『ルミナとコバルト』〜二人で紡いだ思い出の物語〜

藤井光

『ルミナとコバルト』


現代ドラマです。

病気の描写を含みます。ご注意ください。




 気がつけば、俺、小林透こばやしとおると、幼なじみ、安藤成美あんどうなるみはいつも一緒にいた。

お互い家が近かったのもあったし、俺らは気がついたらいつもどちらかの家に遊びに行って、テレビゲームをしたり、本を読んだりして遊んでいた。

なかでも成美が好きだったのは、二人で一緒に考えながら、俺が書く物語だったと後で知った。


『ルミナとコバルト』シリーズ。

ヒーローとヒロインの名前は成美が考えた。

ルミナは成美を並び替えて、コバルトは俺の名前、小林透から思いついたらしい。

いかにも小学生らしい名付け方だ。


 ルミナは王女様。そしてコバルトはいつもルミナのヒーローだった。

花の写真のノートの中で、コバルトは山に登ったり、竜と戦ったり、たまにはゲームのボスキャラなんかと戦ったりして、いつもルミナを助け出していた。

 まるでテレビゲームの勇者みたいなものだったけれど、それでも成美はいつも俺の作品を楽しみにしてくれていたし、俺も成美の笑う顔が見たくて、つい同じような話しを何度も書いてしまうのだった。


 けれど、男と女なんて、中学校になればその関係は変わってくる。

俺らが進学したのは市内じゃ大きい中学校で、1年生だけでも6クラスもあった。

俺は1組、成美は6組。


 それでも最初のうち、成美は毎日のように俺のクラスの前まで来ていた。

でも中学生なんて、ちょっといきりたい年頃だし、いろいろ誰かをからかいたくもなるんだろう。

6組の女子が毎日1組の教室を覗いてくるなんて普通ならまずないだろうし、あいつの目線に気づかれた日には、俺は当然、同じクラスの奴らにからかわれるようになってしまった。


「小林、カノジョが来てるぜ。」

なんて毎日のように言われてたら、こっちだっていい気はしない。

だからつい言ってしまった。

「馬鹿、カノジョなんかじゃねえし!」


 それきり、成美は俺のクラスを覗かなくなった。

5月の大型連休が明けて、6月に雨の日が続くようになっても、教室の前に成美は姿を見せなかった。


 そして7月。

久々に顔を見せた成美に、俺は呼び出された。


 教室の奴らが廊下の窓から顔を出して俺らのことを見ていたけれど、成美はずんずん進んでいって、とうとう廊下の端っこの東階段まで来てしまった。

特殊教室が集まっているこのあたりは普段からあまり人は寄りつかないし、大人ぶってみた不良たちがタバコなんかを持ち込んだりもするものだから、正直気持ちのいい場所じゃない。


「なあ成美、なんでこんなとこまで?」

聞いたとたん、ばしっと頭を何かでたたかれていた。

「なんだよこれ。」

両手を頭の上へやって、それをつかんで顔の前へおろす。

茶色い紙でできた、近所の文房具屋の紙袋だ。

「あけてみて。」

久々に聞いた成美の声だった。


 俺は言われるまま、紙袋からテープを剥がして中身を取り出す。

それはコバルトブルーのきらめく表紙のノートだった。

「なんだよこれ。」

「大学ノート。」

そんなことは見ればわかる。

俺がききたいのは、なぜ俺に今、大学ノートを渡すのかってことなのに。


「私さ、今度ちょっと遠いところに行かなきゃならなくなったんだ。

 だからさ、それ餞別せんべつ。」

ちょっと待て。餞別って離れる人に残る人が渡すものだろ。

けれど、今聞きたいのはそんなことじゃない。


「遠いところって、引っ越しとかか?」

「うん、まあそんなところ。」

「大変だな。でも、なんで俺にノートなんか?」


 俺が聞いたら、成美は下を向いて、とんとんと上履きのつま先で床をたたいてから俺に言った。

「私さ、透の書く話、好きだったよ。

 だからさ、もう一回、思いっきり書いてよ。『ルミナとコバルト』シリーズ。

 そんで、できたら一番に私に見せに来て。待ってるから。」

そういうと成美は足音も高らかに、教室の方へと走って行ってしまった。


『コバルト』だからコバルトブルーのノートだっていうのか。

俺に、もう一回『ルミナとコバルト』シリーズ書けって?

冗談だろう。もう中学生だ。ヒーローに憧れるような子供じゃないし。

俺は恥ずかしくなって、家に帰るとすぐに、そのノートを学習机の引き出しに突っ込んでしまった。


 そういえば、家のまわりでも、いつからあいつのこと見てないんだっけ。

引っ越しの準備で忙しいんだろか。

このとき俺は、そんなことを考えていた。



 そんなある日、俺はたまたまうちの母親と、成美のお母さんが話しているのを聞いてしまった。

成美は、隣の市の病院に入院しているらしい。

冗談だろ?遠いところって、そっちの意味なのか?


 俺は走って家に帰ると、机の引き出しを慌てて引いた。

コバルトブルーのノートは新品のままそこにあった。

待っていろ成美、かならず書き上げて持って行ってやる。

 俺は鉛筆を握ると真新しいノートに、あの頃と同じように、王女ルミナを助ける勇者コバルトの話を書き連ねていった。


 ルミナは不思議な力がある王女だ。だからいつもモンスターにさらわれて、そのたびにコバルトがそれを助けに行く。

 物語の舞台は毎回違う。

岩山だったり、深海だったり、宇宙だったこともあったっけ。


 けれど、考えながら書いているうち、俺はぱたっと手を止めていた。

俺が書きたいのは、成美が今読みたいのはこれじゃない気がする。


 俺は鉛筆を消しゴムに持ち変えると、ノートの最初から、そこにある文字を次々と消していった。

「あっ。」

そのとき嫌な音が聞こえて、ノートの1ページが真ん中から大きく裂けてしまった。

消しゴムに引っ張られてくしゃくしゃになったページを手のひらでそっと伸ばしてみる。

 けれど、裂け目がつながる位置に来ても、ノートについてしまったしわはもう元通りになんか戻りはしない。

成美にもらった、大切なノートなのに。

俺は自分が泣きそうになっているのに気づいた。

そうだった、俺は泣き虫だったんだっけ。


 そういえばあの頃にも、俺がこうやってノートを破いて泣きそうになっていたら、成美はなんにも気にしないみたいに、破けたページに不器用な手先でテープを貼って繋いでいた。

「透くんは勇者コバルトでしょ。」

なんて言いながら。

 もしかしたら、あいつは泣き虫だった俺が強くなれるように、物語の中で俺を勇者にしていたんだろうか。


 けれど、今戦っているのは俺じゃない。成美だ。

俺は鉛筆を握り直すと、もう一度、最初のページから二人の冒険を書いていった。

書かれるのは新しい『ルミナとコバルト』。


 今度のルミナはただ守られるだけの王女じゃない。

不思議な力を持っていて、その力を、世の中を汚すものを浄化するために使える姫勇者だ。

そしてコバルトはそんなルミナを守る騎士。


 どんどんと筆は進んだ。

待ち受けるモンスター ――病原体どもを倒しつつ、物語の中、二人はついにボスへとたどり着いた。

ボスの名前は――Cancerキャンサー



 物語はついに終わった。

Cancerキャンサーを倒し、ルミナとコバルトは結ばれ、幸せになる。

俺はノートを閉じ、天井を見ながら息を吐いた。


 やがて俺はノートを脇へと抱え込むと、部屋を飛び出し、夕暮れの町へと駆け出していった。

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『ルミナとコバルト』〜二人で紡いだ思い出の物語〜 藤井光 @Fujii_Hikaru

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