第38話 まとめサイト
中学生の頃、いちかは興味本位に自分の名前をインターネットで検索したことがある。
大きな賞を取ったことも世間に知られる記録を残したことも――悲しいことに――一度もなかったので、いちかの情報はどこにも出てこなかった。
当時のいちかは、自分のプライバシーが漏れていないことに、少し安心したものだ。
そんな人間が今、図書館のPCルームで『門沢翠』と検索窓に打ち込んでいた。
知人の名前をネットの海に放流するのは、罪深い行為に思える。
思い切って、エンターキーを押す。
すると、自分の名前のときとは、桁違いのヒット数がモニター上に現れた。
「ひゃー……」
思わず小さく嘆声を上げ、ページタイトルを通読していく。
若手ピアニストをピックアップしたクラシック専門サイトの記事。
国際ピアノコンクールで翠が賞を取ったという全国紙のニュース記事。
音楽雑誌のインタビュー記事。
見出しだけでも、彼女が何者なのか一目瞭然だった。
彼女はクラシック界の超大型新人だったのだ。
いちかは画面を下にスクロールしていくと、公共性の高い記事の中にぽつんと、ドラマーの男が言っていたようなまとめサイトを見つけた。
『門沢翠の年齢や大学は?スリーサイズは?彼氏はいるの?プロフィールまとめ!』
典型的なタイトルに、いちかは不快感よりも思わず苦笑してしまった。
こんな煽り文を書かれる人が身近にできるとは……
サイトを覗くと、彼女の生い立ちから現在までの情報を羅列していた。
六歳からピアノを始め、小学五年生でクラシックのコンクールに優勝――
高校二年時には国際ピアノコンクールで第三位――
メディア露出の方面でも、教育番組『カヤートムジーク』で生徒兼ピアニストとして出演し、その腕と美貌からニュースやバラエティ番組などで取り上げられる――
いちかはその一文にガリガリと記憶の底を削られ、出し抜けに過去と現在が繋がった。
カヤートムジーク……
当時、幼い弟とよく見ていた番組だ。
慌てて別タブを開き、『カヤートムジーク』と検索。
教育番組の画像を呼び出す。
そのほとんどに見知った影が映っているのは、もはやホラー体験だった。
当時の翠は内向的かつ儚げな印象で、現在とは随分佇まいが違う。
しかし、その端正な顔立ちは翠そのものだった。
番組を見ていたときのいちかは、彼女の名前すら覚えようとはしなかった。
テレビの中の人間と後に知り合いになるなど、誰も思うまい。
確かに彼女はそのとき、芸能人だったのだ。
ブログの鬱陶しい広告を消し、続きを表示する。
そこで、いちかは手を再び止めた。
そのページでは、国際コンクールとは別のコンクールで、翠が一音も弾かずに舞台を降りたことが、詳細に記載されていた。
当時、複数の観客が彼女の異様な手の震えを目撃しており、病気やトラウマ、イップスなどを疑われたが、今日に至るまでそれに説明がされることはなく、翠の演奏活動は突然打ち切られた。
天才美少女の突然の失踪を、大衆はゴシップとして消化したようだ。週刊誌にも度々取り上げられたらしい。
勝手な推測が巻き起こり、時たま回顧されてて詮索される。よくある流れ。
ここまで読んでいちかはサイトを閉じたくなっていたが、最後のページタイトルを見れば閉じるわけにもいかなかった。
『当サイト独自調査!今はどうしているの?』
恐る恐るページを進めると、そこには、部外者が知るべきでない情報がこれでもかと盛り込まれた惨状が広がっていた。
大学と学部学科、取っている授業、お気に入りの学食メニュー、彼氏の有無。
一回生の頃にセルリアンを復活させ、部長の座に就いていること。
学祭コンサートや、定期演奏会の日程など……
「酷い……」
いちかは画面に向かって呟く。
これではストーカーが来てもおかしくない。いや、この管理人こそがストーカーではないか。
学祭コンサートの報告箇所には、やたら高精細な全景写真が貼られていた。
思わず、顔を歪めた。
いちかはこれを撮った人間を目撃している。
会場の最後方で堂々とカメラを構えていたのは、広報スタッフなんかではなかったのだ……
いちかは椅子の背にもたれ、目頭を押さえた。
学祭の客の半分以上はこの記事経由のファン、もしくは冷やかしだったのかもしれない。
他の部員たちも、当然この事情は知った上で活動しているはずだ。
何も知らず生きていたのは、自分だけ……
いちかは、自分の今までの無邪気さが恥ずかしくなった。
しかし、それに今更気づいたところで、いちかにできることなど何もなかった。
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