第69話 凍てつく川
着ていた服をほとんど脱ぎ捨て、パジャマ一枚になっても、水を吸った服は重く、泳ぎづらかった。
岸では碧音が何か叫んでいるようだったが、搔き分ける水音の間では曖昧にしか聞き取れない。
川の流れは思っていたよりも速かった。
がむしゃらにペースを上げる。
体は燃えるように熱かったが、瞼の裏に焼き付いた碧音の憔悴した顔が、いちかの体を突き動かしていた。
翠も部活も壊して、その上、碧音まで楽器を捨ててしまったら、本当に全て壊したことになってしまう。
せめて、彼が大事にしていた楽器は、何としてでも返したい……
自分のせいで何かが壊れるのは、もううんざりなんだ……!
どす黒い闇を掻き分け続け、どのくらい経ったかわからない。五分のようにも、一時間のようにも思える。
気づくと目標物は目の前にあった。
「っ……もう少し!」
いちかは俄然力を込めて前に進み出て、流れ去りかけた楽器ケースを引っ掴んだ。
やった――!
荒い息を吐きながら、辺りを見渡す。
街灯の列に縁取られた対岸は、淡く遠く見える。今は川の真ん中辺りだろうか。
戻らなければ……
再び足に力を入れ、バタつかせ始めた。
しかし、気力が切れたのか、限界が来たのか、体は先ほどとはまるで別物だった。
ここは凍てつく冬の川。
長時間の泳ぎで体温は奪われ、身体が止められないほど激しく震えている。
手や足が固まり、痺れ、感覚がなくなっているのがわかる。
必死に足掻いてみても、川岸の光は一向に近づかない。
濡れた髪を振り払い、染みる目を懸命にしばたくが、次第にピントが合わなくなり、視界が狭くなっていくのを感じた。
いちかは、熱があることを久しぶりに思い出した。
風邪を引いて冬の川に入るなんて、本当にどうしようもない大バカ野郎だ。
突然、瞼が鉛のように重くなり、抗えないほどの眠さが襲う。
体が、徐々に闇の底へ沈んでいくのを感じる。
薄れていく意識の中で、頭には美雪の姿が浮かんでいた。
あぁ、私、結局あの子の言う通りだ……バカだなぁ……
遥か遠くで、碧音が自分の名前を呼んでいるような気がした。
それを事実か幻聴か確かめる術もなく、いちかの意識は泡のように消えていった。
― 第五章 大会編 了 —
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