第50話 気まずい湯船


 夕飯の後は各自風呂に入った後、個人・パート練習を続けることになっていた。


 いちかはマスターとE年との話し合いにくっついていたため、脱衣所に入ったときには衣服の入ったカゴがひとつあるだけだった。


 サックスは既にパート練を始めているはず。早く合流したい。


 パパッと手早く服を脱ぎ、入浴セットを手に中に入ってみると、浴槽に立ち昇る湯煙の先にいたのは美雪だった。


 いちかはギクリと身じろぎした。

 彼女の入部後から二ヶ月が経っていたが、未だに意識の底にこびりついた苦手意識は取り除けていない。


 しかも、裸一貫での対峙だ。なおさら気まずい。


 シャワーで済ませようか……

 逃げの一手が頭に浮かんだが、それはそれで意識しすぎな気がして、結局、いちかは先客のいる湯船に浸かった。


 変に離れるのもおかしいかと、微妙な距離を残して横並びに落ち着いてみたが、それはそれで「こいつ近すぎ」と思われているような気がして居心地が悪い。


 さらには、先ほどから貫かれている無言が、気になって仕方がない。

 風呂で余計疲れそうなったとき、


「いちかは合宿来たことあるの?」

「あ、ううん!初めて」救われたような気持ちでいちかが答える。

「そう」


 美雪を見ると、彼女は真面目な顔で手を伸ばしたりふくらはぎを触ったりしていた。

 ドラムで使う筋肉をほぐしているのだろう。

 美雪が腕をグッと上に伸ばすと、陶磁器のような肌の上を水滴が滑っていった。


「部活の人と泊まりって変な感じ。修学旅行みたい」

「そうだね。ブラバンでも、泊まりの遠征とかなかったし」

 そう言った途端に、いちかはしまったと口を覆いたくなった。


 吹奏楽部時代でも、泊まりの可能性はあったのだ。

 全国大会は都内が会場なので、もし進んだ場合は宿泊が必要だった。部員たちにとっては、それがひとつの楽しみで、目標でもあったのだ。


 美雪が相手になると、どうして余計なことばかり言ってしまうのだろう……


 いちかの後悔をよそに、美雪は肩を伸ばしながら言った。


「合奏できなかったね」

 今日の話だった。


「うん。さっきマスターとも話してたけど、このままじゃまずいね……」

「努力した結果はついてくるから、良くも悪くも。じゃ、お先に」

 そう言うと、彼女は先に湯船を出て、脱衣所に消えていった。


「励まされた……?」


 残されたいちかは、しばらくポカンとしてから、笑顔にならざるを得なかった。


 曲がりなりにも美雪と普通に会話できたことが、無性に嬉しかった。





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