もちろん女神が説明したことは嘘ではない。

 人口を少しでも増やし、発展を助けたいという思いもある。


 ただ、世界を回す人材というのは、転生先で様々な発明や行動が期待できる人間だ。


 新たな調味料の開発

 新たな料理の開発

 新たな統治方法

 新たな国の建国 

 新たな娯楽

 新たな価値


 そう、現代日本人が持つ知識や、技術が欲しいというのが本音だ。


 様々な世界で検証がなされた結果、現代日本人がもたらす技術が、最も彼女たち女神が作るこの輪廻の輪を象る世界には、相性が良かったのだ。


 はるか宇宙の進みすぎた技術ではなく、中世のような少しだけ進んだ技術でもない。


 ちょうどいい塩梅、かつ民族的な礼儀正しさなどがバッチリ嵌るのだ。


 だが……六郎にそれを期待するのは無理だろう。


 日本人だが、生きてきた時代は中世と変わらない。そして何より先程見た六郎のだ。


 え? もしかしてモンスターですか? と女神自身問いたくなる程苛烈で凄まじい最期だった。


 女神たちがよく知る日本人とはかけ離れていると言っても過言ではない。

 これでは日本人であるという意味など無いに等しい。


 そう思った女神はとりあえず自由に生きてくれと言ったのだ。


 六郎が自由に生き、その世界で生を全うするだけで女神には新たな女神コインが支給される。


 あわよくばその苛烈な姿勢で少しでも魔物を倒し、世界の経済だけでも回してくれたらという思いもある。


 経済が回れば女神が受ける恩恵も幾ばくか増え、次の人間に加護を渡すことが出来るかも知れない。


 端的に言うと女神は六郎を諦め、次に願いを賭けることにしたのだ。


 諦める女神の視線の先、六郎は大きく頷き口を開く。


「そうか……断る」

「分かったわ……ってええ? 断るって言ったの?」

「応。断るとも」

「なんで?」

「つまらなそうじゃけ」


 六郎はそれだけ残すと後ろ手をヒラヒラ振りながら白い空間を歩き出した。


「ちょーーっと待って。断られると困るんだけど」


 六郎の前に一瞬で転移する女神。諦めはしたが、自分の世界には行ってもらわないと困る。


 その女神を獲物を見るような目で見つめる六郎。


「な、何よ……」

「いや、お前……中々――」


「だ、駄目よ。女神は処女性が――」

 再び自身の胸と股ぐらを抑える女神。

「いや、今の動き。中々の手練てだれじゃな」


「…………」


 六郎の言葉を聞いた女神が顔を赤らめながら居住まいを直した。


「手練じゃないわよ。ただ転移しただけ……待って――アンタ強いのと戦いたいの?」


 女神の言葉に六郎は笑った。


「そらぁ男に生まれた以上、己の力を試して見たいと思うのはさがじゃ」


 笑顔だけ見れば爽やかだが、その内容はあまり褒められた内容ではない。


 それでもその笑顔に一瞬だけ女神は見惚れてしまっていた。


 そんな自分に気付いたように女神は「ン、んん」と咳払いを一つ――


「なら、アタシの世界はアンタにとって最高よ……なんてったって剣の一振りで大地を割るような人間がいるんだから」


「そいつぁスゲェのぅ」


「興味が湧いたかしら?」


「俄然……な」


 獰猛な表情で笑う六郎に女神は一瞬たじろぐ。……こんな獣のような男を世界に解き放っても良いものかと。


 いや違う。こんな好戦的な男を裸一貫で放ってしまう、


 確かにこれから行く世界では、経験こそ積めば女神の言うように大地を割る程の力を手に入れられる。


 だが、その経験を積むために相手をするのは、魔物や既に経験を積み身体能力を上げた人間だ。


 悩む女神を見る六郎が口を開いた――


「心配せんでもエエ。ワシがすぐ死んだとしたら、そりゃワシが弱かったってだけじゃ」


 まるで女神の心を読んでいるかのような六郎の声に、女神がはっと顔を上げた。

 その顔を見る六郎は満面の笑みだ。まるで女神を安心させてくれているかのような。


「アタシ、アンタに渡せるモノ加護が一つもないんだけど……」

「阿呆。女に養ってもらわにゃアカンほど耄碌もうろくしとらん」


 おずおずと話す女神を、カラカラと笑う六郎。


 剛毅と言えば聞こえが良いが、女神からするとこの場合向こう見ずの大馬鹿者にしか映らない。


「えっとそういう意味じゃなくて……」

「分かっとるわい。知らぬ土地に放り出すんじゃ。本来なら路銀なりなんなり渡すんが筋じゃろな」


 微妙に会話がずれているが、恐らく六郎にとって女神の加護など逆に迷惑なのだろう。そう女神は思えてきている。


 路銀どころか転生する人間にチートと言う名の加護を渡すことも出来ない。


 それでも六郎を送り出さなければ、始まらないのだ。


「本当にいいの?」

「構わん。ワシならなんとかなる。


 女神の発した最後の確認。


 その問いに真っ直ぐな瞳で笑う六郎に、女神は「その死ぬのが一番の問題じゃない」とため息を吐いているが当の六郎は気にした素振りもない。



「じゃ、じゃあ――早速行ってみる?」

「応。話が早くて助かるの」


 笑う六郎に「それはこちらの台詞よ」と女神も自然と笑顔になる。



 一度大きく深呼吸した女神が、その体裁を整え六郎に向かって微笑んだ。


「では、貴方の第二の人生に幸があらんことを――」


 女神が六郎に手をかざすと、六郎を白い光の柱が包む――


 光に向かって女神が小さく「――これが私が出来る精一杯よ」と呟くが六郎には聞こえていない。


 女神が六郎に与えたのは、若返らせた六郎の身体に、死ぬまでに身につけた技術や経験と異世界での言語の知識だ。


 この状態が向こうの世界での六郎のベースとなる。要はレベル1だ。そこから経験を積んでいけば、そのベースに応じて更にパワーアップ出来る仕組みとなる。


 そう女神がしたことはベースを六郎の全盛期に持ってきただけ。


 女神からしたら大したことは無いはずだった。今までもそうしてきたのだから。

 

 だが女神は知らない。この六郎という人間を、いや日本という国がかつて生み出してしまったサムライと言う名の戦闘マシーンの真価を。


 そして女神は知らない。


 光が収まる頃には六郎の姿はこの空間から消え失せていた。

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