第57話 武者修行


 冬晴れが気持ちの良い休日。

 大学から離れる方向に進む電車の中に、楽器を引っ提げたいちかの姿があった。


 目的地最寄りの駅を降りると、そこは初めて訪れた街。

 傾斜のある道路を少し登るとすぐに、その偉容は現れた。


 東央大学から最も近い強豪校。常開大学。


 東央大が自然豊かな山の上なら、こちらは見晴らしの良い丘の上。全体的にお洒落なカフェのような雰囲気の漂う広大なキャンパスで、鉄筋コンクリートの建物がタケノコみたいにいくつも生えていた。


 偏差値も、大学の知名度も、こちらの方が圧倒的に上。


 常開大の学生だろう人々とすれ違うたび、他大の学生とバレないかと、要らない心配が心によぎった。


 いちかが翠にお願いしたのは、他大バンドへの武者修行の口利きだった。


 DVDで狙いをつけたいくつかの大学名を挙げると――驚くことに、翠は殆どのバンドにコネがあった――翠は常開大学を勧めて、連絡を取ってくれた。


 常開大学ニューロードオーケストラ。

 創部からの歴史もあり、ヤマノ本選で上位入賞し続けている理想的な強豪バンドだ。


 いちかはオープンキャンパスに来た高校生のように、新鮮さと不安を抱えながら、指示された『八号館』という建物を探した。


 地図や案内板を頼りに、なんとか約束の時間に見つける。


 棟の前には、若い女性が立っていた。


 ウェストが絞られたベージュのワンピースに、大きめのスニーカーを合わせた、春を先取りした装い。ファッション雑誌から飛び出して来たかのようだ。


 近づいてくるいちかに気づいて、互いにもしかして、とお辞儀をした。


「あの、ニューロードの方ですか?」

「うん!セルリアンの?」


 二人は玄関前で自己紹介を交わした。


 水澤穂高という名のその女性は、声が驚くほど可愛かった。

 高く溶けるような音色と、明るく転がるような笑い方。

 アニメ声とはよく言うが、まるで声優だ。


 垢抜けた見た目と声に、いちかはつい恐縮してしまった。


「今日はよろしくお願いします」

「あ、敬語は使わなくていいよ。どっちもC年だから」

「そうなんだ……」

「同い年の方が喋りやすいだろって、先輩が。じゃあ、部室まで行こっか」


 いちかは更に落ち込んだ。

 美雪といい、この人といい……劣等感ばかり受けてしまう……



・・・


 穂高の後について馴染みのない階段を地下に降りていくと、すぐ先にグレーの防音扉が待っていた。扉の上には『大練習室』とプレートがあったが、ニューロードの部室、とわかるものはどこにもない。


 中に足を踏み入れて、いちかは目を見張った。


 狭い――


 その部屋は、見た目こそセルリアンより真新しかったが、広さはおよそ半分しかなかった。

 ビッグバンドおなじみの箱型譜面台が並んでいるが、残されたスペースは二人通れるか程度の幅しかない。

 壁にはチラシがベタベタと貼ってあったが、ジャズ以外にも、ロックやクラシックや合唱など脈絡がなかった。


「ここ、他の団体とも共用だから、結構カオスなんだよね。アンプとかも共用だったり」

 いちかの座る椅子を用意しながら、穂高が言った。


「時間も制限されるから、個人練習は基本的に各自でやってきて、全体練習は合奏だけ。っても、C年とかは自分達で場所借りて合わせたりしてるけど」


 いちかは驚きを隠せなかった。

 自分たちは環境的に恵まれていたなど考えもしなかった。


 初めて見る他団体の部室をしげしげと眺めていると、穂高以外の部員たちが続々とやってきた。

 彼らは、見慣れない人間が座っていることに興味津々だった。


「その子、入部希望?」ギターケースを担いだ女性が穂高に尋ねる。

「いやセルリアンの子っすよ。この前野中さんが話してたでしょ」

「あれ、なんだっけそれ」

「ヤマノのために修行しに来るって言ってたじゃん」

「あーはいはい。あれね。完全に覚えてたわ。あれね」

「セルリアンって、あの人いる場所だよね。あの、めっちゃうまいトランペット」

 眼鏡の男性が横から口を出す。

 すると、他の部員も混ざっていき、あっという間に囲まれてしまった。


「翠ちゃんのとこでしょ、セルリアンって」

「前トラで乗ったなぁ、懐かしー」

「めちゃくちゃ美人だよな、あの人」


 ワイワイと立ち話の中心に置かれながら、いちかは感慨深かった。


 ニューロードには、快活だが内輪のノリが強い、ザ・大学生という空気があった。

 同じバンド形態といえど、所違えば部員の傾向も、醸成される雰囲気も、全く違う。


 うちの部活って、大人しい方だったんだ……


 まるで初めて友達の家に泊まったような気持ちになりながら、いちかは彼らが話すのを見上げていた。





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