第48話 春合宿
一般的な大学生の春は、一月末に始まる。
正月ボケの頭を揺り動かして、期末試験という山をどうにか乗り越えた先に待つ、二ヶ月を超える春休み。
この長期休暇をどう過ごすかは学生たちによって様々だ。
バイトに勤しんだり、海外に行ってみたり、惰眠や麻雀に費やしたり……
いちかの場合は、部活一辺倒。今は、楽器もハコメンも無くなった薄暗い部室で、一人感慨深げに壁を見上げている。
そこには、定演後に全員で目標を寄せ書きした大きな模造紙が留めてあった。
いちかと翠の希望により、全体目標として『本選出場!』という文字が真ん中にデカデカと書かれている。
やっと人数が揃ったところ。楽器歴の浅い者も多い。
それでも、E年、特に部の柱である翠がいる今年を逃せば、次のチャンスはない気がしていた。努力が必要だが、夢を叶えるなら今年だ。
模造紙を眺めていると、身の引き締まる思いがした。
セルリアンジャズオーケストラは、ここにようやく始動したのだ……
「いっちー?積み込み終わったよ?」
振り向くと、日向子が部室のドアから顔を出していた。
「あ、今行く!」
いちかは部室の外へ出ていった。
・・・
立ち上げ三年目にして、セルリアンジャズオーケストラは初めて春休みの合宿を行うことになった。
三泊四日の行程、その初日。
朝九時に大学最寄り駅に――車で楽器を輸送する人以外――全員が集合し、電車で大学所有の合宿所まで向かう予定だったが、バンドはそこで躓いていた。
雄也が耳にあてたスマホに聞き直している。
「え、隼人さんは寝坊?」
電話の先では、隼人がヘラヘラと謝っている姿が目に浮かぶ。
「ちょい貸し」怜が電話を変わる。重たいドスの効いた低音が響く。「おぉい隼人ぉ……こっちは時間通り来てんだぞコラ」
電話口から、「スマセッ!スマセッ!」と謝り倒す声が聞こえる。
いちかが苦笑いしていると、別の集団からも声が上がった。
「夜鶴さんもダメです!連絡もつきません」璃子がトロンボーン隊の中から挙手していた。
「でも想定通りです」さくらが柔らかい笑顔で付け足す。
「じゃあ、あの子たちは各自で来てって言っておいて。夏合宿と同じ場所だから。私たちは出発進行!えいえいおー!」
翠の号令により、いきなり二人欠けた状態で、部員たちはぞろぞろと改札に進んだ。
・・・
特急電車で都心のターミナル駅に出て、そこから再び地方へ出る電車に乗り換え、さらに数時間。
山の中腹に建てられた三階建ての合宿所は、降りしきる雨に濡れていた。
管理人夫婦に挨拶し、各々割り振られた和室に荷物を置く。
襖と畳の部屋、時代を感じるファンヒーター、クリーム色の固定電話。
部屋には古い旅館のような懐かしい風情が残っていた。
誰からともなく、畳の上に転がり、木製の天井を見上げる。
長時間の移動で身体は疲れていたが、いちかのワクワクは収まらなかった。
これが、人生初めての合宿……!
「トントン。いちか?」
開けっぱなしのドアを叩き、雄也が部屋の外で呼んでいた。
「はい?」
「マスター、もう着くって」
「え、早っ!」
いちかは慌てて立ち上がると、雄也と共に階段を降り始めた。
一階へ向かう途中、忙しなく歩く部員たちとすれ違う。
玄関ロビーでは、先に荷物を置いた部員たちが、広大の乗ってきたバンから楽器や荷物などを降ろしていたり、食堂の冷蔵庫に各自の持参品を詰めていたりしていた。
「どう?」
ロビーを眺めるいちかを、隣の雄也がニコニコ見ている。
「なに?」
「こういう大学生っぽいの、好きでしょ」
いちかを誘った張本人には、とっくにバレているらしい。
「……うん」いちかは気まずそうに答える。「めっちゃ好き」
雄也は悪戯っぽく、してやったりという表情をした。
まるで、入部前からまんまと彼の掌の上で踊らされているかのような気持ちだった。
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