第21話 余計なお世話
今日は丸々パート練習デーということで、サックスパートの三人は一階で練習の準備をしていた。
いちかは譜面台を立てながら、ゆうゆに尋ねた。
「去年の学祭コンサートは、どれくらい人来たんですか?」
「ぜんっぜん来なかったよ。みんなの友達が十人と、おじいちゃんおばあちゃんが二人だけ。なんか迷ってたら偶然着いたんだって」
「あの家って結構広いよねぇ?」雄也が記憶を辿る。
「うん。スッッッカスカだった」
ゆうゆがどれだけ寂しかったかを力説する間に、背後でエリカが降りてきて、そのまま外へ出ていった。
しばらくすると、たった一本のトランペットの音がいちかの元まで届いてくる。
「出店の申請書取ってくるわよーん」
声に振り向くと、翠が部室棟を出るところだった。
いちかは、逡巡した。
入部して二週間ちょっとの自分が口を出すのは、大きなお世話なのでは……?
しばし躊躇ったが、いちかは思い切って後を追いかけた。
「翠さん!」
「んー?」
「あの、碧音さんって、部活入らないんですか?」
「え、あお?」翠はその名前が出たのが意外そうに、眉を上げた。「なんで?」
「いやなんか、勿体無いなって。せっかく上手い人が近くにいるのに」
「うーん、まぁねぇー」翠が腕を組んで呻いた。「エリカちゃんずっと一人も可哀想だしねぇー」
「……もしかして、他のサークル入ってたりとかするんですか?」
「いやぁ、やってないと思う」翠は首を振った。「でも、私も正確には分からないのよねー。去年誘ったんだけど断られちゃって。バイトとか忙しいみたいだけど。単にうち入りたくないだけかも」
そう言って、翠は悲しげに微笑んでみせた。
あれだけ、いちかをしつこく追いかけ回した人間が言うセリフではない。
はぐらかされているような気もしたが、翠の浮かべたどこか切なそうな微妙な笑みに、それ以上の追求は難しかった。
「あっ!そういえばあおに連絡するんだった!いちかちゃんのおかげで思い出したよ!ありがと!」
「いえ……」
彼女は、スマホを手に取って電話をかけ始めた。
いちかも棟内に戻ろうと踵を返す。
部員たちの話す感じでは、碧音は近しい間柄で、特段彼らの間に何か事件があったような痕跡はなかった。
翠と碧音の間に、何か事情でもあるのだろうか。例えば、個人的な問題とか、過去の因縁とか。
考えあぐねていると、人のいない棟外に反響して、翠の会話がはっきり聞こえてきた。
「あ、あおー。お疲れちゃん。今日家行っていい?忘れ物してさ。そうそう、下着」
いちかは思わず耳を疑った。
「うん、そう。回収したら帰る。あーでも、明日だったっけアレ?じゃあ面倒くさいし泊まっちゃおうかな」
いちかは面食らいながらサックス隊の元へ戻り、聞こえているのに顔色ひとつ変えない雄也に、こっそり耳打ちした。
「あのさ、翠さんと碧音さんってその、そういう関係なの?」
すると、雄也が一瞬驚いた顔をした後、ニヤリと笑った。
「そうだよ。今まで知らなかったんだ?」
「あ、うん。私そういうの疎くて」
「あー、わかるわ」
「そうか、じゃあ、やっぱり余計なお世話だったかな……」
「気にしないよ、あれくらい」
雄也は愉快そうに笑っている。
自分だけが子供のようで恥ずかしかった。
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