第27話 アイス天ぷら


 影は、すれ違う人々の雰囲気や向かう先に一切反応せず、ただ目的地へ進んでいった。

 まるで周囲の出来事が何も見えていないかのよう。


 食堂の脇の坂を下り、裏門のバス停から流れてくる人波を素通りしていく。


 いちかは、羞恥と共感で、心がチクリと痛んだ。


 夏までの自分も、こんな風に見えていたのだろうか……


・・・


 歩くこと十分弱。


 彼の辿り着いた先は、案の定、中央棟の裏口への小道だった。

 いちかは、勇気を出して声をかけた。


「碧音さん!」

 碧音が振り返る。険しい眼光。先日より虫の居所が悪そうだ。


「……なんだ」彼は無愛想に答える。

「ぐ、偶然ですね。今来たんですか?」いちかは気後れしながら聞いた。

「あぁ。バイトだったからな」

「そうなんですね。あー、今って何のバイトやってるんですか?」

 碧音はそれには答えず、いちかをジロと眺めて言った。


「お前は……楽しそうだな」

 彼の視線の先は、いちかの腕にぶら下がる屋台の品々がある。


「今、買い出しの途中なんです」

「そうか、よかったな」

「あ、何か食べます?オススメはアイスの天ぷらです」

「いらな――は?アイスの天ぷら?」

「はい」

「…………見せてみろ」

 いちかは自分用に買ったそれと割り箸を差し出した。

 碧音は巨大サーターアンダギーのようなその外見をジロジロ眺めてから、口にする。


「マジでアイスだ……うまいなこれ……」

「ですよね!ところで部活入りませんか?」

「入らねぇ」

 碧音は食べかけのそれを手に、裏口へ上っていった。


 いちかは彼の背中に向けて尋ねた。


「どうしてもですか⁉」

「うるせぇな。しつこいぞ」彼は、突然思い出したように声を上げた。「あ!つーかお前、前のバイト先にも来たろ!店長から連絡来たぞ!」

「あ、すいません。でもなんとしても入ってもらいたくて」

「クソ迷惑だ!メンヘラ彼女か!」

「メ、メンヘラ……?」

 いちかが狼狽えていると、彼は大きくため息をついて言った。


「つーかよ。部員かどうかなんて、そんな執着しなくていいだろ。本番は出んだから、頭数には入れられんだぞ?他の奴んとこ行った方が互いに有意義だろ」

「……今はもう、碧音さんに入ってほしいだけじゃないんです」

 いちかが小さく呟く。


「あ?」

「翠さんが、碧音さんが入れば、来年のヤマノまでは続けるっていうから」

 しばらく、声が返ってこなかった。

 顔を上げると、碧音が目を丸くしていた。


「本当にあいつ、そう言ったのか?」

「え?はい」

「なんで!」

「なんでって……私がヤマノに行きたいってワガママ言ったからですかね」


「んだそれ、話が違ぇじゃねぇか」碧音が不服げに文句を垂れると、ブツブツ呟き始めた。「なら夏までか……?いや、予選負ければ五月……つかなんでこいつ経由なんだ……」

「あの……」

「チッ」

 舌打ちすると、彼は再びいちかに背を向けた。


「あ、ちょっと!」

「本人に聞く。お前じゃ信用ならん。帰れ」


 つっけんどんな言葉を放って、彼の姿は中央棟の中へと消え、いちかは一人、小道の先に、ポツンと残された。





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