第63話 メチャクチャ
翠との電話の後、
「用事がある」
と帰っていった碧音の他は、全員部室に戻っていた。
意気は先ほどより更に下がっている。
元々人の少なかった春休み中の部室は、翠が不在になったことで、もうほとんど空っぽだった。
「さぁ、練習しましょう!」
いちかが、翠に倣って手を叩いてみるも、部員から返事は帰ってこない。
「翠、大丈夫かな」ゆうゆが小さく呟いた。「もう帰ってこなかったりして……」
いちかも心臓が握り潰されるようだった。
帰ってこなかったら、誰のせい……
防音扉の開く音と、芳樹の悲鳴が聞こえたのは、そのすぐ後だった。
扉の先にいたのは、帰省中のはずのエリカだった。芳樹は力任せに開けられた扉にはねられたらしく、鼻を押さえて涙目。
エリカはそれを無視し、鞄も置かず、足音立てていちかに詰め寄った。
「どうしてあんなことさせたの」
開口一番いちかに叫んだ彼女の怒りの表情は般若さながらだった。
「あんなことって……」
「どうして翠にピアノ弾かせたの」
大学に依頼が来てから今まで、エリカは帰省で不在だった。
つまり、この件はエリカの関わらないところで全て行われたことになる。
事件のあらましと悲惨さは、セルリアンのグループチャットから察したのだろう。
「それは……翠さんの次の舞台として相応しいかと思って……」いちかはしどろもどろになりながら答えた。
「お前何様だよ。どうせ、ヤマノまでにワンチャン復活してくれないかなとか思ってたんでしょ?」
いちかは口籠もってしまう。図星だ。
エリカは首元に食いつくような威勢で怒鳴っていた。
「翠が今までどんだけ気ぃ張ってピアノ弾いてたか知ってんの?都合良すぎなんだよ!自分が世界の中心だとでも思ってた?」
「でも、翠もやるって賛成したんだよ?」ゆうゆが庇うように口を挟んだ。
「やりたいって言ったの?翠が自分から?」エリカが鋭い視線をゆうゆに向けながら詰問する。
「……最初は渋ってた。私の期待を汲んでくれたんだと思う」
いちかは自白した。何も言い返すことはない。彼女の言う通りだ。
エリカは怒りの中にも、勝ち誇ったような顔をした。
「そう、翠はそういう人なの。ずっと一緒にいたんだから、いちかもわかってたんじゃない?その優しさに漬け込んで、無理させたんでしょ」
いちかの口は開かない。否定できるほど自分の心に確信はなかった。
あのとき、翠は明確に拒否していたのに、どうして乗り越えられると考えた……?
その方が自分に都合が良かったからだ。
本人のことを第一に考えていれば、依頼を受けるという選択肢は取らなかったのではないか……
「エリカは、前から元々気に入らなかった」彼女は止まることなく糾弾を続けた。「いちかがヤマノ目指すって言ってから。人もいないウチが大会に出ようったって、辛いだけで良いことなんてひとつもない。でも、私だけ抜けても拗ねてるみたいだから、ここまでやってきた。なのに結局、想像してた数倍、悪いことになった」
「私はただ……」
「翠を潰すほどのことだったの?」
その一言にいちかは項垂れた。
そんな物がある訳ない。
エリカはいちかを容赦なく指差した。
「こいつのせいで部室は空気悪くなったし、翠はトラウマを再発した。ねぇ、日向子が楽器吹けないってずっと泣いてんの、知ってた?まだ始めて数ヶ月だよ?お前さ、いる意味ある?疫病神じゃん。被害者ばっかり作ってんじゃん」
「ちょいちょい、エリカちゃん一旦ストップ。言い過ぎよぉ?」
隼人が慌てて間に入ったが、
「うるさいッ!黙ってろッ!」
一喝。
あまりの剣幕に、彼はすぐに引き下がる。
「お前が来てから、セルリアンはメチャクチャだよ……」
エリカは吐き捨てるように言うと、いちかに背を向けて、
「今日で部活辞める」
「え……」
「翠もいないのにいる意味なんてないもん。じゃ」
「ちょっと待って……」
いちかの言葉は届かず、扉は冷たく閉まった。
冷たく重い沈黙が部室に流れる。
いちかの心は掻き乱され、自分でも理解できないまま、笑って口走っていた。
「……アハハ、どうしよう。トランペットもいなくなっちゃった」
「いっちー!」嗜めるゆうゆの目には、涙が溜まっていた。「そういうことじゃないでしょ!」
「一回、外に出ましょうか。ね?」
近づいてきたさくらは、優しくいちかの肩を抱えると、先ほどエリカが出て行った扉へと導いた。
いちかはなすがまま、部室の外へ歩いていった。
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