第82話 演奏開始


 予選と同じく、前のバンドが講評を受け始めたのをゴーサインにして、スタッフ達がセルリアンの部員をステージ上へ押し出す。


 いちかは満員の客席を眺め、意表をつかれた。


「こんな、小さかったんだ……」


 ステージから見た大ホールは、夢見ていた景色よりも狭かった。

 ホールのキャパシティは充分のはずだが、いちかの憧れが、過大に膨らませてしまったらしい。


 気負っていたものが、すべて落ちた気がした。


 ニューロードが退場し、名物司会者の女性ピアニストが話している間に、いちかは曲頭の指揮を出すために舞台前方に移動する。


 仲間たちの顔を右から左へ見ていくと、みんながリアクションを返してくれた。


 翠は朝から楽しそうで、予選のような緊張は見られない。


 碧音はサングラスの奥で、平然と澄ましている。


 舞台袖にいるはずの美雪にも視線を飛ばす。


 みんながいる。

 不安はない――


「それでは、ご紹介したいと思います。今回で出場は十三回目となります」MCの女性が高らかに読み上げた。「敢闘賞一回!」

「イェア!」観客の多数のレスポンスが返る。

「審査員賞一回!」

「イェア!」

「奨励賞一回!」

「イェア!」

「東央大学セルリアンジャズオーケストラの皆さんです。どうぞ!」


 ステージライトが、人々の視線が、セルリアンの部員のために集まった。


 張り詰める静寂――


 誰もが注目する舞台の上で、いちかは手の動きとともに、小さくカウントを呟く。


「ワン、トゥ、ワントゥスリィッ――!」


 空を裂くように上げられたいちかの右手に合わせ、ホーン隊が一斉に咆哮した。

 刃物のように鋭い和音と、圧倒的な音圧が、客席を襲撃する。


 いちかは右手で『もっと吼えろ!』とホーンを煽り立てながら、左手で正確にリズム隊へのカウントを出す。

 途端に、リズム隊の強烈なグルーブが曲を突き動かし、音楽を鼓動させ始めた。


 いちかの指揮の元、十六の個性が混ざり合い、形を成し、ついには一匹の音楽の怪物を作り上げる。


 痺れるような実感が、いちかの全身に走った。


 私、ついにこの舞台に立ったんだ……!


 ホーン隊のロングトーンを右手に掴んでぶっ千切ると、いちかは笑顔を迸らせて、リードアルトの席に駆け戻った。


 曲は、バンドは、強烈なエンジンを回転させ、爆走し始めた。


 後はもう、勢いのまま駆け抜けるだけだ――





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