第78話 私の大会


 長い梅雨を抜け、朝日が顔を出す時間が、みるみる早くなる七月。

 太陽からの光が厳しくなるにつれて、まるで北風と太陽のように、人々の服装も薄着になっていく。


 全国の大学生ビッグバンドにとっては、最後の追い込み期間だ。


 セルリアンは、高苗清菜、通称かねきゅんを筆頭にC年が六人も入部し、去年の夏とは比較にならないほどの賑やかさだった。


 いちかの生活は、再びセルリアン一色となった。


 残り少ない授業を受けては、うるさい部室へ直行し、練習する。

 食事の時間も仲間たちと一緒に過ごし、自分の家には帰って寝るだけ。


 今までの人生でも、最も濃く騒がしい日常だ。


 こんな日々が過ごせるなんて、思っていなかった。


 夢ではないだろうか……


 いちかは頬をぐっと引っ張ってみた。




 ――そして、目を覚ました。


 目覚まし時計がけたたましく泣き喚いている。

 叩くように止め、いちかはベッドの中で呻いた。


 記憶の波間に溶けて消えかけた夢を、掬い上げようとする。


 どんな夢を見てたんだっけ……いい感じだったのに……


 六畳の部屋にはクーラーの音だけが静かに反響している。

 レースカーテンを通して、夏の鋭利な日差しが差し込み、いちかの顔を直に焼いていた。


 眩しいことこの上ない。そして、


「……暑い」


 モゾモゾとブランケットを蹴飛ばして起き上がり、汗だくのTシャツをはためかせながら、ぼうっとした頭で考えた。


 今日は夏期講習だっけ……?何か予定があったような……?


 枕元のスマホが震え、いちかを呼んでいた。

 ロック画面には、雄也からのチャットがいくつも並んでいる。


『おはよ!』

『大丈夫⁉』

『もしかして、また死んでるの……?』


 雄也からの連絡。夏休み。


 あぁ、雄也たちの大会があって……それに誘われて……


 再びスマホが振動し、チャットが連続で更新された。


『今日はヤマノだぞー!』

『家押しかけるぞー!』

『本番だぞー!』


 突然、点と点が実線で結びついた。


 違う!私の大会だ……!


 驚いてベッドから出ようとしたが、ブランケットに足を取られ、いちかは床に転がり落ちた。


「わっ!……ッタタ」


 打った肘と腰をさすりながらも、いちかの口元は綻んでいた。


 痛いということは、これが夢ではないということ……


 机の上には、アイマスクや寝つきを良くするドリンクなど、緊張で寝付けずに苦戦した証がたくさん転がっていた。


 テレビ台の上の時計を見ると、八時二十分を示している。

 部室集合の約束は八時半。午後の本番に備え、最後の合奏をすることになっている。


「最悪……!」


 いちかは慌てて洗面台へ駆け込んだ。





🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸


 こういうキャラ好き、こういうストーリー好き、等思っていただけましたら、

 ★レビューで応援お願いします!

 https://kakuyomu.jp/works/16817330652299130579#reviews

 (↑上記URLから飛べます!)


 ★の数はいくつでも構いません!

 あとから変更できますのでお気軽に!ひとつでも嬉しいです!


 もしよければTwitterのフォローもお気軽に!

 https://twitter.com/iyaso_rena

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る