ガラス細工の魔法少女

化茶ぬき

ガラス細工の魔法少女

 華の高校二年生。大学受験か就職かを決める夏のこの時期に、友達とカフェで勉強という名の雑談で時間を消費するのは最高に楽しい。


「そういえば聞いた? 美香がまた別れたって」


「あ~、今年入って何人目だっけ?」


「三人目。まぁ、本人は楽しんでるみたいだし――カラオケ行こ、ってメッセージ来てた」


「彼氏な~…うちも欲しいんだけど」


「汐里は告られても断っているじゃん」


「そりゃあ良いと思わなきゃ付き合わないでしょ。さくらだって彼氏いないじゃん」


「あたしは作らないだけ。欲しいとも思わないし……どうせ付き合うならつぐみくらいかっこいい人がいいな~」


「と、申しておりますが」


 汐里とさくらに視線を向けられて、飲んでいたフラペチーノのストローから口を離した。


「いや、私、女だし」


「でもうちの学校の王子様じゃ~ん。後輩の女の子に告られてなかったっけ?」


「まぁ……でも私みたいな男っぽい女を好きになるってことは、普通に男の人好きになれるでしょ」


「って言ったの?」


「いや、普通にありがとうって言ったけど。好きって言われただけで付き合ってとは言われてないし」


「あ~、そのパターンか。困るよねぇ、返事を求められないの」


「まぁ、今は彼氏よりも二人とか――美香も含めた三人と一緒にいるほうが楽しいし」


「鶫……チューする?」


「しない」


 同じような会話で馬鹿みたいに笑って、そんな毎日が続けば嬉しいと思う。


〝ビーッ、ビーッ〟と響く警報音にカフェにいた全員が携帯を取り出した。


「怪獣警報だって。最近多いねぇ」


「結構近いよ? 逃げる?」


「大丈夫でしょ。今回もいつも通り魔法少女が倒してくれるはずだし」


 五年前――突如として都市部に出現した巨大な生物、通称・怪獣を討伐するため政府が開発した戦闘スーツを着るのに適性の高い少女が選ばれ、魔法少女が誕生した。


「あ、中継始まったから観よ~」


 いつからかショーのようにテレビ中継されるのが当たり前になり、ファンクラブが出来たり特番が組まれたりとまるでアイドルのような扱いを受けている。


「今の魔法少女も可愛くて好きだけど、あたしは前の魔法少女もクールビューティーっぽくて好きだったんだよねぇ」


「今の子はポップできゅるんって感じで魔法主体で戦うけど、前の魔法少女は肉弾戦って感じでかっこいいイメージあったよね」


 今、画面の向こうで戦っている魔法少女は二代目で、初代は二年ほど前に引退した。明確な理由は語られていないが政府の発表では世代交代とだけ伝えられ、ネット上では様々な憶測を呼んだが新たな魔法少女のデビューに話題は搔っ攫われた。


 確かに、今の魔法少女は可愛い。使う魔法はポップで明るくて、笑顔で怪獣を倒しテレビで見ている人に向けてのファンサービスも欠かさない。


 魔法少女は――可愛くて強い。


『――現在、魔法少女は怪獣と戦闘中です。激しい戦いの中でもカメラ目線を忘れません! 相手の怪獣は珍しい二足歩行タイプですが、これまで幾度となく強敵へと打ち勝ってきた魔法少女なら勝利は間違いないでしょう! カメラの前の皆さんも魔法少女を応援しましょう! あなたの声で、魔法少女を勝利へと導きましょう!』


 およそ一週間に一度のペースで出現する怪獣に対して、大勢の人は安心して静観しているが、街中でも携帯の画面を眺めながら応援する声が聞こえてくる。


『さぁ、出ますよ! 魔法少女の必殺技が――』


 次の瞬間――魔法少女は怪獣の振り下ろした拳を受けて、地面へと潰された。


『……魔法、少女が……潰されてしまいました……』


 画面に映し出されるのは、凹んだ地面の中で手足が折れ曲がり内臓をぶちまけ血塗れになった魔法少女の姿だった。


 声援が、静寂を経て、叫喚へと変わる。


「っ――逃げろっ!」


「自衛隊は!? 警察は何をやってるんだ!?」


「どこでもいい! 怪獣の来ないところまで逃げるぞっ!」


 お店の外でも焦った人々が駆け出していく。カフェの中でも支払いも済ませずに店員もお客さんも慌てながら逃げていく。


「鶫! さくら! あたし達も逃げよう!」


「待って、その前にお金払ってかないと」


「もう~、早く! ほら、鶫も――鶫? 待って、鶫がいない!」


 カフェの裏口から出た路地裏に、道を塞ぐように止められた黒塗りのハイヤーから黒服の男が出てきた。


「鶫さん、お迎えに上がりました」


「どうして、ここが……?」


「貴女の動向は常に監視しています。貴女を守るためです」


「……それで、なんの用?」


「中継をご覧になっていたはずです。今、世界は貴女を必要としています」


「魔法少女は死なない。彼女だって、一時間もすれば元通りの姿で戦える。私が出る意味なんて――」


「意味でなく、義務です。貴女には戦う義務が――人々を守る義務がある。初代魔法少女として」


「っ――勝手なことを――私が望んだことじゃない! 貴方達が勝手に私を魔法少女にしたんじゃないか!」


「我々は選択肢を与えました。選んだのは紛れもなく貴女です」


「魔法少女にならなければ大勢の人が死ぬ、なんて……選びようが……」


「強制はしていません。だからこそ、辞めると言った時に誰も止めはしませんでした。それは今の魔法少女も同じです」


「何がっ――何が魔法少女だよ! お前らは知らないんだ! 私達は死なないだけで痛みはある! いつだって死ぬほどの痛みの中で戦って――」


「鶫……?」


 声に振り返れば、汐里とさくらが不安そうな顔でこちらを見ていた。


 話を聞かれた? 魔法少女は素性を知られてはいけない。魔法少女は素顔を晒してはいけない。魔法少女は人を――


「鶫さん。もう時間がありません」


 怪獣の足音がする。叫び声が聞こえる。逃げ惑い助けを求める声が、人が――友達がいる。


「もう、わかったから」


 黒服に差し出されたブレスレットを受け取って、腕にはめた。


「鶫? これ、どういう……」


「ごめんね、二人とも。汐里、さくら――美香にも伝えといて。みんなと友達になれて嬉しかったよ。楽しかったよ、って」


「待ってよ! 鶫!」


 駆け寄ってくる二人を黒服が止めて、私はブレスレットに手を当てた。


「じゃあね」不安にさせないように笑顔を見せて、涙を見せないように顔を背けた。「――変身」


 光と共に全身がスーツに覆われて、駆け出した。


 変身した時に腰まで伸びる髪が嫌いだ。フリルの付いた服も、ふんわり広がるスカートも嫌い。女の子らしさを押し付けられるのが嫌いで、私はずっと無表情で戦っていた、らしい。


 そのせいか魔法少女は政府の開発した人造人間だとかサイボーグとかロボットだと言われていた。そんなわけがない。あの痛みは私自身が受けている。


『――怪獣は現在、街を破壊して回っています! 皆さん落ち着いて避難を――ん? 怪獣が殴られて体勢を崩しました! あれはまさか――魔法少女です! 初代魔法少女が二代目のピンチに駆け付けました!』


 魔法少女はそれぞれの適性に合わせて特殊能力が使える。二代目であればステッキを媒介にしたエネルギー波を放てて、私は単純な肉体強化。


『二代目魔法少女が苦戦していた怪獣に対して、初代魔法少女は優勢です!』


 二年間、何もしてこなかったツケがある。切れが悪し、動きも硬い。それでも今は負けられない理由がある。政府でも、国のためでもない。ただ自分のために――


『怪獣の拳が魔法少女をビルへと叩き付け――」


 ビルの中の人達が避難した後でよかった。この怪獣は魔法耐性の高い物理攻撃型で、今の魔法少女とは相性が悪い。とはいえ、体の再生が終わり目を覚ませば、今度は確実に勝てるはず。だから私は時間を稼げばいい。


「時間さえ……」


 今はその時間もない。変身が久し振りで、受けたダメージを回復できていない。あとどれだけこの姿を保てるのかわからないし、何よりもこれ以上街に被害を出すわけにはいかない。


『飛び出してきた魔法少女の必殺! 踵落としが炸裂したーっ!』


 魔法少女に必殺技はない。あるのは、本気で怪獣を殺すという意志だけ。


 ……私にはそれが無かった。


『倒れた怪獣は動きません! 歩み寄った魔法少女が怪獣の四肢を捥いでいきます! そして、初代は二代目のところへ――』


 飛び出た内臓も折れ曲がっていた手足も元通りになっているが、血塗れの姿は変わらない。


「この程度で死ねたなら……」


「ん……せんぱい?」


「一人で歩ける?」


「むり、みたいです」


 動けない魔法少女を抱き上げて、集まっていた怪獣の後処理部隊に預けた。


「鶫さんは?」


「私はまだやることがあるから」


 引退する前にはなかった怪獣を倒した後のインタビューがすぐそこまで来ている。


「鶫さん、お顔を」


 渡されたタオルで顔を拭えば、怪獣の血で染まった。


 こんなのを気にしたことはなかったし、気にされたこともなかった。


「来ました魔法少女です! およそ二年振りに姿を現した初代魔法少女――今、テレビを見てる皆さんに伝えたいことはありますか?」


 マイクを渡されて、カメラのレンズが向けられる。


 ……話すことなんてないのに、何をしているんだろう私は。


「私は――……魔法少女は、人間です」


 声が震える。


「皆さんと同じように生活していて、友達がいて、恋も――いつかはするのかもしれません」


 溢れ出す感情と共に、視界が歪む。


「……皆さんの応援はいりません。感謝も、しなくていいです。誰に何を言われても――全ての怪獣は私が殺します」


 零れる涙が止まらない。


「だからどうか――死なないで」




 三日後――政府所有のマンションの一室。


『衝撃的な復帰を遂げた初代魔法少女。彼女の流した涙の真相は? 街の人々にインタビューしてきました――』


 私が魔法少女だった時も見世物感はあったけど、二代目になってからより増した。彼女の性格とメディアの取り上げが相俟ってのことだけど、どうしてそこまで盛り上がれるのかわからない。


「殺す、というのは少々過激な発言でしたね」


「それ以外の言い方を知らない」


「確かに、否めません。では、今回起きたことについての処遇を伝えます。結論から言うと、すべて不問です。鶫さんの発言と涙により、今まで以上に魔法少女を応援する声が強まっています。同様に年端もいかぬ少女を戦わせるな、という声もありますが、それでは怪獣に日本が――世界が滅ぼされてしまう、と議論にすらなっていません。そういった点からお咎めは無しです」


「どうでもいい」


「そうもいきません。怪獣を全て殺すと発言してしまった以上、鶫さんにも魔法少女を続けていただかなければいけませんので」


「……あの子は?」


「すでに回復して、勝てなかった怪獣の仮想データと戦闘訓練を開始しております」


「そう。……あの子は?」


「日常生活を送っています。しばらくは政府の監視下にあると思いますが、口外しないと判断されれば本当の意味で自由になるでしょう」


「……気を付けてね。私の戦う理由は少なくなった。あの子達に何かがあれば、何をしでかすかわからない。私はもう――いつ壊れてもおかしくないから」


 魔法少女は死なない。けれど、心は壊れてしまう。


 私の心がすでにひび割れているように。

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