第19話 詰みゲーなんだよ。始まる前から


 万年人数不足のセルリアンジャズオーケストラは、後期セメスターになってもなお、生協前での宣伝活動を続けていた。

 前を素通りする学生たちの談笑の上を、部員たちの声が虚しく飛んでいく。


 その宣伝人員に、いちかもいた。

 極力嫌そうな顔で素通りしていた側だった一ヶ月前からは、考えもつかないことだ。


 隣では、ドラマーの赤堂夏雄とアルトサックスの斉藤ゆうゆが宣伝ボードを掲げて声を出していた。

 夏雄は、赤く染めた髪が天を突いている、派手で明るい関西出身の男だった。以前いちかの前で揉めた彼女には、結局フラれたらしい。


 対照的に、いちかより頭ひとつ背の低いゆうゆは、危うい黒とピンクの衣服を好んで着る、インドアな先輩だった。

 自称も他称も陰キャで内弁慶な彼女は、部室では子供のような甲高い声で騒いでいるのに、日光が燦々と降り注ぐこの場所では、日傘の影から地面に向かって、セルリアンを宣伝していた。


 彼らは自分たちのことをD年だと自己紹介した。

 大学の軽音やビッグバンドサークルでは、学年をCからのドイツ語読みのアルファベットで数える所が多いらしい。

 つまり、一年はC(ツェー)年、二年はD(デー)年……となる。

 なぜ始まりがCかと言えば、ピアノのドレミファソラシドの音階は、音名では[CDEFGABC]とあてるからである。

 ところ変われば、学年の呼び方さえ変わるという例だ。


「セルリアンでーす!まだまだ部員募集中ー!」

 夏雄の大声も、無視を決め込んだ通行人の心には届かない。

 九月とはいえ、未だ夏の陽気で、日向での声出しはあっという間に体力を奪っていた。


「なんで入らないんだろ……」いちかはつい呟いていた。

「ん?何?」ゆうゆがいちかを眩しそうに見上げて聞き返した。

「いやなんか、なんでセルリアンは人数不足なのかな、って。演奏が良ければ人って勝手に集まると思ってたんですけど」

「せや、な」

 夏雄は何かを言い淀んでいた。

「いちかちゃんは、何も知らないから入ってくれたんだもんね……」

 ゆうゆも暗い口調。

「え?私、何か変なこと言っちゃいました?」

 いちかは狼狽した。

 快活な日照りの下、先輩二人の空気はまるで喪に服しているかのようだった。


「セルリアンってなぁ、十年くらいずっと不良に乗っ取られとったんよ」

 夏雄はトーンを落としていちかに言った。

 いちかはヤマノのパンフレットを思い出した。

 不良。時代錯誤感のある単語だ。


「不良って、今どき変じゃないですか?大学だし、そんな大層な……」

「レベルが違うんだよ。ゆうゆたちも入学前で、実際見たことはないけど」

 ゆうゆが傘の下で力なく首を振る。


「最初の頃はまぁ、酒盛りしたり部室でボヤ騒ぎ起こしたりってだけやったんやけどな」夏雄が言葉を継いだ。「いつの間にか、なんとか主義のなんとか会いう人たちが入り浸るようになって、学校側も手がつけられなくなったんやって」


「ネットでも有名だったんだよ、ヤバい場所だって」

 ゆうゆが補足する。


「で、ついにガチの警察沙汰なって、捜査入ったら白い粉がぐわー出てきて、みんな逮捕。その後、翠ちゃんが健全に復活させて今に至るんやけど、十年以上、近づいたらアカン言われてた場所やからな。偏見が消えへんのや」

「はぁー……」

 いちかは感嘆する。エピソードもなんというか、昭和感がある。


「でもさ、そんなのゆうゆたちに関係ないじゃん!」夏場の外であれだけ小さくなっていたゆうゆがいつの間にかヒートアップしていた。「なんで悪い人たちの尻拭いさせられなきゃいけないの⁉」

「俺も知らんわ!見てみぃ、俺らと距離開けて通っていく人たちを!世間様は、まだヤバいとこ思とんねん!」

「今叫んでるからでしょ!みんなびっくりしてるからやめて!」

 ゆうゆも叫ぶ。


 ただ、いちかも、宣伝を始めてからというもの、不自然な挙動でいちかたちから離れる人々が気になってはいた。

 それこそ、コンビニ前でたむろする不良たちを避けるような動きだ。

 イメージの払拭が容易ではないことを体で表しているようだった。


「じゃ、じゃあ、学祭でそれを吹き飛ばすくらい良い演奏するしかないですね!」

 無理に明るく振る舞った。

 が、むしろ、二人の顔はさらに曇ってしまった。


「え、今度は何……?」

「セルリアンの演奏場所ってね。毎年目立たないとこなんだ」ゆうゆが悲しげに教えた。「教科書買うとき行く、普通の家みたいなとこ。一軒家って呼んでるんだけど」

「あ、あそこですか……」

 いちかは、図書館裏の鬱蒼とした林の中を進むと現れる、赤い屋根の家を思い出した。


 昔はカフェ営業をしていたらしいが、立地の悪さからか、今や教科書販売所としてしか使われない場所だった。

 演奏がいくら良くても、聴いてくれる人がいなければ、入部希望者も当然増えない。


「翠ちゃんが交渉したとき、警戒されてあそこしか貰えんかったんやて」

 夏雄がため息をつく。


「セルリアンは詰みゲーなんだよ。始まる前からね」

 ゆうゆの呟きが灼けたコンクリートの上に零れた。


 なんとまぁ、絶望的な……


 そのとき、三人の携帯が同時に震えた。


 セルリアン全体のグループチャットから、翠のメッセージだ。


『今日は最初に学祭の作戦会議します!集合!』


 三人は揃って顔を見合わせた。





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