第54話 野暮用
衝撃の夜を過ぎ、三泊を終えた合宿の帰り道は、睡魔の独壇場だった。
人のいない先頭車両で、一定のリズムで揺られながら柔らかな午後の日差しを受けては到底耐えられるものではなく、練習詰めで疲れていた部員たちはうつらうつらと船を漕ぎ、肩を貸し合って寝ていた。
いちかも座席の端でとろんと俯いていたが、不意に手に握ったスマホが震え、ハッと覚醒した。
犯人は、碧音だった。
同じ車両に座っているのだから、こっちに来ればいいのに、と思いながら内容を読む。
『次の駅で降りろ。話がある』
チャットも唐突でぶっきらぼう。
電光掲示板を見ると、繁華街のある大きめのターミナル駅だった。
このまま帰りたいのに……
いちかは不満に思いながら、仕方なく席を立った。
「あれ、どうしたの?」
隣で目を覚ました翠が、いちかを見上げていた。
「すいません、用事あるので、お先に……」
「あ、そうなの。お疲れ様」
翠が穏やかに手を振る。
すると、反対側のドアの方でも声が上がった。
「あれ、あおくんも?」さくらが尋ねている。
「おぅ。野暮用」
一瞬、起きている仲間の間に妙な空気が流れたのを、いちかは察知した。
なんだ……?
「そっかぁー。二人とも気をつけてねぇ」
ひとりだけいつも通りの翠に見送られ、二人は同じ駅で電車を降りた。
・・・
駅の外に出て、繁華街に入っても、碧音は何も話さない。
泊まりの荷物と楽器を手に歩かされ、いちかはさすがに痺れを切らした。
「あの、何の用ですか……?」
すると、碧音は足を止めて尋ねた。
「お前さ。なんか食いたいもんあるか?」
「え?」
「肉とか、魚とか」
「え」いちかは当然のように答えた。「野菜」
「野菜ぃ?」
怪訝そうに見つめる碧音に、いちかはもう一度繰り返した。
「野菜が食べたい。合宿で足りなくなったビタミンと食物繊維を体が求めてるんです」
合宿で三食出ていた弁当は、揚げ物ばかりの茶色弁当だった。
「野菜って……そんなもん、どこにあんだよ」
繁華街の中を再び歩き出した碧音は、真っ白で高級そうなビルの前に出ている看板を指した。
サラダバイキング、と書いてある。
「これでいいだろ」
そう言って、同意も取らずに入っていく。
いちかは諦めた。
もう好きにさせよう。
お金出してもらえそうだし、なんでもいいや。
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