第64話 手段と目的


 部室棟脇のベンチに連れ出され、さくらが買ってきたお茶を口にすると、少し気持ちが落ち着いてきた。


 三月の空気はひんやりとして、澄んだ空の明るさは嫌味なほどだった。


「私、サークルなんて、所詮は所属欲なのかなって思うんですね」隣に座るさくらが、おもむろに口を開いた。


「へ?」

「大学って毎日来る訳でも、クラスがある訳でもないですよね。何かに所属しないと、卒業までこの広いキャンパスで独りぼっち。だから、人との繋がりを保つために部活やサークルに入る」

「……」

「そういう人にとっては、音楽は手段に過ぎない。でも、いちかさんは反対ですよね。部活に所属するのが手段、音楽が目的。ただ、それはマイナーな立場だと思うんです。特にこういう小さな場所では」

 彼女が温かいお茶を飲むと、薄い唇から白く淡い息が僅かに昇る。


「ヤマノを目指すことが間違ってたってことですか……?」

「そうかもしれないですね、結果的には」彼女は忖度なしに言う。「でも、努力しないことが許されるなら、努力することも許されるはずだと思いませんか?少なくとも、私はそう思う方ですけど」


 さくらはベンチから立ち上がると、

「落ち着いたら、戻ってきてくださいね。せっかく入った部活が解散なんて、面白くありませんから」

 と労わるように言って、部室棟へ戻っていった。


 しかし、いちかはそこから動けなかった。

 考えは同じ所にぐるぐる滞留している。


 戻るったって、どんな顔をしていけば戻ればいいのか。


 みんながエレナと同じ意見だったら?


 途中から入って部活を荒らした奴と思われているのなら、もうあの場所にはいられない。


 そもそも、翠というリーダーを失い、暗い雰囲気に落ちた部活に、一体誰が残るだろう……


 春近いとはいえ屋外はまだ肌寒く、両手に握り締めていたペットボトルは、とうに温もりを失っていた。


「やっと気づいた?これが私たちの現実」


 不意の言葉に、いちかは顔を上げて部室棟を見やった。


 美雪が入口に立っていた。





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