第59話 汗と涙の結晶‼︎濃厚塩ラーメン‼︎


 午後五時を回った頃、部活終わりのいちかは、怜と美雪と共にバスで駅前まで移動した。


 夕暮れ時の繁華街は、まだ社会人の帰宅時間には早いためか、人通りはまばらだ。

 急ぎ足の怜の案内で、繁華街の小道を複雑な順路で進んでいく。

 強い風が冷気を運んで、どこの街路樹も凍えるように枝を揺らしていた。


 うらぶれた飲み屋街を下り、怪しげな通りを突っ切って開けた場所に出ると、ようやく目的地が見えた。

 真っ赤な軒の小汚い店で、店先に並んだのぼり旗には、読むだけで暑苦しい文面が印字されている。


『汗と涙の結晶‼︎濃厚塩ラーメン‼︎』


「汚い塩……」美雪の呟きが耳に入った。


「ここのラーメンはラーメンを超えてる。ラーメン以上の存在」怜は力説した。「アタシは宇宙一の飯って呼んでる」

「飯全体での評価なんですね……」

「普段はめっちゃ行列できるけど、こういう平日の晩飯前なら割と入れる」

 怜が我が家のように入店する後ろを、二人はついていく。


 寒風に当たり続けていたので、湿気も温度も高い店内は入るだけでホッとした。

 空いていたカウンター席に座ると、怜が水に口をつけつつ言った。


「大丈夫かいっちー。寝れてるか?」

「……いえ、そんなに」

 誤魔化しは効かない。いちかは白状した。


 近頃は夜間にも練習していること。

 やるべきことが頭を占めて寝付きが悪いこと。

 深夜にも二、三度起きてしまうこと。


「飯もろくなもん食ってなさそうだし」怜がため息をついて言う。

「はい……」

「体壊したら、練習できないべ?」

 いちかは頷いた。


「頭では分かってるんですけど、焦って仕方ないんです。みんなのスキルも上げなきゃだし、私の力も全然足りない。時間はない。でも諦めたくない……でも……」

 今日のことが頭に浮かぶ。

 顔に手を当てて独り呟いた。


「私が悪いんですかね……」


 そのとき、いちかはハッと胸を突かれた。


 これは、美雪の言葉だ――


 第二音楽室で美雪に言われたことを、今、自分の口が言っているのだ。


 微かな不安を感じながら顔を上げると、美雪の視線とかち合った。

 すると、美雪は席を立ち、無言のままいちかの前までやってきて、いちかの首元に手の甲をつけた。


「ひゃ――」

 情けない声が漏れてしまう。冬の外気にさらされていた彼女の手は、氷のように冷たい。

 位置を変えて何度か首筋をペタペタと触られた挙句、今度は前髪を避けて額に手のひらを当てた。


 いちかは、やっと彼女が何をしようとしているかがわかった。

 真面目な顔をして感覚を澄ませる彼女を、大人しく見上げて待つ。


「……手が冷えててわからない」

 一瞬眉根を寄せると、彼女は当たり前のように額に額を突き合わせてきた。


 不意の至近距離にいちかは思わず視線を外し、息を殺した。

 こんなことする人なのか、美雪さんって……


 やっぱり自分は、この人のことをよく知らないみたいだ……


「うん。熱ある」

 一人納得すると、ようやく美雪は自分の席へ戻っていった。


「そ、そうかな……」

 自分でも額に手を当ててみた。言われてみると微かに高いのかもしれない。


「よし、明日は休みだ。寝ろ。食え。これで予選勝てなかったらアタシのせいだ」


 ちょうど、三杯のラーメンが運ばれてきた。

 怜はいちかの器を引き寄せると、調味料からニンニクペーストを勝手に追加し始めた。


「え、ちょ――!」

「風邪ひいたらな、バカみたいにニンニク入れたラーメン食えば治んだ。鬼木家の人間はそれで治す」

 備え付けのスプーンは器と容器の間を何往復もし、いちかのラーメンには最終的にニンニクの山ができていた。


「入れ過ぎでは……」

「食ってみ」

 聳える白い山をなるべくスープに溶かして散らし、ラーメンを啜ると――むせ返りそうなほどニンニクで辛かったが――塩の奥深さと旨味が口の中で膨らんだ。


「うま……」


 胃の中からじんわり暖かさが広がっていく。

 気づかないうちに身体の芯が硬く凍てついていたことが感じられた。


 怜は無心でラーメンを啜り出したいちかに得意げそうにみると、美雪にもニンニク容器を差し出した。


「みゆきちも、ほれ」

「いや、私は元気なんで」


 美雪は怜から器を遠ざけた。





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