第65話 凡人
美雪は棟の入り口に佇んだまま、じっといちかを眺めている。
彼女は笑っていない。
それなのに、全身からはまるでプレゼントを見つけた子供のような無邪気な喜びが発散していた。
「寂しかったでしょ、独りで戦うの。わかるよ。つらいよね、先頭に立ってやる気のないみんなを引っ張るのって」
彼女はベンチに近づきながら、いちかに向かって歌うように話しかけていた。
「走っても走っても走っても、目標には追いつけない。初めから素質があって、世界の方から近寄ってきてくれる人たちとは根本的に違う。私たちは凡人」
「……馬鹿にしてる?」
その返事として彼女の見せた微笑に、いちかはゾッとした。
怖いくらい品がよく、優しく、冷たかった。
「違うに決まってるでしょ。ただ、見てみたかったの。いちかはどこまで行けるのか、私の考えは合ってるのか。そしたら、ちゃんと答えてくれた。私が正しかったって」
「どういうこと」
彼女はいちかの目の前に立ちはだかった。
「弱小校から全国大会に行く人たちって、いるじゃない?有名な指導者が移ってきたとかで、数年で上に行っちゃう、ムカつくアレ」
いちかは頷く。
今までコンクール出場も危ぶまれていたような学校が、三年も経たずに全国に出場してしまう、部外者からは理解できない事象がある。稀にだが。
「同期が下手だってわかった時、私は本とかインタビューとかを貪るように読んだ。何をしてるのか知って、実際に行動にも移した。でも、そうやって気づくのは、そういう学校とは決定的に違う"何か"」
美雪は苦々しげに歯を食いしばった。
まるで、今でも疼く古傷の痛みに耐えるように……
「高三のコンクールで負けたとき、きっと"何か"を持ってる人は、最初から決まってるんだと思った。私が真似したところで無駄だったんだって。でも、まだ頑張りが足りなかったとか、効率が悪かったとか、結局私のせいって疑いも捨てきれなかった……」
そこまで言うと、思い出したように彼女は明るい笑顔を見せた。
「だから私、いちかがセルリアンに誘ってきたとき、本気で大会目指してるんだって分かったとき、本当に嬉しかった。だって、きっとうまくいかないから。もし万が一成功しても、過去の私が努力不足だったんだって、やっと蹴りがつく。そして今、答えが出た」
「……そのために、セルリアンに入ったの?」いちかの胃から吐き気が込み上げていた。頭がズキズキと痛む。「私の失敗を待つために?」
美雪はそれには答えず、目を細めた。
「私、ずっと友達が欲しかったんだよね。同じ傷を負った、似たもの同士の友達。ねぇ、友達になろう、いちか」
いちかは、力なく首を振った。
「なりたくない……美雪さんと私は違う……」
「同じだよ」
「違う……」
「なら、どうして今年の出場を諦めなかったの?」美雪はしゃがみ込み、俯くいちかを覗き込んだ。二重の大きな瞳が蛇の目みたいに怪しく光っていた。「来年なら、みんなの負担も軽かったよね?言わないでいいよ、分かるから。理由は、冷静に天秤にかけたから。先輩たちが卒業した後に自分の夢が叶う確率と、今年みんなにかける負担の量とを。どう、当たりでしょ?」
「……」
いちかが表情を歪ませると、美雪は満足そうに
「やっぱり、いちかは私と似てるよ」
と笑って、立ち上がった。
「次会うときは、いい加減呼び捨てにしてね。もう友達なんだから」
そう言い残すと、彼女は部室棟へと消えていった。
澄み切った寒空の下には、青い顔をしたいちかだけが取り残された。
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