第56話 コネ
その日、いちかは休憩スペースのブラウン管テレビの前に座り、部室にあったヤマノのDVDを熱心に視聴していた。
映像データは高画質だが、外枠のせいで古い映画を見ているような趣きがある。
テレビの中では、過去の大学生たちが同年代とは思えない完成度の演奏を披露していた。
それに引き替え、セルリアンジャズオーケストラの部室は今日も空間を持て余している。
ホワイトボード上の不在者の枠は、部員の名前のマグネットシートで溢れていた。
それぞれ理由は、帰省、バイト、体調不良、寝坊、別サークルでの活動、不明など……
二月が訪れ、本格的に春休みに入ると、部員たちの出席率は底をついた。
技術的進展がほとんどないまま、時間だけが溶けていく。
合宿後に作った『ヤマノ予選まであと何日』という日めくりカレンダーは、無情にも残りは二ヶ月ちょっとであることを示していた。
予選は五月初旬。
四月はもちろん学業と並行なので、数で見るよりも練習に費やせる時間は少ない。
しかし、参加率の低いメンバーだけでなく、比較的部室に顔を出してくれる人たちでさえも、いちかのように危機感を抱いてはいないようだった。
いちかは頭を悩ませていた。
どうしたらみんなのやる気が上がってくるのか、どうしたら状況を打破できるのか……
翠だけは安定して成長しているが、仮に完全復活を遂げたとしても、このままでは宝の持ち腐れだ。
いちかはヤマノの映像を一時停止すると、決意したようにアップライトピアノを弾く翠に近づいていった。
「翠さん」
「はい?」
「コネ、ないですか?」
「コネ……?」
いちかは考えていることを翠に打ち明けた。
翠は、胸を叩いて言った。
「任せんしゃい!こちとら、コネで二年続けてますから」
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