第46話 クリスマスコンサート


 クリスマスの音楽。クリスマスの色。クリスマスの空気。


 クリスマス一色に染まった繁華街の片隅にあるジャズバーで、セルリアンのメンバーが荷物を搬入していく。


 演奏会といえばホール。それすらもまた、いちかの常識でしかなく――セルリアンが定期演奏会を行う会場として押さえていたのは、広めのジャズバーだった。

 ステージが狭いとはいえ十七人程度のビッグバンドなら入るし、そもそもプロのビッグバンドが演奏する場所もジャズバーなのだから、何の問題もない。


 バーカウンターでは、翠はスキンヘッドの店長とフランクに話している。

 衣装をモノクロで統一した部員たちはあちこちに散らばり、店の前に演奏会のチラシを貼ったり、受付にパンフレットとドリンクチケットを並べたり、舞台の照明を確認したりと忙しく動いていた。


 その中には、美雪の姿もあった。


 思いがけなかったことに、彼女はエキストラではなく正式に入部した。やるならやり切る、ということらしい。さすがである。

 雑務雑用も当然のようにこなしてくれる彼女の様子を、いちかが無意識に追っていると、ふと目があってしまった。


 美雪は、なにか?という風に眉を上げる。


 何でもないと慌てて手を振ろうとしたとき、突然背中を大きな手のひらで一発叩かれ、息が止まる。

 振り返ると、背中にバリトンサックスを担いだ鬼木怜が立っていた。


「おいっすぅ……」怜がため息をつくように挨拶する。

「あ、おはようございます」

「うぃー……」

 彼女は力なく、身を引きずるようにステージへ向かう。


「最近元気ないよね」いつの間にか隣にいた雄也がしみじみと言った。「競馬か、パチンコか」

「最近競艇も始めたらしいよ」いちかが付け足す。

「賭け事怖い」雄也は、怜の小さくなった背中に向かって両手を合わせた。「くわばらくわばら」


・・・


 開場時間になると、人がポツポツと入ってくるようになった。

 大半は、東央大学の学生や、部員の親族知人など。いちかの家族も顔を見せる。


 しかし、案の定、誰の知り合いでもなさそうな人も程々には見受けられた。

 その中には、まとめサイトの管理人もいるのだろう……


「おーっ!マジで二人いるじゃーん」


 その声に、いちかはギクリと身を震わせた。

 翠に対しての言葉ではない。


 胃のすくむ、懐かしい声色の数々。

 振り向くと、萌絵と吹奏楽部時代の同期が立っていた。


 いちかに手を振っているが、不意打ちで言葉が出ない。冷や汗が腋から横腹へ伝っていくのを感じる。


「来てくれたんだ」

 いちかの後ろからやってきた美雪が、彼女たちに声をかける。

 美雪が呼んだのか……


「そりゃそうっしょ!みゆきちがジャズやるっつって、しかもいちかまでいるってんだから。ねぇ?」

 萌絵の言葉に、同期全員が深く頷く。


「いちかと美雪が一緒にやってるなんて、まだ信じられない」同期の一人が猫目をさらに丸くして言った。「まず、話すんだって感じ」

「あははー」

 いちかは気まずい笑いを浮かべる。同感だ。


 が、美雪がサラッと言い放った。


「別に話すでしょ。友達なんだから」


 その瞬間、いちかは内蔵が全部ひっくり返ったかのようだった。


 私を”友達”の括りに入れてくれてる――?


 自分がおかしいだけかと思ったが、同期たちも、美雪の言葉に曖昧な笑みを返している。


 時刻は開演に徐々に近づき、客席の上にはたくさんの話し声がさざなみのように揺らいでいた。

 部員が舞台へ上がりつつあるのが視界の端に映る。


「飲み物もらってくれば?始まる前にチケット使っておいた方がいいよ」美雪が同期たちに教える。

「これあそこに出せばええんか?あの列並べばええんか?」萌絵がカウンターを指差して狼狽える。「ジャズバーとか初めて来たからさ。ちょっとお洒落過ぎてキョロキョロ」

「大丈夫、行って来な」

 美雪に後押しされ、彼女たちはわいのわいのと騒ぎながら去っていった。


「おふたりさーん。そろそろ時間だよ」

 翠が通りすがりにかけてきた言葉で、いちかは我に返った。


 美雪は一足先にツカツカと客席を横切り、舞台へ上がっていく。


 自分が自意識過剰なのか、それとも美雪が純粋なだけなのか……

 どちらにせよ、自分は美雪のことを何も知らないのかもしれない、といちかは彼女の線の細い背中を追いかけながら、思い直した。


 一緒にセルリアンにいれば、何かわかってくるだろうか……


・・・


 客席側の照明がゆっくりと落ちる。

 闇が溶け出し、人と影との境界を曖昧にする。


 メンバーが舞台上に揃い、察した会場が静まっていくのを感じながら、不意に、本来の翠のラストステージはこの演奏会だったことが思い出された。


 考えごとは後だ。

 折角このメンバーで演奏ができるんだから。楽しもう。


 いちかは、心を切り替えてマウスピースを咥えた。


 ドラムスティックの乾いた音と美雪の鋭いカウントが、ステージの始まりを告げる――





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