【１７０００ＰＶ】アオの音🎺 〜ジャズビッグバンドと独りぼっちの少女〜

第14話 ようこそ、セルリアンジャズオーケストラへ

　部室にいた人間の半分ほどが、いちかの前を取り囲んで、熱い眼差しでいちかを見つめていた。

「金海さんだよね⁉」群衆の真ん中で、例の美人な女性がいきなりいちかの手を取った。「ようこそ、セルリアンジャズオーケストラへ。部長の翠です。さぁ、入って入って！」

「あ、あの……」

「入って入って！」

　問答無用とばかりに、いちかは部室に引き込まれてしまった。

　部員たちはパンダでも見にきたかのように、周りに集ってわいのわいのと騒ぎ始めた。

「雄也の呼んだ子？いいじゃーん」

　品のいい見た目をした女性が明るく言う。

「アイツ、友達ばーか多いなぁ。これで何人目だ？」

　恰幅の良い男が感心したように言う。

「わたしとどうき？つぇーねん？」

　男に聞く女性のイントネーションはどこかぎこちない。アジア系の留学生か。

「ちょっとどいて」

　騒がしい人々を押し退けて、一人の女性がいちかの前に進み出てきた。

　パッチリとした二重の目は丸々と愛らしく、髪は派手な茶色。活発そうな見た目に気の強そうな声。

　彼女は、いちかを上から下、下から上へと品定めするように眺めると、フンと勝ち誇ったように鼻で笑い、去っていった。

　え、なんなの……？

「金海さん、ここ座って」

　部長が、座面が破れて黄色いクッションが飛び出している椅子をいちかに勧めた。

　机には、入部届が既に設置されている。

　いちかは直感した。

　契約するまで帰してもらえないやつだ！

「あの！」いちかは大声を発した。「期限ギリの課題あるんでした！」

「え、そうなの？」

「すいません、帰ります！」

　言うが早いか、いちかは人々の視線を千切って部屋を抜け出した。

　下駄箱で先ほど脱いだ靴を履き直し、階段を二段飛ばしで駆け降りる。

　部長の声が頭上から降ってくる気がしたが、いちかは振り返らない。

　第三部室棟という名の廃墟を飛び出し、カンカン照りの陽射しを浴びて、いちかはようやく息を吐いた。

　そのとき、

「課題頑張ってねー」

　ギョッとして見上げると、入り口の二階分上の窓から、部長が笑顔で手を振っていた。

　セルリアンの部室は、入り口側に面していたらしい……

　いちかは気まずく頭を下げると、竹藪に囲まれた道を駆け去った。

・・・

　それから、いちかは第三部室棟の近くを通るのを避けるようになった。

　あの無茶な言い訳で逃げたので、部員の誰かにばったり会うのが怖い……

　夏前に応募していた学内バイトが終わり、いちかが人気のないトイレでスマホゲームをしていたときだった。

　洗面台の方から、聞き覚えのあるキンキンした声が響いてきた。

「なんかぁ、夏休みに来た子がめっちゃ可愛くてさぁー」

「えー、マジー？」

「サックスもガチ上手いらしいんだよね」

「えー、ちょーいいじゃん」

　答える側も、勿論知っている。

　セルリアンジャズオーケストラの部室で聞いた声だ。

　二人とも、いやに声高で、不自然な話し方だった。

　まるでチラチラと壁越しにいちかに向けて話しているような……

「可愛くてサックスも上手いとか、マジ嫉妬だわ」

「入ってほしー」

　正直ここからどうやって勧誘に持っていくのか想像もつかないが、ギャルの突破力は侮れない。

　いちかが息を詰めじっと待つと、彼女たちは五分ほどたむろしてから、諦めて去っていった。

　ホッとしてゲームに目を戻すと、フレンド申請の通知が飛んでいた。

　確認すると、『ゆーゆ』というアカウントからメッセージが来ている。

『こんにちゎ。セルリアン入りませんか』

「ひっ、どうして私がやってるゲームを……」

　慌てて個室の上を見るが、誰かが見ている訳もない。

　いちかは寒気を覚えながらアプリを閉じ、急いで個室を出た。

　外に出れば出たで、学内掲示板に違和感を覚えた。

　いつもは気にも留めないのに、今日は無性に気になるのはなぜだろう、とじろじろ眺めると原因が分かった。

　掲示されているセルリアンジャズオーケストラの宣伝チラシの上に、『金海さん連絡ください』と油性ペンで書かれたルーズリーフがわざわざ貼ってあったのだ。

　金海なんて苗字は、そういるものでもない。どう考えても自分のことだ。

　別の場所の掲示板に駆け寄ると、セルリアンのチラシがあるところには必ず足されていた。

　世にも奇妙な物語か？

　いちかは急いで、名指しのルーズリーフを見かけては剥がして歩き回り始める。

　すると、

「あ、キミちょっと！」

「は、はい！」

　掲示板を荒らしていると思われたかと、緊張しながら振り向くと、そこにいたのは男女ペアの学生だった。

　女性は知らないが、声をかけてきた男の方には、見覚えがあった。

　ヤマノの舞台でドラムを叩いていたタンクトップの人だ。目立つ赤髪でツンツンしているし、覚えている。

「この前ぶりやん！元気してた？」

「え、いや、まぁ……」

　一言も交わしたことはなかったのに、やけに馴れ馴れしい。いちかはその距離の近さに物理的に仰け反ってしまう。

「誰、この子。ねぇ、誰？」

　隣にいるのは彼女らしい。

　目は彼氏に向けながら、気配でいちかを威圧している。

「んー？後輩や。キミ、もううち来ないん？みんな待っとったで？」

「い、いやーどうですかね……」

「え、こいつんち行ったの」

　女が衝撃と嫌悪の混ざった表情でいちかを睨んだ。

「違います違います！部室のことで！」

いちかは慌てて否定する。

「雄也から聞いててん。バリ上手いって。楽しみにしてたんやけど」

　男は何も気づいていない様子で言う。

「上手いって何？ねぇ、何が上手いの？ねぇ？」

「あの、違うっていうか……人違いですっ！」

　いちかは逃げ出した。

　背後では、問い詰める女性の怒鳴り声が聞こえてきていた。

「一体なんなんだ……」

　いちかは、痴話喧嘩カップルから遠く距離を取ると、

「おーい！おーい！金海さんだな！」

　学内を走る車道から声をかけられていた。

　振り返れば、フルフェイスヘルメットを脱いで、恰幅の良い男が、大型バイクから降りてくる。

　これも部室で見かけた人だ。

「次から次へ……」

　いちかはよっぽど逃げようかと思ったが、彼の開口一番の言葉に毒気を抜かれた。

「タケノコ、食べられっか？」

「え……タケノコ……？は、はい……」

「これなぁ」彼はタッパーを差し出してきた。「食べて。タケノコ煮たやつ。ばあちゃんちからこーんなでかいタケノコがばーか送られてきてな。煮たはいいものの一人じゃ食べきれんから。お裾分け」

「はぁ……」

「んじゃ、もう研究室行かなきゃいかんので。失礼」

　彼はバイクに再び跨って、正門方向へ走り出した。

　いちかはタッパーを手に呆気に取られてから、ある人に電話をかけた。

　相手はすぐに出た。

「もしもし？」

「早乙女くん」

「はい」

「今日、ストーカー被害がすごいんだけど」

「え？」彼の愉快そうな笑い声が電話の先から聞こえる。「あぁ、勧誘されてるのね」

「……とにかく、金海さん連絡ください、ってチラシだけはやめて」

「あはは！誰だろ、ユラかなぁ」

「笑い事じゃない」

　いちかの深刻な声に、雄也は笑って言った。

「でも、この前うち入るって言ってたじゃん。どうしたの？」

「……心変わり」

　電話を切ると、ドッと重い疲れが押し寄せてきた。

　いちかは真っ直ぐに家に帰り、風呂や食事を済ませて眠りについた。

　タケノコは田舎の懐かしい味がした。

🔸　🔸　🔸　🔸　🔸　🔸　🔸　🔸　🔸　🔸　🔸　🔸

　こういうキャラ好き、こういうストーリー好き、等思っていただけましたら、

　★レビューで応援お願いします！

　https://kakuyomu.jp/works/16817330652299130579#reviews

　（↑上記URLから飛べます！）

　★の数はいくつでも構いません！

　あとから変更できますのでお気軽に！ひとつでも嬉しいです！

　もしよければTwitterのフォローもお気軽に！

　https://twitter.com/iyaso_rena