第25話 学祭初日


 かくして碧音を入部させるという大仕事を託されたいちかだったが、そもそも、彼を見つけることが至難の業だった。


 中央棟裏口にも度々行ってみたがあれ以来会うことはなく、あの目立つ姿を学内で目撃することもない。

 バイト先に行ってみるも既に辞めた後で、現在の働き口は不明。

 本番前の合奏や通しリハーサルでも、彼は終了次第どこかに消えてしまったので、話すことすらままならなかった。


 いちかにはなす術がなく、何の成果を上がらないうちに、あっという間に十一月初旬を迎えてしまった。


 東央大学の学祭期間だ。


・・・


 学祭初日の朝は、どこまでも飛んで行けそうな爽快な青空で、紅葉した桜がサワサワと軽い音でささめいていた。


 普段は孤独な山城のごとき東央大学にも、この日ばかりはたくさんの来場者が訪れた。

 他大の学生、近隣住民、進路を吟味しにきた高校生などなど……


 飾り付けられた各棟の入り口には案内板が置かれ、そこかしこから音楽、歓声、出店の呼び込みが聞こえてくる。

 来場者たちは、正門から中央棟へ繋がっていくメイン通りを、人波に逆らわずゆっくり進んでいくと、進行方向にジャズの調べが聞こえてくることに気づく。


 募金箱を持つボランティアサークルの横で、お揃いのTシャツを着たセルリアンのメンバーが、演奏を披露していた。

 スペースの狭さから、形式はビッグバンドではなくコンボ――一般の人がジャズと聞いて思い浮かべる、少人数の編成――で、E年を中心に軽快に演奏し続ける。


 なにせ人々は、今は混雑の流れに合わせて歩くしかできないので、曲が終われば拍手をくれたり、盛り上げてくれたり、中には募金してくれる人もおり、コラボ作戦は完璧に機能しているようだった。


 いちか自身は、中央棟前に並ぶ屋台村からはみ出すように立って聞いていた。

 楽しそうに延々とアドリブソロを回している彼らに、舌を巻く。


 よくできるものだ……


 楽譜に書かれたメロディーを吹くことしか経験のないいちかにとっては、アドリブというものがどうしてできるのか、理解が及ばなかった。


 でたらめに吹いたって、不協和音になるはずなのに……なぜ即興でこんなに綺麗に吹けるのか……


 そのとき、いちかのポケットで、スマホがブルブルと鳴った。

 電話は、副店長の雄也からだった。


「ほんとごめんなんだけど、今すぐ戻れる⁉助けて!」

 彼の声は鬼気迫っていた。


「了解!」

 いちかはバタバタと走って店まで戻った。


・・・


 ただでさえ少ない部員数で、さらにチャリティにも人が取られていたため、屋台は常にてんやわんやだった。


 しかも、多数決で決まったホットドッグが想定外の人気を得てしまい、朝から行列が途切れない。


 良いことと言えば、損益分岐点はとうに超えたことと、商品と一緒に渡す明日のコンサートのチラシがみるみる消えていくことだったが、同時に部員たちの体力も尽きかけていた。


「ごめんね、もう抜けていいよ」

 昼を過ぎ、人の列がようやく落ち着いてきた頃、雄也が汗を拭っていちかに声をかけた。


 本来のシフトを三時間超過。休憩一切なし。

 これが飲食系ブラック企業……


 いちかはエプロンを外すと、そのままフラフラと人波に揺られ出た。

 いざ自由時間と言われても、友達のいないいちかには行くべきイベントなどない。


 成り行きに任せ、彷徨い歩いてみると、聞き覚えのある声に呼び止められた。


「いちか!」


 フリルだらけの赤い衣装に身を纏ったユラが、手を振って駆け寄って来ていた。

 彼女の奥には、色違いを着た留学生の女子大生たちが四人見える。

 手作りらしき衣装は、細部まで凝りに凝っている。


「はい、これ!おると、ひかる」

 訳のわからないまま、いちかにケミカルライトが手渡された。


 数分後――

 彼女たちはステージの上でマイクを握っていた。


「みんなのあたりまえが、わからな〜い!おやのきょういくほうしんが、むずかし〜い!ひじょうしきなこうおんどうぶつ、ユラです!」

 自作のアイドル口上を慣れたように述べ、『留学女子』のセンターとして歌って踊るユラの姿がそこにあった。


 ステージが設営された駐車場を、日本語のアイドルソングが席巻している。

 推しのグループを完コピしたというそのパフォーマンスは、目を見張るほどの仕上がりだった。


「尊すぎる……」

 いちかの口からは、思わず感嘆が漏れていた。

 どこか濃い聴衆と一緒にケミカルライトを振りながら、晴れ姿を見上げて応援する。


「お、いちかちゃんもいたのか」

 出番を終え、去っていくユラを名残惜しく目で追っていると、いつの間にか真横に広大がいた。

 鉢巻に赤いハッピ。両手に持ったケミカルライトが未だ発光している。


「気合入ってますね」

「応援するなら全力!が信条だもんで。次は実験教室の手伝いで白衣に変身だぜ!」いつも穏やかな彼も妙にテンションが高い。


「その教室って、私も行っていいですか?」

「え、いいけど子供向けだぞ?」


 困惑する広大について、いちかは理学部棟についていき、子供たちに一人混じって化学実験教室の観覧をした。なかなか面白い。


 帰り際には、屋台でアイス天ぷらなるものも買ってみた。驚くことにかなりイケる。


 自分、めちゃくちゃ楽しんでるな……


 丸々したアイス天ぷらを食べ尽くしながら、いちかは自分で笑ってしまった。

 つい最近まで行事はスルーと決め込んでいた人間とは思えない。


 浮かれ気分で歩いていると、体はいつの間にか正門の方まで遡っていた。

 図書館や、正門側の食堂が先に見え、真横には大ホールがある。


 そこで、明るい気分は、砂時計が尽きるみたいにサッと引いてしまった。


 吹奏楽コンサートの立て看板。それが大ホール前に立てかけられていたからだ。


「……戻ろう」

 いちかは慌てて来た道を戻り始めた。


 部員としてであれ、客としてであれ、美雪がここにいる可能性は充分考えられる。

 こんなに浮かれた姿を晒したくはない。もし会ってしまったら、なんと言われるか……


「あれ?いちか?」


「……っ!」


 横からした声にギクリと身を凍らせ、恐る恐る振り向くと……





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