第20話 屋台、屋台、屋台!


「学祭でやりたいことある人!挙手!」


 翠が部室のホワイトボードの前で元気に叫んだ。

 いちかはアルトサックスの席に座って、その姿をぼーっと見つめている。


 入部してわかったことだが、中性的でクールな外見とは裏腹に、彼女は笑顔の人だった。


 性格は明るく、強引で、どこか掴みどころがない。

 キザっぽいセリフで人をドギマギさせたかと思うと、死語で部員にドン引きされたり。


 成績もよく容姿もよく、その気になればこんな場末のサークル以外でも活躍できそうなものだったが、彼女が情熱を燃やしているのはただセルリアンだけのようで、そのお陰で、この低空飛行な部活はどうやら崩壊せずに済んでいるらしい。


「屋台やりたい!」雄也が挙手と同時に連呼し始めた。「屋台、屋台、屋台!」

「何売るん。凝ってるもんはでけへんで」真っ黒で長い服を着た魔女のような女性が、トロンボーンのリード席から雄也に尋ねた。

 E年の小谷夜鶴。

 常に気怠げで、常時半目の三白眼に怪しい魅力のある女性だった。


「絶対お菓子系がいい!ワッフルかー、チュロスかー」

「ホットドッグは?簡単そう」

 夜鶴の隣で川門前璃子が声を上げる。

 いちかや雄也と同期のトロンボーンの女性だ。

 雄也が恨みがましい目で彼女を睨んだ。


「中身はあとで決めようか。他に何かアイデアある人ー?なんでもいいよー、でも目立つやつがいいなー」

 翠が促すと、広大が手を上げた。


「フラッシュモブは?目立つぞ?」

「うぅわ最悪」

 不快そうな声がトランペットの席から聞こえてくる。


 声を上げたのは、C年の光崎エリカだった。

 初めて部室に来たときに、いちかを下から上まで品定めした女性だ。

 デニムのショートパンツから伸びる細く綺麗な脚で、セカンドの椅子の上にあぐらをかいている。


 どちらかといえば内向的なこの部室において、彼女の周りだけ空気が違って見えた。

 長らくクラスカーストと無縁だったいちかにとって、彼女のような強そうな存在は恐怖の対象だ。


「フラッシュモブいいじゃんねぇ?」璃子が味方し、夢見るような表情になった。「ウチ、あれでプロポーズされるの夢なんだよねー」

「うわマジ?キッツ」

「あぁ?やんのか?」

 二人の間に一触即発の火花が散る。


「やるのはまた今度にしようか。ね?」間を割って翠が言う。

 エリカは翠に対して怖いくらい愛想良い笑顔を見せてから、再び璃子を目で蔑み嘲笑った。

 いちかは心底、サックスがトランペットとトロンボーンの列の間に挟まっていないことをありがたく思った。


「フラッシュモブだけど」翠が顎に指を乗せて思案顔をした。「んー、学祭のルールで出来ないかな。割り当ての場所以外で演奏できないから」

「バレなきゃ大丈夫じゃん?お面みたいの被って、逃げちゃえばさ!」ゆうゆが無邪気に笑う。

「う、運営の心象は悪くしない方が、いいと思います……」芳樹がおずおずと言葉を紡いだ。意外なことに、彼は継続して部活に来ていた。「また来年も、一軒家になっちゃいますし……」


「そうだねぇ。できればクリーンなものでいきたいな。セルリアンは今や、こんなに良い子ですよって伝えたいからね」


 翠の言葉に、いちかは思わず呟いてしまった。


「みんなに聞いてもらえて、クリーンで、良い子だってわかるようなもの……」


 すると、一同が同時に考え込む。

 全員の頭に『そんなもの、あるか……?』という疑いが浮かんでいるのがわかった。


 翠がパンと手を鳴らした。


「うん、わからん!とりあえず練習開始!解散!」





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