第66話 白球


 夜の帳が落ちた町を、いちかはふらつく足取りでただ歩いていた。


 一年間住んだこの土地も、徘徊していれば見知らぬ場所に迷い込む。

 いつから歩き続けているのか、向かっている場所はどこなのか、今が何時だかも分からず、興味もない。


 部室棟前のベンチを立った後、部室に戻った記憶も、家に帰った記憶も、食事をした記憶もなかった。

 熱で視界はぼやける中、脳内では同じ思考が延々と回っていた。


 自分が青春の後悔を晴らそうとしたせいで、部員を追い詰め、翠を潰し、挙げ句は翠の帰るべき場所すらも無くしてしまった。


 もう、努力なんかでは、セルリアンは帰ってこない。


 体を引きずるように彷徨い続けていると、どこからか、


 カキンッ――


 と高い金属音が耳に届いた。


 その後に続いて、人の喚く声が微かに聞こえる。

 道向こうの大きな公園で、野球グラウンドの照明が火花が飛びそうなほど激しい光を放っていた。


 草野球の試合か、練習か。


 いちかの瞼の裏に、真夏の甲子園球場が色鮮やかに浮かび上がってきた。

 満員の客席に見守られ、青空から降ってくる白球を一心不乱に追いかけているのはいちか自身。


 駆け抜け、飛び込むと、ボールは見当違いの遠くに落ちる。


 球場全体がいちかを見てため息をつく。


「やっぱり、私には無理だったんだ」


 言葉にすると、腑に落ちた。


 雄也の勧誘もきっぱり断り、独りの勉強を続けていれば良かったのだ。

 あのときは、それが最も平和だと知っていたのに。


 どうして再び夢を見てしまったのだろう……


 自罰的な歩みが国道に合流すると、大きな橋が眼前に現れた。

 本能が、なぜか流れる夜の川を見たがっている。


 いちかは初めて目的地を定め、とぼとぼと向かい始めた。





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