第31話 またの名を、BBQ


 大学から高速で移動し、二時間弱。

 川沿いのキャンプ場は、オフシーズンで空いていた。


 バンが到着して間もなく、真っ赤なレンタカーが隣に滑り込むように止まった。

 エリカ、ゆうゆ、夜鶴の後に、生気を吸い取られたような夏雄が運転席から降りてくる。


「大丈夫?」雄也が笑いながら聞いた。

「んなわけあるか」夏雄がぼやく。「全員わがままやし、夜鶴姉さんは『おもろい話してや』って振ってくるし。運転手労われ!」

 彼のやつれた顔を見て、入学してすぐに免許取ったことは絶対に黙っておこうと、いちかは心に決めた。


 キャンプ場の受付で、網やら食材やらを受け取り、河原へ降りていく。

 セルリアンの面々は、新入部員の歓迎会として、ここでバーベキューをする予定だった。


 バーベキュー。またの名を、BBQ。


 その言葉の響きに、いちかには落ち着かない。


 気の合う仲間たちとBBQ?

 そんなの、SNSの中でのみ存在するフィクションだと思っていた。


 BBQ奉行の広大の指導のもと、『準備いらず!秋の味覚セット』を金網の上で焼いていくと、それは堪らない匂いを放ち始めた。


 塩焼きの秋刀魚がジリジリと焦げ、椎茸の笠に溜まった醤油が煮えたつ……

 肉専用としたもう片方のコンロでは、滴り落ちる肉汁で炎が踊っている。


 自前のアウトドア用品を持ち込んできた広大は、アヒージョ鍋を前に職人のような顔つきをしていた。

 もはや歓迎会の空気ではない。


「そろそろ焼けたよ」

 トングを巧みに操っていた雄也の一言を合図に、沢山の箸がワッと群がった。

 一瞬のうちに、網の上は一掃される。足しても足しても消えていく。


 いちかは、大学の池の鯉の餌付けを思い出していた。


・・・


 全員の食欲が多少落ち着いた頃。


 いちかとユラ、璃子、エリカが木製の長いベンチに横並びに座っていた。

 ユラが焼きトウモロコシを齧っては、幸せそうに頬を落とす。


「うめー!みんなくればよかったのに」

「隼人はデートだっつってたから、うちらより楽しんでんでしょ」エリカが髪を耳にかけて、紙皿の肉に噛み付きながら言った。「他は知らないけど」

「彼女いんのあの人?ズル!こっちは『定演あるから〜』でなんとかするつもりなのに……」璃子は悩ましげにため息をつく。


「何をなんとかするの?」

 いちかが問うと、璃子の代わりにエリカが答えた。


「周りにクリスマスの予定聞かれたときにどう躱すかって話」

「あぁ、定演が二十四日だから」

「そ」エリカは軽く頷く。「でもイブだからねー、言い訳になりきれてねぇわ」

「ちくしょうっ」

 悔しがる璃子を置いて、いちかのテンションは舞い上がった。


 定演!


 それは、いちかは吹奏楽部の頃から一番好きなイベントだった。

 自分たちの好きな曲ができるし、お客さんを間近に感じられる、幸せな舞台……


 璃子がまるでアルコールのように、やけくそ気味にコーラの缶を煽って唸った。


「……やっぱウチの居場所はこの部活しかないわ。ここは独り身ばっか。安心だね」

「はぁ?エリカには翠がいるんですけどぉ。一緒にしないでもらえますぅ?」

「あははっ」璃子が急に真顔になった。「片想いはカウントに含みませんけど」

「何か呼んだかね?」


 振り向くと、翠が四人の後ろに来ていた。

 ズボンの裾を捲り、腕にはビーチボールを抱え、汗をかいている。完全にはしゃぎ中だ。


「翠先輩と定演出れてちょー嬉しいって話!」エリカが両手を合わせて乙女のように言う。

「私も嬉しいよ」

 翠がサラッと笑って返すと、エリカは断末魔を上げて動かなくなった。


「そういえば、定演の前に依頼コンボもあるけど、誰か出る人いる?今月の中旬なんだけど」

 翠が髪を上げながら、残りの三人に聞いた。


「依頼コンボ?」いちかが小首を傾げる。

「お店とかから直に依頼もらって、演奏しにいくの。楽しいよ」

「へぇー」いちかの胸が高鳴った。「それ、私も出れるんですか?」

「もちのろん!でも一曲はソロとってもらうからね」

「ソ、ソロ……私にできますかね……?」

 いちかの胸に不安が暗雲のように広がった。

 碧音の華麗なアドリブ捌きが、今は巨大な壁に思える。


「大丈夫だよ。最初は用意した譜面を吹けばいいから」翠はビーチボールを弄びながら言う。

「わかりました……ちなみに、翠さんってどれくらいソロやるんですか?全部?」

「私はやらないよ、下手だから」

「え……?」

「さ、飲み物取ってこよっと」

 突然、翠はボールを脇に抱え直し、クーラーボックスの方に歩き去っていった。

 まるで話はこれで終わりと告げているようだった。


 いちかは怪訝な顔で眉を顰めた。


 彼女が下手な訳がない。


 数ヶ月一緒に活動して、彼女の演奏スキルの高さはよく分かっていた。耳の良さだって、人並はずれている。


 しかし、思い返せば、彼女がソロを弾いたところは、一度も見たことがなかった。


「……じつはわたし、クリスマスのよていある」

 困惑するいちかの隣で、ユラが出し抜けに言った。


「えっ、はっ⁉」えらい速さで璃子が振り向く。「マジ⁉」

「まじ」ユラが申し訳なさそうに笑う。「きょうしゅくです」


「みんなして!クソッ!」

 璃子の悪態が爽やかな秋空に響いた。





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