第24話 大人たちの会話


 学祭が近づくに連れて、キャンパスのそこかしこは俄に忙しげになってきた。


 低くなっていく気温に反比例して高まる、ソワソワした期待と焦燥感。

 秋の色が濃くなる中で、東央大学は一年で最もホットな時期を迎えつつあった。


 セルリアンも例外ではなく、部員たちは準備に練習にとフル稼働だ。


 皆で空き教室に集まって司会原稿を考えたり、学祭用Tシャツのデザインで揉めたり、誰かの家でご飯会をしたり。

 あんなに避けていた大学生らしい日々が突然我が身に降りかかり、いちかは未だに夢ではないかとしばしば頬をつねった。その度、きっちり痛かった。


 こんなに楽しい気持ちは久しぶりだ……


「そう。受かったんだよね、次のインターン」

 ある日の食堂で、翠が、広大と夜鶴に話していた。


 学生バイトとして働いている夏雄の冷やかしついでに、昼食をとっていたときのことだ。

 いちかは夜鶴の隣で定食を食べながら、E年たちの会話を、大人を見上げる気持ちで聞いている。


「あー、あれ受かったんや。倍率高い言うてたやつやろ?」

「さすが。俺まだ院試の準備とかする気ないに」広大が方言にハッと気づいて口を抑える。

 どうやら進路の話らしい。

 インターンということは、翠は卒業後は普通に就職するのだろう。


「いつから始まるん?」夜鶴がハニートーストを口に運びながら尋ねる。

「一月。週四で三ヶ月以上だって。終わりはわかんない」

「そりゃほぼ仕事だな」広大がホットの緑茶を傾ける。

「ね」

「なら、予定通り今年で引退やな」

「うん。定演で卒業」

「うぇ⁉……ゲホッ、ゲホッ」

 いちかは突然のことにむせ返ってしまった。

 夜鶴に背中を叩いてもらいながら、いちかは涙目のまま言った。


「翠さん、セルリアン辞めるんですか……?」

「はい」翠が不思議そうに答える。「あ、話したとき、いちかちゃんまだいなかったっけ」

「な、なぜ……」

「もう三年生ですから、早いもので」翠は来し方を振り返るように目を細める。「そろそろ潮時かと」


「え、広大さんと夜鶴さんは?」

 二人は顔を見合わせた。

「まぁ、翠がやめるっていうのに、俺らが残っててもなぁ」

「うちらも他人事とちゃうしな」


 いちかにとって、それは強烈な打撃だった。

 E年三人はセルリアンの精神的主柱だった。

 技術にしても、人間性にしても、安定感がある盤石な人たち。

 彼らがいなくなってしまえば、セルリアンがうまく回るイメージが一切浮かばない。


「その、本当に自分勝手なんですけど。私、ヤマノに出たいんです。できればトラ入れずに、部員だけで……」三人に注目されているのを感じたが、言葉は口をついて出てしまった。「今年の見てから、ずっと憧れで。だから、来年夏まで、伸ばせたりは……」

「なるほど。だからいちかちゃん、あおを気にしてたのか」翠が腕を組んで言った。

「あの、はい……」

「ふーむ」

 翠は熟考し始める。


「難しいんちゃう?インターンはもう受かってるわけやし」夜鶴はトーストの上のアイスをほじくりながら言う。

「進路は、ちょっと次元の違う話だからなぁ」広大が定食についたゼリーを開けつつ同意する。

「ですよね……」


 近頃幸せでいっぱいだった心は、急速にしぼんでいってしまった。

 この人たちが消えてしまえば、人数も技術力も求心力も大幅減。バンドは自然消滅待ったなしだ。


 やはりヤマノは無理な夢だったのだろうか……


 言葉も出せず黙っていると、唐突に翠が言った。


「いちかちゃんさ、あおを入部させられる?」

「え?」


 顔を上げると、翠の真剣な視線にぶつかった。


「私がセルリアン復活させたの、半分あおのためなんだ。あの子、楽器やめそうだったから、無理やりやらせようと思ってさ。もちろん、私がバンドやりたかったのもあるけど」

「そうなんですか」

「でもさぁ、私が言ってもぜぇーったい入らないの、アレ」翠は愛想を尽かしたと言わんばかりの顔でボヤいた。「だからもういい!って諦めてたんだけど。いちかちゃんからなら、何か変わるかもしれないなぁ、って」


「それは……どうですかね。前は門前払いされたし……私、碧音さんに嫌われてるような……」

「大丈夫。いけるよ」翠は急に他人事のような気軽さでガッツポーズする。

「嫌われてることもないだろ。あいつ、むしろタイプだぞ、いっちーみたいな子」広大が大真面目な顔して言う。

「いやいやいや……」

「それ、好きな子に意地悪しちゃうやつちゃうん」夜鶴がニヤニヤしている。

「あれは違いますって……」

「え〜、ほんま〜?」


 大人にからかわれている気分……

 耐性ないのでやめてほしいんですけど……


「……もしあおが入れば、私もヤマノまではやろうかしら」翠が顎に指を当てて呟く。

「え、本当ですか⁉」

「うん。最後のチャンスだしね」

 そう言って、翠は微笑んだ。


「お、お二人は?」いちかが夜鶴と広大を交互に見る。


「まー、翠が続けるならやるんちゃう?」夜鶴が広大に目をやる。

「人集めが大変なのは、嫌ってほど知ってるしな」広大も頭を掻きながら答えた。


 いちかは興奮気味に言った。


「私、絶対入れてきます!」


「ごめんね、変なこと任せちゃって。あおのこと、よろしくね」


「はい!」





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