第47話 打ち上げ飲み会
定演後の飲み会は、酷い有様だった。
広い座敷の居酒屋で、飲んで騒いで、笑い声が絶えない。
男衆が肩を組んで踊っている中に、いつの間にか、バンドメンバーではない背の高い男が混じっていた。
「ところで君は誰?」
翠がその侵入者を見上げながら、ふわふわと尋ねた。
開始数十分後にしてようやくである。
「定演来てくれた東央大生だぞぉ〜ん」彼と肩を組む広大が、歌うように言った。「来たいっていうから予約増やしたんだぞぉ〜ん」
「僕、ほんまめっちゃ感動したっす!セルリアン入りたいっす!」
熱っぽく訴える彼は、とても顔の小さい男だった。脚も長く、翠に負けず劣らずのモデル体型。
またセルリアンの平均外見レベルが上がってしまう……
「本当⁉」翠が前のめりに食いついた。「楽器何がやりたいっす?」
「トランペットやりたいっす!中高やってたんで」
「ラッパ経験者⁉あぁ、神様……!」
翠が興奮している中、いちかは自分の袖を摘まれているのに気づいた。
見ると、璃子がいちかの服を掴んでいない方の手で口を覆い、その見ず知らずの男に熱い視線を注いでいる。
「あの人、めっちゃ良くない……⁉スタイルいいし、顔もいいし……」
「え、あぁ、そうだね」いちかは初めて彼の顔をまじまじと観察したが、男の格付けには自信がない。「多分」
「私の王子様かも……」
「めんくい、ってやつ?」
ユラがケロッとした調子で聞き、隣のエリカが頷いた。
「そうそう」
「うらぁあ!うちの子に変な言葉教えるな!」
璃子が猛然と席を立ち、エリカの元にケンカしにいった。
「あとはバリサクだけですね」
いちかの横で、さくらが意味ありげに呟いた。
彼女の視線は一人で呑み続ける怜を盗み見ている。
すると、聞こえていたのかいないのか、怜がポツリと呟いた。
「……ウチも入ろうかな、ここ」
ビール片手に、虚ろな目は焦点が合っていない。
「え、本当ですか⁉」
いちかが飛びつくと、怜はうなだれる。
「追い出されちったからな、前いたとこ」
「それは……部員殴っちゃったとか……?」
「人を暴力女みたいに言うな!」
ジョッキを机に叩きつける。
後ろで芳樹がビクッと跳ねた。
「付き纏われてたのはこっちだっつーのに、なんでアタシが後輩の男取ったって話になんだ?こっちは年中パチスロしかしてねぇよ!つーか、最後に仲裁してきたあの審判気取りの女は誰だ!」
「ご、ご愁傷様です……」
いちかが同情すると、彼女は机に突っ伏し、ボロボロと泣き始めた。
「うぁー、生きづれぇーよぉ……パチスロしてるだけなのに……アタシがいけねぇの……?」
こちらはこちらで酔っ払いだ。意外と泣き上戸らしかった。
「怜入るの?これは乾杯だね!乾杯が必要だね!」どうやって聞きつけたのか、遠くで翠が不意に立ち上がるとグラスを突き出した。「新生セルリアンジャズオーケストラにかんぱーい!」
当の本人が号泣する頭上で、部員たちが本日五度目くらいの乾杯をする。
しっちゃかめっちゃかな居酒屋で、ジャズとは関係ない畳の席で、何の感慨もなくメンツが揃ってしまった。
いちかは苦笑してしまう。
どうやら、これでセルリアンは念願のスタートラインに立てたらしい。
酒の勢いで撤回されなければ、であるが……
周囲を見渡すと、つい数週間前までバッタリ会うことすら恐れていたあの美雪が、夜鶴たちと談笑していた。
体の中にはジワジワと喜びが湧いてきていた。
やっと全力で走れるのかもしれない。あの高校球児みたいに、白球を目指して、私も……
― 第四章 姉弟編 了 —
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