第30話 みんなでお出かけ


 日曜。午前十一時。


 いつもは楽器やアンプが溢れんばかりに積まれるバンが、今日はセルリアンの部員たちだけを乗せて、秋めく東京を西へ西へと進んでいる。


 翠と雄也が企画した、学祭お疲れ小旅行の真っ最中である。


 騒がしい車内の最後部座席で、いちかはひとり感慨に耽っていた。


 サークルの人と車でお出かけって、なんかこれ、大学生っぽい!


 定員ピッタリに人が収められた車内では、会話やお菓子が最後列のいちかの前を飛び交っている。

 入学以来ボッチを頑なに貫いてきたいちかにとって、その光景は目に痛いほど眩しかった。


「いっちーのそれ、一個ちょうだい?アタシのもあげるから」

 隣に座る雛菊日向子が、いちかの手にあるグミを指差して、無邪気に言った。


 背が低く元気な彼女は、学祭での演奏に感動して入部してくれたC年女子だった。

 彼女は楽器に触れること自体が初めてで、今はトランペットから音が出るだけで大喜びしている。


 エリカと碧音と、三人の並んでいる姿を見ると、いちかは心底嬉しくなった。

 実質ひとりだったトランペットセクションが、一気に三倍になったのだ。


「酸っぱいけど大丈夫?」いちかがグミの口を開けて差し出しながら注意する。

「大丈夫!」日向子はそれを一つ口に投げ入れて、顔をすぼめた。「すっぺーッ!」

 日向子は酸味を中和せんと他のお菓子を放り込みつつ、いちかを挟んで反対に座る華川さくらにもお菓子を差し出す。


「さくさくもお菓子いる?」

 もうあだ名で呼ぶほど仲が良いのかと思いきや、当のさくらも目を丸くしていた。

「さくさく、って私のことですか……?」

「あれ、嫌だった?じゃあどういうのがいいかな」

「いえ、いえ。びっくりしただけです」

 真剣に悩み始める日向子を、さくらが手を振って静止する。


 バストロンボーンの吹き手である彼女は、お淑やかなD年の文学部生だった。

 これまでもエキストラで度々乗っていた楽器経験者だったが、学祭を機に入部を決めてくれた。

 黒髪で、立ち振る舞いも穏やか。普段着で和服を着てくることさえある、完成度の高い大和撫子で、天然でうふふと笑う、いちかの初めて会う人種だった。


「あ、じゃあ私のお菓子もあげますね」

 彼女は鞄から丸い小さな何かを二つ取り出して、日向子といちかに手渡した。


 それは、ラップに包まれた小さな茶色の饅頭だった。

 菓子は菓子でも和菓子……!


「おばあちゃんみたい」日向子が悪気もなく言い放った。


・・・


 学祭の後、日向子、さくらの他に、隼人もスカバンドとの兼部ながらセルリアンに入部した。

 これで、碧音含め四人が一気に加入し、セルリアンジャズオーケストラは総勢十五人の陣容となった。


 一般的なビッグバンドになるためには、あとはトランペット一本、バリトンサックス一本を残すのみである。


 いちかは、周りに聞こえないよう声を低めて日向子に聞いた。


「日向子さ、ここだけの話にするんだけど、碧音さんが同じパートで怖いなとか思ってたりしてない……?」

「え?ううん」なぜ聞くのかわからない、とでも言う様に日向子は首を振った。「あおさん、優しいよ」


「そうなんだ……」


「うん。丁寧に教えてくれるし、できるまで待ってくれるし。あおさんの言った通りにやるとすぐ吹けるようになるから、楽しいよ」


「へ、へー。そっか。なら良かった。ハハ……」


 いちかは、自分の扱いとの差に内心愕然としながら、苦笑いしてお茶を濁した。





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