【１７０００ＰＶ】アオの音🎺 〜ジャズビッグバンドと独りぼっちの少女〜

第12話 余熱

　すっかり夜に染まった大宮ソニックシティ横の広場には、表彰式後の出場バンドが多数集まっていた。

　トロフィー片手に写真を撮っているバンドもあれば、対照的にお通夜の空気で悔し泣きしているところもある。

　ここだけはいちかの知るコンクールと同じだった。

「いちか！」

　雄也の声に振り返ると、彼は人懐っこい犬みたいに駆けてきた。

「どうだった？ヤマノ」

「あー」いちかは言葉に悩んだ。「カルチャーショック」

「あはは」雄也は明るい笑い声を立てて言う。「でも楽しかったでしょ？」

「……うん」

　いちかは素直に頷いて、辺りを見渡した。

　全国から集まった若者たちが、悲喜こもごもに騒いでいる。

　その様が、どうしようもなく輝いて見えた。

「いちかもやろうよ！ビッグバンド！」

「私は、その……」

　いちかは言い淀んだ。

　もう一度楽器を手に取るには、相応の決意が必要なことは自分が一番わかっている。

　しかし、妄想は彼らの演奏を聴いてからずっと、暴走し続けていた。

　このヤマノの大舞台に立ち、迫真の演奏をする自分の姿。

　それは、既に抑えることのできない憧れへと膨れ上がっていた。

　高校での未練も、もしかしたらこの大会で、果たせるのかもしれない……

　いちかは、深く息を吸って、勇気を出して言った。

「私、やってみたい。ビッグバンド、入ってもいいかな……？」

　その瞬間、雄也の目が、頭上の星を映したかのように輝いた。

「もちろん‼」雄也は飛び跳ねて喜んだ。「いちかは来ると思ったんだよー、あー良かったぁ。チケット代無駄にならなくて。やったー！」

　子供のように騒ぐ彼に、いちかは気恥ずかしくなって別の話題を探した。

「えっと、そうだ。チケット代、払うよ。充分楽しんだし」

「いいよ、そんなの」雄也は顔の前で手を振った。「みんなからも貰ってないから」

「え、みんな……？」

　そのとき、いちかは雄也の背後から女性数人が手を上げて近づいてきているのに気づいた。

　雄也と仲良しの、経済学部の同期だ。

「ゆうー！お疲れー！」

「あっ！みんなありがとー！」

　雄也が伸び上がって手を振り返す。

　いちかは、密かに雄也に囁いた。

「……チケット余って困ってたんじゃないの？」

「え？あぁ、誰かもらってくれるたびに買い足してたんだ。でも、最後に買った一枚が誰ももらってくれなくてさ」

「あ、そう……」

　悪女だ、こいつは。

　いちかは呆れながらも、雄也とその友達を遠くに眺めながら、考えた。

　この人数をすべて自分で払ったら、一体いくらになるか。

　それだけ、見てほしくて仕方なかったのだ。自分の演奏はもちろん、この大好きなコンテスト、それ自体を。

　いちかは久しぶりに自分の気持ちが浮わついているのを認めざるを得なかった。

　この開放的なコンテストで、ビッグバンドジャズという音楽を切磋琢磨する、自由で真剣な大学生たち。

　彼らの姿は、いちかの目に眩しく映っていた。

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