第26話 黒い影


 その先にいたのはエリカだった。

 右手に白のハンドバックを提げて、大きな目をキョトンと見開いている。


「やっぱいちかじゃん」

「なんだ、エリカか……」

「なんだって何⁉いきなり失礼じゃない?」エリカはキンキンした声で憤慨し始めた。

「いや、いい意味でね。ほんといい意味で」いちかは手を振って否定する。

「ふーん?ま、いいや。エリカ暇なんだけどさぁ、一緒にどっか行こうぜ」


 エリカからの誘いに、いちかは少し感慨深くなった。

 この二ヶ月で仲良くなってはいたが、こう改めて肩も脚も出しているギャルに当然のように誘われると、感動する。


「いいよ。どこ行く?」

「いちかの友達とか、なんかやってねぇの?」

「まず友達がいない」

「さみし」

 エリカはゲラゲラ笑った。


「んじゃ部室行こ。どうせ行こうと思ってたし」

「部室って、なんかあったっけ?」

「別にないけど、うちらのホームっしょ」そう言うと、エリカは腕をパタパタさせた。「それに、翠がいるかも!」

 翠の話になると、彼女はいつも無邪気で可愛らしかった。


・・・


 いちかとエリカは大ホールの横道を降りて、キャンパス外れの第三部室棟へと向かう。


 賑やかな中央部を避ける形で、数千人のざわめきも、楽しげな音楽も届かない。

 もはや通い慣れた道だ。数分歩けば、竹藪の先に、皆に忘れ去られた建物が現れる。


 三階に上がり、重い防音扉を押し開けると、そこには同じく暇を持て余した先客がいた。


「ういー、お疲れー」

 最近、部室に入り浸るようになった男が、セカンドテナーの席から軽い調子で手を上げた。


 彼、三条隼人は、エリカが連れてきたテナーサックスのエキストラだった。

 普段はスカバンドに属しているが、すぐにセルリアンに順応し、今や何年も正規部員であるかのような馴染み方をしている。


 エリカは部室を見渡した。


「他に誰かいんの?」

「ううん。俺だけ」

「は⁉お前鍵は?」

「開けた」

「勝手に開けんな!」

 エリカが叱るも、彼はカラカラと明るく笑う。反省の色なし。


「エリカといっちーは、何しに来たん?」

「暇だから来ただけで。隼人さんは?」いちかが荷物を置きながら聞く。

「俺はスカの出番待ち」

「なら向こうの部室行けよ」エリカが呆れたように言った。

「いさせてよぉ。あそこ上下関係とか堅っ苦しくてさぁ。だって敬語とか、ウザくね?」

「あー、わかる。ウザい」エリカが深く頷く。

「だよなー」

 気安く話しているが、隼人は二年生で、エリカやいちかよりひとつ年上だ。

 このフランクさが、彼の売りだった。


「食う?」隼人がスナック菓子を二人に差し向けた。

「マジで家みたいに過ごしてんな」

 エリカは鼻で笑って、それをいくつか手に取るとトランペットの定位置へ戻っていく。

 いちかも自席に座って、隼人からお菓子をもらった。


 しばらく、三人がお菓子を咀嚼する音だけが広がる。

 広いセルリアンの部室を、十一月の陽光が穏やかに暖めていた。


「んー」

 エリカは椅子の上であぐらをかき、脱力するように天井を見上げていたが、突然跳ね起きて言った。


「やっぱ暇だわ!じゃんけんで勝ったやつが買い出しね。エリカ、飲みもん買うの忘れたから」

「男気じゃんけんってわけね」隼人はもう両手を捻って手の隙間を覗き込んでいる。「勝ちてぃー」

「今来たばっかなのに……」

「いいじゃん、どうせやることないし」

「……仕方ない」いちかは礼儀として肩を回した。「勝ちてー」

「さいしょはグー!」エリカが甲高く叫ぶ。「じゃんけんぽん!」

 三本の腕が差し出された。


 最も男気を見せたのは、いちかだった。


・・・


 シフトで一番疲れてるはずの私が、なぜ買い出しに……?


 今更そんなことに気づくが、後の祭り。

 いちかは屋台スペースを回って、部室にいる二人のオーダーをこなしている。


 エリカと隼人は、ここぞとばかりにバナナジュースやら牛串やらと所望したため、いちかの両腕には大量の品が提がっていた。


 ようやくオーダーをすべて揃え、さて部室へ戻ろうかというとき、はしゃいだ衣装の学生たちや一般客に紛れて、黒い影がひとつ横切っていくのがいちかの目に止まった。


 影は、学内の熱気には目もくれず、人気のない道へと消えていく。

 黒い楽器ケースと、周囲を威嚇する服、そしてサングラス……


 遠目でも間違えるはずはない。


 いちかは緊張し、こっそりと跡をつけ始めた。





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